31.同郷と遭遇する
*エレナ視点です
講義と講義の合間、少し時間が空いた私は、一人で本館から西棟へ向かう回廊を歩いていた。今日は珍しく、シャルロットたちとは別行動だ。こうして一人で歩くのも、たまには悪くない。
入学してそれなりに経つのに、この学院の広さには未だに慣れない。本館や東西の校舎、中央棟に加え、誰でも自由に使える一般用の訓練場や、騎士科の専用施設まで備わっている。学年が一つ違えばすれ違うこともあるが、学年が離れれば離れるほど、上の学年の生徒とはほとんど顔を合わせる機会がなくなってしまうのだ。
それにしても、本当に広いよなあ――そう思いながら角を曲がった、その時だった。
「……お嬢?」
聞き慣れた呼び方に、足が止まる。
振り返ると、少し離れた場所に一人の青年が立っていた。昔に比べて背が伸び、肩幅もずっと広くなっていたけれど、その顔には見覚えがある。
「……あ、久しぶり!」
「やっぱりお嬢だ。全然会わないから、見間違いかと思いましたよ」
「ここ無駄に広いもんね」
「確かに」
彼は嬉しそうに目元を緩めた。
「学年も科も違いますしね。行事とかがない限り、なかなか会う機会ないっすもんね」
彼は同郷出身で騎士科の三年生。幼い頃からの顔馴染みだった。王都の貴族特有の堅苦しさがないこの遠慮のない調子に、思わず心がほぐれる。
「そういえばお嬢、最近訓練してます?」
「……ううん、全然。私、一般科だしね。訓練場なんて
行く理由無いし」
すました顔でしらばっくれてみると、彼は「はあ?」と呆れたような声を上げた。
「何言ってるんすか。一般用の訓練場があるの、知ってるでしょう?」
「えー、そうだっけ?」
「白々しいなあ。この前、シャルロット様とそこで模擬戦してたって騎士科の間で話題になってましたよ」
「うぐっ……」
思わぬところから情報が漏れていて、思わず口ごもる。あの時は単なるダイエット目的で、軽く体を動かすつもりだったのに、まさか見られていたとは。
「領地にいた頃は、よく一緒に訓練してたじゃないっすか」
「あれは兄達に拉致られただけ!!」
「まあ確かに。あれ結構おもろかったっすよ。担がれて連行されてきてましたもんね」
「私は全く面白くなかったけどね!」
私の抗議に、彼は思い出し笑いを堪えきれないといった様子で「くくっ」と笑った。当時を懐かしむようなその楽しげな表情に、こちらも毒気を抜かれてしまう。
「暴れるお嬢を兄上たちがヒイヒイ言いながら運んでたの、今思えば名物でしたよ」
「名物って言わないでよ……」
「持ち上げて連行されて、そのあと結局最後まで木剣振ってたじゃないすか」
「途中で逃げたら倍しごかれるから諦めてただけだってば」
懐かしい思い出話に花が咲き、あの頃の光景が目に浮かんで、むっと口を尖らせつつも思わずお互い可笑しそうに笑ってしまう。
「まあ、でも、せっかく王都に来てるし同じアカデミーに通ってるんだから、シャルロット様たちとだけやるんじゃなく自分たちとも一緒にやりましょうよ」
「やだ。面倒くさい」
「そんなこと言わないでくださいよ! ほんと叩きのめ……じゃなくて、手慣らしですから!」
「今『叩きのめす』って言いかけたでしょ。絶対私を巻き込んで本気で稽古つける気でしょ」
「気のせいっす! ほんの手慣らしっす!」
白々しく目をそらす彼に、私はじとーっと視線を送る。
「そこをなんとか! 今は兄様たちもいないんだし、たまには自発的に付き合ってくださいよ! たまにでいいんで!」
拝むように手を合わせる姿に、昔と変わらない懐かしさを感じて、ついため息が漏れる。
「……はあ。運動不足解消とか、本格的にダイエットしたくなった時ならいいよ」
「よっしゃ! 絶対ですよ? 逃げないでくださいね」
「気分による」
「お嬢」
「冗談だってば」
やり取りの途中で遠くから彼を呼ぶ声が聞こえ、彼は「また絶対声かけますからね!」と嬉しそうに言い残して、仲間のもとへ戻っていった。
去っていく背中を見送りながら、私は小さく息を吐く。
「訓練かあ……」
幼い頃はそれこそ遊び感覚で訓練場へ通っていたけれど、大きくなるにつれて自然と足は遠のいていった。身体を動かすこと自体が嫌いなわけではない。ただ、運動不足解消やダイエット目的の軽い運動ならともかく、彼ら相手の本格的な稽古となれば面倒なことになりそうだ。
領地にいた頃は、型破りな兄たちに散々叩き込まれたおかげで、今の騎士科の生徒相手でも遅れを取る気はしない。けれど下手に付き合って、頻繁に訓練に誘われるようになるのはさすがに御免だった。
そもそも一般科の私が騎士科の専門施設に立ち入る理由なんてないし、あの時もたまたまシャルロットと軽く打ち合いをしただけだ。
けれど――たまの息抜き程度に、昔馴染みの相手をしてあげるくらいなら悪くないかもしれない。
「……本気でかかってきて泣きついても、手加減してあげないけどね」
ぽつりと独りごちて口元を緩めながら、私は次の講義へ向かって歩き出した。




