3.壁に例えられたのは初めてだ
*ルシアン視点
その日の講義を終え、俺達は西棟から本館へ戻る途中だった。
前を歩くのはアレクシス
その横にセドリック
カイはアレクシスの後ろに控えている
俺は三人の後をついて行く
王太子と、その側近たち。
周囲から見ればそういう並びなのだろうが、俺たちにとっては昔から変わらない、ただの幼なじみ。
歩きながら明日に控えた会議のことについて確認しあう。
予定に変更はなく、騎士団側の資料も間に合うらしい。
カイは騎士団長の息子であり、まだアカデミーに通っている身ではあるが、自身はすでに騎士団にも籍を置いていて騎士団の仕事にも関わっているため、こうして俺たちの打ち合わせに騎士団側の人間として加わることも珍しくない。
ーーふと足が止まった。
開け放たれた廊下の窓から、下の裏庭が見える。
普段なら気にも留めない場所だ。
だが、その日は木陰の辺りから女たちの笑い声が聞こえてきたかと思えばその中に、妙な一言が混じる。
――あれは城壁だった。
「……壁」
思わず口から漏れた。
先を歩いていた三人が足を止め、不思議そうにこちらを振り返る。
俺は窓の外へ視線を向けたまま、今聞こえた言葉を簡単に説明した。
三人も気になったのか、自然と窓際へ寄ってくる。
下の木陰には、四人の令嬢がいた。
一人は、貴族令嬢にしては珍しい短い金髪。
一人は長い黒髪。
一人は桃色の髪。
そして、もう一人は淡い銀髪。
四人ともベンチに腰掛け、随分と楽しそうに話している。
耳を澄ませば、どうやら話題は今朝の東棟のことらしい。
大勢の人が集まっていて廊下を通れず、遠回りする羽目になった、しかも、その人だかりの中心には四人の男がいたという。
そこで誰かが、廊下を塞ぐ四人を『城壁』と表現したらしい。
そこまで聞いて、俺たち四人の間に何とも言えない空気が流れた。
ーー今朝、東棟、四人の男、そして、その周囲に集まっていた令嬢たち
思い当たるものがないわけではない。
むしろ、条件だけを並べればかなり一致している。
セドリックも同じことを考えたらしく、俺たちのことではないかと口にした。
だが、アレクシスは納得していない様子だった。
確かに四人組など俺たち以外にもいるし、たまに令嬢に囲まれている子息もいる。
しかし、今朝の俺たちは東棟にて何人もの令嬢に声をかけられていた。俺は朝の様子を思い返す。
確かに東棟の廊下で、何人かの令嬢に呼び止められていた。
今朝の条件を考えれば、俺達以外いなかった。
だが、アレクシスには『壁』と呼ばれる理由がいまひとつ理解できていないらしい。
セドリックに、四人揃って同じ場所に立っていたのではないかと指摘され、少し考える。
俺たち四人は全員、それなりに背が高い。
その周囲にさらに令嬢が集まれば、確かに通路を塞いでいたように見えたのかもしれない。
カイはあっさり納得した。
通路を塞いだのなら邪魔だったのだろう、と。
下では、令嬢たちの会話がまだ続いている。
短い金髪の令嬢が身振りを交えながら話していた。
どうやら前へ進もうとしてもなかなか通れなかったらしい。
しかも――
『四人とも無駄に大きかった』
その言葉が聞こえた瞬間、俺たち四人の視線が同時に裏庭へ落ちた。
城壁、無駄に大きい
腹が立つわけではないが随分な言われようだ。
下では、本人たちに聞かれたら嫌がるだろう、などという話まで始まった。
だが短い金髪の令嬢は、まさか聞かれるわけがないと笑っている。
実際には、しっかり聞こえているのだが・・・
セドリックだけが面白そうに笑っていた。
結局のところ、俺たちがそれぞれ声をかけられて立ち止まり、その結果として人が集まり、廊下を塞いでしまった。
そう考えれば、邪魔だったというのは理解できた。
カイは次から端へ寄ればいいと言い出した。
さらに、人が増えたら場所を移せばいいとまで真面目に考えている。
アレクシスは呆れていたが、俺も壁扱いされるくらいならその方がいいと思った。
俺達の反応を見て、セドリックがとうとう笑い出した。
たった一言『城壁』と言われただけで、四人揃って反省会をしているのが面白いらしい。
俺達が話しをしている間に、下の令嬢たちの会話はすでに別の話題へと移っていた。少し前まで俺たちを城壁扱いしていたくせに、もう興味を失ったらしい。
その様子を眺めていると、アレクシスがふと呟いた
「あの令嬢たちは、俺たちを知らないと言っていたな」
確かに、先ほどそんな話もしていた。
別に、自分が王太子なのだから知られて当然だと傲慢に考えているわけではないがアレクシスにとっては幼い頃から公の場へ出る機会が多かったため、『誰?』という反応を向けられることがほとんどなかったからか、少し珍しかったらしい。
俺もカイもセドリックも、公爵家の息子であり、騎士団長の息子であり、宰相の息子であり、アレクシスの側近だからか確かに顔や名前を知られていることは多い。
普段声をかけてくる令嬢たちは、なぜか最初から俺たちの名前を知っていることが多かったから確かに珍しい。
冷たい、無愛想、怖い、何を考えているかわからない、中には『氷の貴公子』などという馬鹿げた呼び方をする者までいるらしく、散々好き勝手言われているのは知っている。
だが――
――壁、城壁
それは初めてだった。
しかも、悪意すらない。
まさか自分が、令嬢からそんなものに例えられる日が来るとは思わなかった
セドリックに呼ばれ、俺はようやく窓から離れた。
まだ明日の準備が残っている。
歩き出して数歩したところで、カイがふと立ち止まった。
「……明日は端を歩く」
アレクシスが呆れたように振り返る。
「まだ気にしているのか」
「壁にならないために」
セドリックが吹き出した。
俺も少し考えてから口を開く。
「俺もそうする」
今度はアレクシスが俺を見る。
「ルシアンまで?」
「通行の邪魔になるよりいい」
カイも真面目に頷いた。
結局、セドリックだけが最後まで楽しそうに笑っていた。
数歩進んだところで、なぜか俺はもう一度だけ窓の外を振り返った。
裏庭では、短い金髪の令嬢が何かを言い、残りの三人が楽しそうに笑っている。
さっき俺たちが『城壁だった』と、真っ先に納得していた女だ。
――どうせ、今後関わることなどない。
そう思って視線を外した。
まさか、あの金髪の女が何気なく口にした『壁』という一言を。
そして、その本人を、これから何度も気にすることになるとは、この時の俺はまだ知らなかった。




