102.夜市へ行こう①
ヴェイロン領を出てから、順調に王都へ向かっていた。
シャルロットに自分の気持ちを指摘されて以来、一度目に泊まった宿屋ではルシアンと顔を合わせるなり気まずくなり、ついよそよそしい態度を取ってしまったエレナだったが、いつも通り接してくるルシアンのおかげで、今は冷静さを取り戻している。
そんなこんなで一行は、日が傾き始めた頃、街道沿いの宿場町へと到着した。
「さすがに馬車に乗りっぱなしだと疲れるわね」
「とりあえず、夕食まで時間あるしゆっくりしよ」
馬車から降りたエレナが大きく伸びをすると、続いて降りてきたシャルロットも軽く肩を回した。
「では、また夕食の時に」
セドリックの言葉で各自が割り当てられた部屋へ入っていくのを確認してから、エレナとシャルロットも荷物を手に自分たちの部屋へと向かった。
◇ ◇ ◇
荷物を片付け、ソファに腰を下ろしたエレナは、ふと何かを思い出したようにシャルロットへ視線を向ける。
「ねえ、この町って確か夜市あったよね?」
「確か、今の時期ぐらいだったはず…!!」
「そうそう! 殿下たちを誘って行ってみない?」
「久しぶりにいいわね!でも、護衛のこともあるし一度聞いてみましょう」
話がまとまるやいなや、二人は身支度を整えて部屋を出た。
まず向かったのはセドリックの部屋。ノックをして顔を出したセドリックに夜市へ行こうと誘うと、同室だったカイとルシアンにもすぐに声をかけてくれた。
ふたりも興味を示したため、準備ができ次第、宿の前に集合することを約束して、次はアレクシスの部屋へと向かう。
ノックをして名前を告げると、顔を覗かせたアレクシスへエレナは声をかけた。
「ねえ、夜市に行かない? 」
「夜市か。それは興味深いな」
「殿下も一緒にどうかなって思って!ここの夜市は規模も大きいし、みんなで行ったら絶対楽しいからね!」
「護衛のこともありますので、無理にとは申し上げませんが……」
エレナの誘いにシャルロットが丁寧な言葉で補足すると、アレクシスは少し思案する素振りを見せた後、すぐに頷いた。
「お忍びの視察ということなら、大袈裟な護衛は不要だろう。カイとルシアンもいるし、エレナ嬢やシャルロット嬢も自衛はできるはずだ。万が一のことがあっても、セドリックも頼りになるからな」
そう語るアレクシスの表情は、社交用の笑みでも普段の無表情でもなく、どこか少年のように楽しげだった。
「やった! じゃあ準備ができたら宿の前に集合ね!」
そう言って部屋をあとにするエレナたちの足取りは、先ほどよりもずっと弾んでいた。
◇ ◇ ◇
全員が集合すると、さっそくエレナの案内で夜市が催されているエリアへと繰り出した。
街の至る所に提灯が吊るされ、暗くなり始めた街道を明るく照らしている。
道の両脇に並ぶ店の軒先にも色とりどりの布が飾られ、まるでちょっとしたお祭りのような賑やかな雰囲気が漂っていた。
「それにしても、エレナ嬢はよく夜市のことを知っていましたね」
「兄上たちに教えてもらって、何度か来たことがあるんだ!」
「なるほど、そうだったんですね」
「私も女学院の頃、リリやベラたちと訪れたことがあるんですよ」
セドリックの疑問にエレナとシャルロットがそれぞれ答えているうちに、一行は夜市の入口へとたどり着いた。
屋台のあちこちから美味しそうな匂いが漂い、お腹が空くのがわかる。
「私たちは夕食を夜市で済ませようと思ってるけど、セドリック様や殿下たちはどうするの?」
「宿には夕食はいらないと伝えてありますので、よろしければご一緒しても構いませんか?」
「もちろん!」
セドリックが楽しげに答えると、エレナは嬉しそうに頷き、早速おすすめの食べ物を紹介し始めた。
「ここのおすすめは、この地域で品種改良された牛の串焼きと、トマトを煮込んだスープなんだけど、串焼きは肉が大きくて食べ応えがあるし、スープも具沢山でいつも食べてるのとは違って――」
「エレナ? まずは色々買い込んで、食べる場所に移動しない?」
「そうだね! とりあえず腹ごしらえをしてから、ゆっくり見て回ろうか」
シャルロットから制止が入り、それもそうだと頷いたエレナは、足早にお目当ての屋台が並ぶ通りを目指した。
ルシアン、アレクシス、カイ、セドリックも興味深そうにあたりを見回しながら後を追う。
目についたものをそれぞれ思い思いに購入すると、飲食用に用意されたテーブルへ腰を下ろした。
「エレナ、ちょっと買いすぎじゃない?」
「そう? みんなも食べるかなって思って」
エレナの前には串焼きや、チーズがたっぷりかかったパンのようなもの、ソースを絡めて炒めた麺に、スープやドライフルーツまで、たくさんの食べ物が並んでいる。
呆れ顔のシャルロットなど気にも留めず、エレナは嬉しそうにみんなへ料理を勧め、自分も口いっぱいに頬張り始めた。
「エレナ嬢が勧めるだけあって、確かに美味いな」
「でしょ! よかったらこっちも食べてみて! ルーもカイカイも遠慮しないでね!」
串焼きを一口食べて驚いた声をあげるアレクシスに満足げな笑みを浮かべ、次はチーズの乗ったパンを差し出す。
平べったい生地の上にトマトソースが塗られ、その上にはベーコンや野菜、そしてたっぷりのチーズが乗っている。
あらかじめ切れ目が入っており、一枚持ち上げると、溶けたチーズが伸びた。
「これは?直接手で持つのか?」
初めて見る料理なのか、パンを不思議そうに眺めるルシアンを見て、エレナは声をあげて笑う。
「これはピザって言う食べ物なんだけど、よく知られた料理なんだよ。この地域では特によく食べられていて、これはトマトソースだけど、蜂蜜をかけた甘いものとか他にも種類があるよ!手でちぎって食べるのが平民流かな!」
「騎士団の遠征時に一度食べた事があるが、これほど大きなものではなかった」
「一人分はもう少し小さいからね」
カイにとっても、こうしてみんなで切り分けて食べるような大きさは珍しかったらしい。それぞれが興味深そうに手を伸ばして食べる様子を見届けながら、エレナも自分の手元にある料理を食べ進めた。




