37.兄の武勇伝
応接室には、先ほどまでとは少し違う空気が流れていた。
突然現れたエレナの兄二人――長兄ロイドと、次兄カイル。
名乗りを終えた二人は、何事もなかったかのようにお茶を飲んでいる。とくにロイドは背筋を伸ばし、静かな表情でカップを傾けていた。門前で見せた騒がしさは影を潜め、黙っていれば近寄りがたいほどの気品を纏っている。
その一方で、カイルは最初から遠慮がない。
「いやー、王都も久しぶりだけど相変わらず人多いな」
菓子を一つ摘まむカイルに、エレナが尋ねた。
「兄様たちはいつまで王都にいるの?」
「用事が終わるまで。俺はそんな長くいる気ないけど」
「ロイド兄は?」
「俺も似たようなものだ」
二人のやり取りを聞いていたアレクシスが、ふと問いかける。
「お二人も王立学園の出身か?」
「そうですよ、俺も兄貴も。まあ昔の話ですけど」
答えたカイルが、急にニヤリと隣のロイドを指差した。
「ちなみにこの人、今でこそ澄ました顔してますけど、学園時代は散々やらかしてますからね。俺めちゃくちゃ巻き込まれたんですよ」
大げさにため息をつくカイルに男性陣の視線が一斉に集まる中、無表情だったロイドが静かにカップを置いた。
「……お前だろ。上級生に喧嘩売られて煽り返したのは」
「いや待て! 最終的に全員ボコったの兄貴だろ!」
「お前が先に一人蹴った」
「足払っただけ!」
「同じだ」
はっきりと笑うロイドの表情から、先刻までの冷たい印象が見事に吹き飛ぶ。
「……随分、印象が変わるな」
「でしょ? 黙ってると怖いけど、喋るとこんなだから」
「お前に言われたくない」
「なんで!?」
即座に返されたエレナを見て、アレクシスたちが吹き出す。呆れ顔のルシアンが「……よく似ているな」と漏らすと、「似てない!」「いや似てる」と室内が一気に賑やかになった。
カイルはさらに面白がって昔話を暴露する。
「兄貴は剣術大会も毎年優勝で有名だったんですよ。俺も一応出てましたけど、この人が強すぎて全部持ってかれました」
「お前も毎回上位に残っていただろ」
「俺の話はいいんだよ!」
外から見ればただの軽口の応酬だが、互いの過去を即座に引き出し合う息の合ったやり取りから、気置けない兄弟の距離感が嫌でも伝わってくる。
「まあ、それ以上に酷かったのは王立騎士団の訓練に呼ばれた時ですよ」
カイルの一言に、カイの表情がわずかに変わった。
「まだ学生だったのに、参加した現役団員相手に全勝しちゃって。周りがドン引きしてましたから」
「訓練だろ。大げさだ」
「どこがだよ! 全員沈めたのは事実だろ!」
兄弟のやり取りを聞きながら、カイだけが一人呆然と固まっていた。
――剣術大会で不動の優勝者
――学生でありながら王立騎士団の訓練で現役相手に全勝
――上級生を返り討ち
ーー王立学園の騎士科で、教師たちが苦い顔で口を閉ざす伝説の存在
カイはゆっくりと顔を上げた。
「……ロイド殿は王立学園で語り継がれている、あの『ロイド』殿なのですか?」
一瞬きょとんとしたロイドは、隣のカイルを見る。
「……俺、有名だったのか?」
「今さら!?」
カイルが盛大に突っ込んだ。
「自覚なかったの!? 」
「そんな話、誰もしてこなかったぞ」
「そんな事本人に話すやつなんているか!」
アレクシスたちも驚きを隠せないままロイドを見つめている。
「あの『ロイド』が……エレナの兄だったとは」
アレクシスが呆然と呟くと、今度はエレナが目を丸くした。
「語り継がれてたの? 知らなかったんだけど」
「家でわざわざ昔話なんてしないだろ」
「いや、これはするでしょ!」
「恥ずかしいからしない」
「今さら!?」
目の前で始まった兄妹喧嘩に、セドリックが納得したように頷いた。
「なるほど。ノワール辺境伯家の名が伏せられていた理由も分かりますね。現役団員を薙ぎ払った上に辺境伯領出身と知れたら、『辺境で鍛えれば強くなれる』と学園や騎士団に収拾がつかなくなりますから」
「そういうことです。面子もありますしね」
カイルが笑い、ロイドを振り返る。
「まあ、先生たちも兄貴みたいなのが増えたら困ると思って隠したんでしょうけど」
「お前も含まれてるだろ。『学園始まって以来の問題児』」
一瞬、部屋が静まり返った。
「……そんな呼ばれ方してたの?」
「……まあ、ちょっとだけ」
「……学園に行かなくてよかった」
額を押さえるエレナに、カイルが気まずそうに目を逸らす。
王立学園で語り継がれる伝説の問題児兄弟。そして、その妹がエレナ――
男性陣の中で、全てのパズルが綺麗に組み合わさった。
「……深く納得しました」
「だから何に!?」
ルシアンのしみじみとした一言に、エレナの悲鳴のような抗議が応接室へ響き渡った。




