14.実際『壁』にしたら便利だった
二人の凄まじい打ち合いについての報告を聞いてから、しばしの時が流れた。
平穏な日常に戻り、講義を終えた私はアレクシス、ルシアン、カイと共に東棟へ続く回廊を歩いていた。
講義を終え、次の予定まで少し時間が空いたからだ。
回廊の先、中庭へ続く大きな扉の付近に妙な人だかりができていた。学生たちが十数人、何かを取り囲むように集まり時折ざわめきが起きている。
「揉め事か?」
「喧嘩には見えないな。見物人が多すぎる」
カイの警戒にルシアンが返す。
切迫した空気はなく、皆何か面白がるように首を伸ばしていた。
「放っておけ。わざわざ首を突っ込むことでもない」
アレクシスがそう言い、通り過ぎようとしたその時だった。
「「何かやってる!」」
聞き覚えのある声に全員の足が止まる。
振り返ると、エレナ嬢、リリアナ嬢、シャルロット嬢、イザベラ嬢の四人が歩いてきていた。
最近、妙に遭遇率の高い面々だ。
人だかりを見つけるなり目を輝かせるエレナ嬢とリリアナ嬢。即座に止めるシャルロット嬢も、視線はしっかり騒ぎの中心へ向いている。イザベラ嬢だけが「やめておいた方がいいんじゃない?」と困り顔だったが、誰の耳にも届いていない。
結局四人は人だかりへ吸い寄せられていった。
「「「「……」」」」
私たち四人は無言でそれを見送る。
「放っておけ」と吐き捨てたルシアンも、アレクシスもカイも、冷めた口調と態度とは裏腹に誰一人足を動かさなかった。
前方から「見えない!」と不満げな声が上がる。人垣に阻まれたエレナ嬢が右へ左へ動いた後、こちらと目が合った。
「あ、ちょうどいいところに城壁が来た」
「誰が城壁だ」
すかさず寄ってきたエレナ嬢をルシアンが睨む。アレクシスも額を押さえたが、彼女は気にせずルシアンの背後に回り込み、その大きな背中の横からひょっこりと覗き込もうとした。
隣ではリリアナ嬢が「ちょっと借りてもいい?」とカイの背後に隠れるように立ち、シャルロット嬢も「失礼でしょう」と言いながら、ちゃっかりアレクシスの背後に回り込んでいる。
残されたイザベラ嬢は完全に居場所を失い、おろおろとこちらを見ていた。
「イザベラ嬢、こちらへどうぞ」
「……では……少しだけ……」
声をかけると、彼女は恐縮しながら私の背後へやってきた。
だが――当然ながら、背丈のある私たちの後ろに回ったところで、前が見えるはずもない。
背中にすっぽり隠れてしまったイザベラ嬢は、私が少し横へずれると控えめに銀髪を覗かせたものの、「やっぱり何も見えない……」と困り顔で呟いた。
気づけば、ルシアンの背後にエレナ嬢、アレクシスの背後にシャルロット嬢、カイの背後にリリアナ嬢、私の背後にイザベラ嬢という奇妙な陣形が完成していた。
「で、何を見ているんだ」
「分かんない。だから背中に隠れて見ようとしたのに、背が高すぎて余計見えないんだよね」
ルシアンの呆れ声に、エレナ嬢が不満げに返す。
その時、人垣の向こうから激しい歓声が上がり、後方から新たな学生が一気に押し寄せてきた。
「危ない!」
私たちは反射的に動き、各自の背中にいた令嬢たちを人波から完全に遮るよう、しっかりと立ち塞がる。押し出された学生たちが勢いよくぶつかってきたが、私たち四人が壁となって受け止めている以上、びくともしない。
騒ぎが収まり振り返ると、背中に守られていた四人が目を見開いてこちらを見上げていた。
「……本当に壁になった」
エレナ嬢の呟きに、ルシアンが眉をひそめた。
「お前たちが壁として使ったんだろう」
「でも、押されそうになったら庇ってくれたじゃん。やっぱり城壁だよ」
カイも「褒めているのか?」と呆れ、アレクシスは「そもそも、我々が廊下に立ち塞がっていたのを見てお前たちが勝手に言い出した呼び名だろう」と溜め息を吐いた。
「でも、四人並ぶと本当に城壁みたいです」
シャルロット嬢が完璧な笑みで返すのを見て、俺は思わず口元を緩めた。
「城壁という呼び名は、見た目だけでなく実用性まで評価されていたんですね」
「セドリック、お前まで面白がるな」
アレクシスに睨まれたが、令嬢たちは吹き出し、イザベラ嬢も俯いて肩を揺らしていた。
結局、見世物はそのまま終わり、何が行われていたのか誰一人分からないまま学生たちは散っていった。
「時間の無駄だったな」
ルシアンがぼやくと、エレナ嬢は「城壁がちゃんと城壁だったから面白かったよ!」と笑いながら逃げるように歩き出した。「待ちなさい!あ!殿下!ありがとうございました!」と追うシャルロット嬢たちに続き、イザベラ嬢も小さく「ありがとうございました」と私に囁いて去っていく。
その背中を見送りながら、アレクシスが疲れたように息を吐いた。
「……行くぞ」
再び歩き出した道中、カイが真顔で呟く。
「しかし……実際、四人並ぶと壁になるのか?」
真剣な問いに三人で一斉に視線を向けると、私はとうとう耐えきれずに笑ってしまった。
『城壁』という失礼なあだ名を、今日ばかりは私たち自身も完全には否定できなくなっていた。




