42.見た事ある場面に遭遇した
授業を終えたエレナとシャルロットは、放課後の賑わいが残るアカデミーのエントランスを出て、並んで石畳の道を歩いていた。
「そういえば、ルーって本当に呼ぶのね」
「本人がいいって言ったし」
「“好きにしろ”を“喜んで”と同義に取らないでほしいのだけど。……どう考えても、諦められただけだと思うわ」
「でも、呼びやすいよ?」
「そういう問題じゃないのよ」
「カイカイよりは普通じゃない?」
「比較対象がおかしいわ」
呆れて深いため息をつくシャルロットの隣で、エレナはどこ吹く風と楽しそうに笑う。
そんな他愛のない軽口を交わしながら校門へ向かっていた、まさにその時だった。
「「「きゃあ……!」」」
少し先から響いた令嬢たちの黄色い悲鳴に、二人の足がピタリと止まる。
「……何かしら」
「さあ……ちょっと見に行ってみる?」
顔を見合わせ、声のした方へ足を向ける二人。
敷地内の広場へ足を踏み入れた瞬間、エレナの口から「うわ……」と漏れ出るような声がこぼれ落ちた。
人だかりの中心にいるのは、アレクシス、ルシアン、カイ、セドリックの四人。
彼ら自身は通行の邪魔にならないよう整然と通路の端へ寄っているのだが、問題はその周囲だ。一目見ようと集まった令嬢たちが幾重もの人垣を作り上げ、広いはずの通路を完全に塞ぎ切っている。
「すごいわね、相変わらず……」
「……なんか、めっちゃ見たことある光景だわ」
人垣をまじまじと眺めながら呟くエレナ。嫌な予感を察したシャルロットが、すぐさま釘を刺してくる。
「エレナ、余計なこと言わないでよ」
「まだ何も言ってないじゃん」
「言いそうだから釘を刺してるの!」
「大丈夫だって。……でもあれ、外から見たら城壁っていうより要塞だよね」
ごんっ、と容赦のない拳がエレナの頭へ一直線に落ちた。
「痛っ! ちょっと、本気で叩かなくてもいいじゃん!」
「だから余計なこと言うなって言ったでしょう!」
頭を押さえて抗議するエレナと、呆れ果てて肩を落とすシャルロット。
その時だった。人垣の隙間から、妙に冷ややかで重苦しい視線を感じてエレナはふと顔を上げた。
ーー人の輪の向こう
男性陣四人が、揃ってこちらを注視している。
アレクシスとセドリックは「またやっている」と言わんばかりの呆れ顔。ルシアンは露骨に眉を寄せ、カイに至っては無言のまま鋭い眼光を向けていた。
距離があるため声までは届かない。だが——その刺さるような視線がすべてを物語っていた。
間違いなく、今のやり取りを聞かれている。
「……シャル」
「聞こえてたわね。要塞までバッチリ」
エレナは一瞬だけぎゅっと目を閉じた。
(……ヤバい)
けれど次に目を開いた時には、ふざけた表情など跡形もなく消え去っている。
すっと背筋を伸ばし、顎を軽く引いて、口元には計算し尽くされた上品な微笑み。一瞬にして、隙のない完璧な貴族令嬢の装いへと切り替わっていた。
隣のシャルロットから注がれるのは、あきれ果てた冷ややかな視線だ。
「……今さら取り繕っても遅いわよ」
「何のことか分かりませんわ」
声のトーンや艶まで一変させてみせるエレナに、シャルロットはとうとう額を押さえる。
エレナはそのまま、痛いほどの視線を投げかけてくる四人へ向けて可憐かつ優雅に会釈してみせた。先ほどまで彼らを『要塞』呼ばわりしていた人物と同一人物とは思えない、洗練された所作だ。
「帰りましょう、シャル」
「……そうね」
二人は何事もなかったかのようにすまし顔で歩き出し、群がる令嬢たちの脇を通り抜けて校門を出る。
通りをしばらく進み、背中を刺すような威圧感がすっかり遠のいた頃。
エレナはようやく「……怖かったぁ」と肩の力を抜き、深く息を吐き出した。
「自業自得でしょう。あの距離で言えば聞こえるに決まってるじゃない」
「もうちょっと小声で言えばよかった……」
「言わないという選択肢はなかったの?」
「……なかった」
シャルロットの呆れ交じりの指摘に、エレナはへへっと笑う。
冷や汗をかくハプニングはあったものの、結局その日も、二人の帰り道はいつも通り賑やかで騒がしかった。




