35.訪問者と来訪者
王都の閑静な住宅街に佇む、ひと際立派な一軒の屋敷。
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週末、訪問したアレクシス、ルシアン、カイ、セドリックの四人は、重厚な玄関扉を開けて出迎えたエレナの姿を見た途端、全員がその場で凍りついた。
軽く手ぐしを通した程度の落ちてくる前髪に、いつもの薄化粧すら施されていない無防備な素顔。
そして何より、貴族の令嬢が着用するなど到底想像もつかない、無骨で頑丈そうな訓練着——。
休日とはいえ、あまりにも普通の令嬢とかけ離れたその容姿と服装に、男性陣はあまりの衝撃で固まるしかなかったのだ。
「……はぁ?」
絶句したアレクシスが、思わず素の声を漏らす。
「……何? その反応」
不審そうに首をかしげるエレナの横で、普段は感情を表に出さないルシアンすらも目を丸くして固まり、カイもセドリックも予想外の光景に言葉を失っている。
「いや……その格好は?」
「あ、これ? 今日は模擬戦をするんでしょ? 最初から着替えといた方が楽だし」
カイの問いに、エレナは当然と言わんばかりに袖口を引っ張ってみせた。
「実用性重視だけど、ノワール辺境伯家の訓練着だから動きやすさは保証するよ」
悪びれる様子もなく胸を張るエレナに、驚きから持ち直したセドリックが、楽しそうに目を細めて忍び笑いを漏らす。
「皆さん、いつもの格好とのギャップに驚かれているんですよ」
「えぇ〜?そんなに違う?……まあいいや。中へ入って」
ぴんと来ていない様子のエレナに促され、四人は屋敷の奥へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
案内された応接室の扉が開いた瞬間、またしても男性陣の足が止まった。
室内には、シャルロット、リリアナ、イザベラの三人が揃っていたのだ。
アカデミーでの緊張感から解放された彼女たちは、思い思いの姿勢で緩やかな時間を過ごしていた。
「ようこそお越しくださいました」
シャルロットが優美な微笑みで出迎える横で、リリアナはソファに深く腰掛けたまま軽く手を振り、イザベラは静かに一礼を返す。
運ばれてきた紅茶の湯気が立つ中、心地よい雑談が交わされ始めた。
リリアナが慣れた手つきでエレナの目の前に置かれていた菓子をつまみ、エレナが「それ私のだし」「一個くらいいいじゃん」と子供のように言い争う。そんな二人のやり取りを、イザベラとシャルロットは微笑ましく見守っていた。
普段のアカデミーで見せる姿とはどこか違う、気置けない和やかな空気が彼女たちの間に流れている。
ふと、アレクシスがシャルロットへ視線を向けた。
「そういえば、以前エレナと模擬戦をしていただろう。今日はやらないのか?」
その言葉に、嫌な予感を察したシャルロットの手がぴたりと止まる。
「……私は遠慮しておきますわ」
即答したシャルロットの返答に、エレナがすかさず身を乗り出した。
「えー! やろうよシャル、少しだけ! ほんの十分、ううん5分でもいいから!」
「嫌よ。この前も付き合ったでしょう」
「そこをなんとか! せっかくだからみんな来たんだから! 」
「嫌よ。」
にっこりと断られてもまったくへこたれず、すかさず熱心に説得を重ねるエレナの押しに、リリアナとイザベラは「また始まった」と言わんばかりに面白そうに視線を送っている。
不毛な押し問答の末、シャルロットは諦めたように深い溜息を吐き出した。
「……分かったわよ。本当に少しだけね」
「やった!」
エレナの態度に釘を刺すと、シャルロットは着替えのために応接室を後にした。
◇ ◇ ◇
残された七人の間にふっと静けさが戻ると、ルシアンがふと思い立ったように口を開いた。
「……お前たちが今日いるとは聞いていなかったが。休みの日まで一緒に過ごしているのか?」
「っていうかここ、シャルの家のヴェイロン公爵家タウンハウスなんだけど……アカデミーにいる間は四人で一緒に住んでるよ」
リリアナにあっさりと告げられた衝撃の事実に、カイが驚きに眉を跳ね上げ、アレクシスとルシアンも目を見開く。
ここが公爵家のタウンハウスであり、しかも四人で同居しているという事実に驚愕する彼らの中で——セドリックだけは崩れることのない笑みをたたえたまま、優雅にカップを傾けていた。
その様子に気づいたリリアナが不審そうに目を細める。
「……セドリック様は知ってたの?」
「ええ。殿下の周囲に関わる方々の身辺調査の際、把握しておりましたので。本日お伺いする際も、馬車の手配をしたのは私ですしね。特に問題のある話でもありませんでしたので、わざわざ皆様に報告するほどでもないかと思いまして」
納得のいく理由にアレクシスたちが頷くなか、イザベラが補足するように言葉を紡ぐ。
「幼少期から家同士の付き合いが深く、父親同士も親友なのです。王都で別々に暮らさせるより、一番広いこの屋敷に集めて見守る方が安心だと……」
「なるほど、そういうことか」
アレクシスが深く納得したその時だったーー
「お待たせいたしました」
扉が開き、戻ってきたシャルロットの姿を目にした瞬間、男性陣は再び絶句することになった。
彼女が身に纏っていたのは、エレナとお揃いのノワール辺境伯家の訓練着だったのだ。
気品ある公爵令嬢と、武骨な訓練着という異色の組み合わせにカイが眉を寄せる。
「……なぜ公爵令嬢のお前が、辺境伯家の訓練着を持っているんだ?」
問いかけられたシャルロットが口を開くより早く、隣からエレナがニッと笑って肩をすくめた。
「昔、うちに遊びに来た時に私の兄につかまって訓練に参加させられてたの。ドレスじゃ無理だからって、兄たちがわざわざシャル用に作らせたんだよね」
「……お前たちの付き合いの深さは、こちらの想像以上らしいな」
ルシアンの呆れを含んだ呟きに、エレナは誇らしげに胸を張る。
「だから幼なじみだって言ったでしょ! さ、シャルも着替えたことだし、裏庭へ行こう!」
◇ ◇ ◇
一行はエレナを先頭に、屋敷の裏手に広がる訓練スペースへと向かっていた。
青空の下、風が吹き抜ける小道を歩き始めた直後——門の方角から使用人たちの慌ただしい怒号と足音が響き渡った。
「何ごと?」
エレナが足を止め、全員が吸い寄せられるように門の方角へと振り返る。
やがて、ざわめく使用人たちの制止を軽やかにいなしながら、見覚えのある二人の男が姿を現した。
「お、いたいた」
気さくに手を振るその人物を目にした瞬間、エレナの瞳が大きく見開かれ、シャルロットたちも息を呑んでその場に固まった。
状況が呑み込めない男性陣の前で、エレナの唇が震える。
「……ロイド兄? っ……カイル兄!?」
呆然と呟いたエレナは、突然現れた二人の兄を前に、ただ言葉を失うのだった。




