40.騎士科が脳筋すぎる
*神視点です
翌日の放課後。
授業を終えたエレナは、騎士科の訓練場へ向かう――はずだった。
「……行きたくない」
荷物を抱えたまま、廊下の壁にもたれて動こうとしない。昨日よりはマシになったものの、ロイドとカイルにしごかれた全身の筋肉痛は重く残っている。階段を下りるだけでもあちこちが痛んだ。
そんなエレナの背中を、リリアナが容赦なく押す。
「つべこべ言わずにさっさと行ってきなさい!」
「痛い!痛い! 押さないで!」
「だったら自分で歩く!」
渋々踏み出した足取りのまま、エレナは騎士科の訓練場へと向かった。
◇ ◇ ◇
訓練場では、すでに自主練に励む同郷の生徒たちの熱気が満ちていた。
「お嬢!遅かったですね。来ないかと思いましたよ」
木剣を手に声をかけてきたのは、以前約束を取り付けに来た上級生だ。
「ちゃんと来たんだからいいでしょ。準備運動するからちょっと待って」
そう言って肩を回した瞬間、鈍い痛みにエレナの顔が歪む。それを見逃さなかった彼が首を傾げた。
「……何かありました? 明らかに痛そうですけど」
「……兄様たちが王都に来ててね。帰る前に鍛え直されたの……まだ筋肉痛」
ため息まじりの告白に、周囲から「ああ……」と納得の声が漏れる。だが、次の瞬間に彼らが呟いた言葉は、エレナの予想の斜め上だった……
「……いいなぁ。ロイド様とカイル様に直接見てもらえるなんて、そうないですよ」
「俺もやりたい」「分かる!」と周りから同意の声が上がる。
「何が羨ましいのよ……」
「現役のノワール辺境伯騎士団の隊長格ですよ? 羨ましいに決まってます」
「騎士科の感覚、ほんと理解できない……」
呆れ顔のエレナに、周囲からどっと笑いが起きた。
◇ ◇ ◇
ーー最初は軽く身体をほぐすだけのつもりだった。
しかし、いざ木剣を交え始めると話が変わってくる。
「もう一回!」
「お嬢、まだやるんですか? さっきまで文句言ってたのに……」
「今のまま終われるわけないでしょ!」
痛みを忘れたかのように、剣を振るうエレナの表情はどんどん生き生きとしていく。身体を動かすことそのものが、根っから好きなのだ。
――その様子を少し離れた場所から眺める二人の姿があった。
「……あれ、エレナか?」
気づいたカイの視線を追い、ルシアンも足を止める。
上級生相手にも臆することなく言い返し、剣を交えて楽しそうに笑うエレナ。普段、シャルロットたちと過ごしている時とは違う一面だった。
「……楽しそうだな」
ルシアンが呟く横でカイは腕を組んでその動きを凝視していた。
「……動きが硬いな。 右肩庇ってるし、踏み込みも浅い」
「よく分かるな」
「見れば分かる」
カイは短く答えると、そのままエレナの方へ歩き出した。
次の相手と代わろうとしたタイミングで二人に気づき、エレナは木剣を下ろす。
「カイ様?ルシアン様?どうしたの?」
「お前、なんか動き悪いぞ。肩でも痛めたか?」
開口一番の指摘に、エレナは引きつった笑いを浮かべた。
「兄様たちにしごかれて筋肉痛。……っていうか、ひと目で分かるの怖いんだけど」
「ロイド殿に?……いいなぁ…俺も混ざりたかった」
カイが本気で羨ましそうに呟くと、周りの生徒たちが「ですよね!」「直接指導してもらえるなんて羨ましすぎます!」と即座に意気投合して盛り上がり始めた。
「カイ様まで!? なんでそっちと意気投合してんの!」
頭を抱えるエレナの横で、ルシアンだけが深々とため息をついた。
「……筋肉痛のまま訓練か」
「約束しちゃったから……」
「お前らしいが、少しは身体を大切にしろ」
呆れつつもどこか納得した様子のルシアンにエレナが気まずそうに目を逸らしていると、生徒の一人が不思議そうに尋ねてきた。
「お嬢、この二人とお知り合いなんですか?」
「え? うん、知り合いっていうか……友達?」
エレナは何でもないことのように答えたが、周囲の生徒たちは一瞬で固まった。
「友達!?」
「お嬢、いつの間に王太子の側近候補たちとそんな仲になったんですか!」
「いや、アカデミーで普通に知り合っただけだって」
騒ぎ立てる周囲をよそに、エレナは首を傾げている。
カイも気にした様子なく佇んでいたが――ルシアンだけは、一瞬だけ言葉を失っていた。
知り合いや上級生ではなく、「友達」。
いつの間にか自分は、彼女の中でそういう位置に置かれていたらしい。
「ルシアン様?」
「……いや、なんでもない」
どこか調子を狂わされた様子のルシアンを気に留めることもなく、エレナは再び木剣を持ち直した。
「じゃ、私はもう一本やってきます!」
「お嬢、次は俺とやりましょう!」
声をかけられれば気安く返し、剣を構えて満足そうに笑う。
エレナにとってはただ訓練を楽しんでいるだけの、なんてことのない放課後だった。
なんだかんだいいつつ、エレナも脳筋です(笑)




