39.筋肉痛になった
*エレナ視点です
兄たちが家を訪ねてきた、あの賑やかで散々な休日から数日が経った。
放課後、私たちはいつものようにアカデミーの裏庭に集まっていた。
「……帰りたくない」
机に突っ伏したまま、リリがぽつりと零す。それにベラとシャルが迷いなく同意した。もちろん、私も同じ気持ちだ。
「兄様たち、流石にもう出たよね……?」
恐る恐る尋ねると、三人の視線が一斉にこちらへ向く。辺境へ戻るのは今日のはずだが、何時に発つのかまでは誰も知らない。朝の時点では家にいたのだから、まだ滞在している可能性もゼロではなかった。
「……もしまだいたら最悪なんだけど」
「絶対また何か言うよね。『帰る前にもう一回鍛えてやる』とか」
リリの言葉に、四人で揃って顔をしかめる。
あの日、殿下たちを見送った後も大変だったのだ。兄たちから殿下たち四人との関係を散々根掘り葉掘り聞かれた挙句、締めくくりにロイド兄が爽やかに言い放った。
"せっかくだし、少し動くか"
兄たちの「少しだけ」が信用できないのは昔からのことだ。それに、何が"せっかく"なのか理解したくも「い。全力で回避を試みたものの、結局四人まとめて鬼のようにしごかれる羽目になった。
「まだ肩痛い……」
「私は脚。昨日階段降りるのほんと泣きそうだった」
全員、絶賛筋肉痛である。だからこそ、今日だけは絶対に兄たちと鉢合わせたくない。
「……もう少しここにいよっか」
私の提案に全員が頷く。
殿下たちとの交友関係を細かく探られた愚痴を言い合っているうちに、ようやくいつもの穏やかな雰囲気が戻ってきた。私が軽く伸びをしていると、ふとシャルが真顔でこちらを見る。
「エレナ、明日大丈夫なの?」
「明日?」
「騎士科の人との訓練」
ベラのさらりとした補足に、頭の中が一瞬で止まった。
食堂まで予定を確認しに来た、同郷の騎士科上級生との約束。それが――明日。
「……あ!!」
「絶対忘れてたでしょ」
呆れ顔のリリに、私は自分の腕を見つめながら青ざめた。肩も脚もまだ痛む。
「……この状態で?」
「約束したんでしょ? なら行くしかないね」
容赦のないベラの言葉に、私は天を仰いだ。
兄たちのせいで残った重い筋肉痛を抱えたまま、明日は訓練。踏んだり蹴ったりだ。
「とりあえず今日は、兄様たちが帰ったか確認してから帰ろ」
「どうやって?」
「……シャルのところの使用人さんに連絡して聞くとか?」
「……最初からそうしとけばよかったわね」
シャルの溜息まじりのつぶやきに、リリとベラが思わず吹き出す。
「ホントだよ! なんで今までここで怯えてたの?」
「いや、頭が回ってなくて……」
……ともかく。
今日はもうこれ以上、何も起きないでほしい。
私は心の底から、そう祈るのだった。




