32.訓練の約束
*神視点に戻りました。
ーー翌日
昼休みの食堂は、いつも通り賑やかだった。
講義を終えた生徒たちが一斉に集まり、食器の触れ合う音と話し声が広い室内を満たしている。
ーーその一角
「だから、それ絶対そっちの先生の説明が悪いって」
「先生のせいにしないの。昨日同じところを私が説明した時は、分かったと言っていたでしょう?」
「シャルの説明は分かりやすいから」
「なら復習なさい」
「はーい」
素直なのかそうでないのか分からないリリアナの返答にシャルロットが呆れつつ笑い、エレナは隣で静かにスープを飲むイザベラを横目にパンを口へ放り込む。
「そういえばエレナ、昨日言ってた領地の騎士科の人って誰?」
「ほら、昔よく訓練場にいた――」
そこまで言いかけた時だった。
「――お嬢!」
人混みの向こうからよく通る声が飛び、エレナは「噂をすれば」と振り返る。
歩いてきたのは昨日再会した騎士科の三年生だった。一般科の生徒とは違う帯剣姿で周囲の視線を集めつつも、本人は気にした様子もなくテーブルまでやってくる。
「探しましたよ。一般科の棟まで行ったのにいないし」
「昼なら食堂来るでしょ。で、何の用?」
「昨日の件、寮で同郷の奴らに話したらめちゃくちゃ盛り上がっちゃって。『あの広さでよく会えたな!』とか『俺も手合わせしたい!』って、大騒ぎだったんすよ」
「……もう話したの? 人を珍獣か都市伝説みたいに言うな」
「珍獣……まあ、珍しい生き物みたいな扱いではありましたけどね。同じ学院に在籍してるのは知ってても学年も科も違うから全く会えなくて、いよいよ幻の存在になりかけてましたから」
「殴るよ?」
「冗談っす! あ、シャルロット様、リリアナ様、イザベラ様もお久しぶりです」
不穏な空気を感じ取ったのか、彼は白々しくヘラッと笑って周囲の三人に向き直り、自然に頭を下げた。三人も「久しぶり」と軽く返す。彼はそのまま本題へ戻った。
「それで、日程決めに来たんすけど……今週は講義の都合が合わなくて。来週の真ん中ぐらいはどうすか?」
「来週の真ん中……その辺なら私も空いてると思う」
「じゃあ決まりで。放課後、そのまま騎士科の訓練場で」
「騎士科の訓練場じゃなくて、一般訓練場でもよくない?」
「いやいや、一般より騎士科の訓練場の方が設備も備品も段違いに整ってるんで、絶対騎士科に来てください!」
「……わかったよ。騎士科に行けばいいんでしょ」
「あざっす!」
「で、人数は?」
「今のところ四人っす。まあお嬢なら、人数が多くても全然平気でしょう?」
「勝手に増やすな」
軽口を交わす二人だったが、そこは人目の多い食堂だ。
普通なら接点のない一般科の令嬢と、体格の良い騎士科の男子生徒。しかも「女子の彼女がなぜ騎士科の訓練場に誘われているのか」「なぜ何人もの騎士科生が関わろうとしているのか」――周囲からは、ただならぬ奇妙さと好奇の視線が向けられていた。
少し離れた席には、たまたま居合わせたルシアンとセドリックの姿もあった。
周囲の雑音に紛れ、会話の全てが届くわけではない。だが、セドリックの耳に断片的な言葉が届く。
『――お嬢』
『――来週――放課後――』
『――訓練場で――』
ふと視線の先で会話を交わす二人を捉えたセドリックだったが、わざわざ耳を傾けるほどでもないと、昼食を終えたルシアンと共に静かに立ち上がり食堂を後にした。エレナたちはその存在に最後まで気づかない。
「じゃ、来週よろしくお願いします!」
彼が去ったあと、エレナは再び食事に戻る。
「久しぶりだし楽しみじゃない?」と笑うリリアナに、「まあね」と応えるエレナ。
自分たちがどんな視線を向けられていたか、離れた席に誰がいたのか。
そして「なぜ女子生徒が騎士科の訓練場へ呼び出されているのか」という周囲の勘違いが、思いがけない騒ぎへとつながっていくことなど――この時のエレナは、まだ知る由もなかった。




