36.兄が来た
「……ロイド兄? っ……カイル兄!?」
呆然と呟いたエレナの前へ、突然現れた二人が近づいてくる。
軽い調子で片手を上げたのは次兄のカイル。その隣では長兄のロイドが、いつも通りの澄ました顔で立っていた。長旅の直後とは思えない平然とした佇まいに、後ろでへたり込んでいる使用人たちのほうがよほど悲惨だ。
「おっ、久しぶり」
「いや、久しぶりじゃなくて! 来るのは知ってたけど、なんで今日なの!?」
即座に詰め寄るエレナに、カイルはきょとんとして懐から一通の封筒を取り出した。
「ちゃんと知らせに来ただろ」
「手紙? 」
「見れば分かる」
奪い取るように受け取って封を開ける。シャルロットたちも覗き込んできた。
「えーっと……『王都到着予定日は――』……これ、到着予定日のお知らせじゃん!」
「そうだけど?」
「カイルお兄様。こういった手紙は普通、事前に届くよう送るものよ……」
「直接渡してどうするの……」
シャルロットの呆れ顔に、イザベラまで静かに追撃する。
「そういうこと! 今渡されたって意味ないでしょ!」
「細かいなあ」
「着いたんだから問題ないだろう」
さらりと言ってのけるロイドに、女性陣四人の声が綺麗に重なった。
「「「「問題ある!!」」」」
一瞬の静寂の後、カイルが爆笑する。
「相変わらず息ぴったりだな、お前ら」
「誰のせいだと思ってんの!」
眉を吊り上げるエレナたちを見て、後方の男性陣も思わず肩を揺らした。
エレナの呼び方から察するにどうやら彼女の兄たちのようだが、いつもエレナをいさめている側のシャルロットやイザベラまで一緒になって怒鳴り込んでいる勢いに、アレクシスも思わず笑いを噛み殺している。
そんな彼らの反応で、カイルがようやく後方の面々に気づいた。
「あれ?」
カイルとロイドの視線が止まる。
そこにいたのは王太子アレクシスと、同じ騎士団に所属し団長を親に持つカイ。そして……社交の場でちらりと見かけた記憶はあるものの、すぐには確信が持てない二人だった。
休日の一令嬢の邸宅に揃うにはあまりに凄まじいメンツだと察し、二人揃って一瞬だけ固まる。
「……なんで王太子殿下たちがいるんだ?」
カイルの怪しむ視線が、訓練着姿のエレナとシャルロットへ向けられた。
「……お前ら、何かやらかした?」
「何もしてない!」
「エレナに押し切られて着替えただけです!」
「人聞き悪いなあ!」
ギャーギャーと騒ぐ二人にカイルが面白そうに笑う中、ロイドは訓練着を一通り眺めると、低く呟いた。
「で? 訓練でもするのか?」
「……まぁ………」
「ほう」
短い一言。だが、その瞬間エレナの背筋に極寒の戦慄が走った。
横を見るとシャルロットも表情を固くしており、リリアナとイザベラも察して青ざめている。
(ヤバイ!!)
脳内満場一致の結論だった。
脳筋の兄二人が、王太子や騎士を前にして訓練をスルーするはずがない。混ざれば最後、エレナたちはもちろん「せっかくだから」とリリアナたちまで巻き込まれ、地獄のしごきが始まる未来しか見えないのだ。
「お兄様方、到着されたばかりですしお茶でも飲まれてはいかがですか?!」
シャルロットが食い気味に前へ出た。完璧な令嬢スマイルだが、目は一切笑っていない。
「殿下方もご一緒に、一度応接室へ戻りましょう?」
「え? ああ、もちろん構わないが……」
突然の方向転換に首をかしげるアレクシスたちを余所に、エレナは兄二人の背中を猛烈な勢いで押し始めた。
「ほら入った入った! 疲れたでしょ! 中入るよ!」
「押すなって」「自分で歩ける」「いいから早く!!」
こうして一行は、一度も剣を交えることなく応接室へと引き返すことになった。
◇ ◇ ◇
「……多いな」
二人分の茶が追加され、十人となった部屋でルシアンがボソリと呟く。
「私もそう思う……」
ぐったりと答えるエレナに、ロイドが問いかけた。
「手紙を読んでいなかったのか?」
「今もらったんだけど!」
「そうだったな」
「『そうだったな』じゃない!」
不毛なコントを始めかけた兄妹を、シャルロットの咳払いが引き戻す。
「とりあえず、改めて自己紹介が先では?」
気を取り直したエレナが、渋々ふたりを指さした。
「長兄のロイドと、次兄のカイル」
二人はサッと姿勢を正し、隙のない綺麗な礼をとる。
「ロイド・ノワールだ」
「カイル・ノワールです。よろしく」
互いに挨拶を交わす中、あらかじめ身辺調査で存在を知っていたセドリックだけが「これがノワール家の……」と一人納得した顔をし、カイは同じ騎士としての鋭い視線を二人に注ぎ込んだ。
洗練された立ち姿、無駄のない重心の置き方。
(この人たち、どれだけ鍛えられてるんだ……?)
男たちの間で密かな興奮と探り合いが始まる中、女性陣だけは「どうかこのままお茶会で終わりますように」と心の中で祈り続けていた。




