101.王都へ向けた馬車の中で
早朝――
ヴェイロン邸の庭には多くの人影があった。
今日はアレクシスたちが王都へ戻る日だ。エレナとシャルロットも一緒に戻るため使用人や護衛騎士たちが慌ただしく準備を進める中、玄関前ではそれぞれが挨拶を交わしている。
「殿下、是非またお越しください。次にお越しになる時を、楽しみにしております。」
「公爵。滞在中は手厚くもてなしてくれたことに感謝する。…近いうちに、また寄らせてもらうよ」
わずかに苦笑いをしたアレクシスに、ヴェイロン公爵は穏やかな笑みを返し、二人は固く握手を交わした。
その横では、シャルロットとエレナが公爵夫人と言葉を交わしている。
「シャルロット。王都でも頑張ってね。また次の休暇を楽しみにしているわ」
「ありがとうございます。お母様、王都に着いたらすぐ手紙を書きますね」
「エレナも、またいつでもいらっしゃい。ノワールじゃないんだから王都では羽目を外しすぎないようにね」
「…う…おば様まで母上と同じようなことを言うなんて…」
「当たり前じゃない。貴女は娘同然なんだから心配にもなるわ」
微笑む夫人に、エレナは気まずくなったのか視線を逸らした。
そんな二人の様子にシャルロットが肩を震わせていると、夫人の後ろに控えていたエミリアからも声がかかる。
「お姉様!エレナお姉様!アカデミー頑張ってきてくださいね!次はリリお姉様とベラお姉様と一緒に、帰って来てくれるのを楽しみにしています!」
「エミーにも手紙を書くね」
「リリとベラにも伝えておくね!」
可愛い笑顔に、二人揃って顔をほころばせていると、そろそろ出発するとの声がかかった。
「では、お父様、お母様、エミー行ってきます」
「おじ様、おば様、エミー!行ってきます!」
それぞれが馬車へと乗り込み、手を振る公爵たちに見送られながら、一行はヴェイロン邸を後にした。
◇ ◇ ◇
「久しぶりにヴェイロンに滞在したけど、ここはやっぱり楽しいね!」
馬車の中はエレナとシャルロットの二人だけということもあり、門を出たとたん、気の抜けた体勢でくつろぎだしたエレナにシャルロットは呆れた視線を向ける。
「そう言ってもらえて嬉しい限りだけど、せめてもう少しはきちんと座りなさい」
「えー!今はシャルと二人なんだし、いいじゃん!王都までまだ何日もあるし。馬車は違うけど殿下たちもいるんだから、シャルも気を抜ける時に抜いとかないと疲れるよ?」
ある意味正論なエレナの言葉にため息をつくと、それもそうかとクッションにもたれ、くつろぐことにした。
横に広いヴェイロン領は、王都へ向かう際は領地を抜けるまで横断するのに二日かかる。さらに他家の領地を二つ通っていくため、早くても四日はかかるのだ。
馬車に揺られ、たわいもない話で盛り上がっていると、ふとエレナが目を輝かせた。
「ねえ、前から聞こうと思ってたんだけど、シャルって殿下のことどう思ってるの?」
「…殿下?…どうって」
「殿下ってさ、シャルに対してすごく優しいじゃん?もちろん周りにも優しいんだけど、シャルにだけは特別優しいというか…。私とリリなんて呆れられることの方が多いしね」
「……それはあなたたちの普段の行いが招いた結果でしょ?」
「まあ、そうだけど……。でも、シャルに対しては特別って感じがするんだよね」
意外な質問に驚いたものの、殿下には婚約者候補もいるしあまり意識してこなかったな、と考える。
「ん~…どうって言われても困るんだけど、優しいのは感じるわね。紳士だし、困っていたら助けてくれるし。それに……昨日の朝、たまたま殿下が髪を下ろしているところを見たのだけど、少し眠そうにしていたから可愛いとは思ったかな?」
「え?」
「まあ、男らしいと感じたこともあるけれど、婚約者候補の方が何人かいる時点で、婚約相手として考えることは無いわね」
予想外の回答に驚いた顔をしたエレナだったが、だんだんとにやけた表情になっていく。しかし、シャルロットの最後の言葉を聞いて残念そうに眉を下げた。
「まあ、シャルってそうだよね」
そう言って頷くエレナに、シャルロットは怪訝な視線を向ける。
「そういうエレナはどうなのよ?」
「え?私?何が?」
「ルシアン様よ。前々から距離が近いとは思っていたし、何度か注意したけど直らないじゃない?」
「〜〜っ?!?!」
そう言われた途端、あからさまに動揺したエレナを見て、今度はシャルロットの口元がゆるんでいく。
「えー?何があったの?」
「な、何でもないよ!!」
「何でもないっていう人は、そんなに動揺しないのよ」
思わず辺りを見回すが、走っている馬車からの逃亡は不可能だ。面白そうに問い詰めてくるシャルロットをしばらく見つめた後、降参したエレナはノワール領からの出来事をぽつぽつと話し出した。
「なるほどね」
満足そうに頷くシャルロットに対して、エレナの顔は真っ赤に染まっている。
「だ、だけど、別に好きっていうほどじゃないし!」
「だけど、ルシアン様以外にはそういった事はしないでしょ?」
「そうだけど……」
「ルシアン様"だけ"に、無意識でもやってるんでしょ?」
「ま…まあ……」
何か納得したように笑顔で数回頷いたシャルロットに怪訝な顔を向けた瞬間、とんでもない言葉が飛んできた。
「エレナ、それはもう好きって事だと思うよ!」
「〜〜〜っ?!?!?!な、何でそうなるの!!」
「え?どう考えてもそうでしょ?ノワールの街でもヴェイロンの市場でも恋人に間違えられたって言ってたけど、嫌じゃなかったんでしょ?」
「……」
「それに、普通は髪が濡れていても自分から拭いてあげようとは思わないわ」
「……」
「ルシアン様も嫌がってなかったんでしょ?ってことはルシアン様もーー」
「ルーは違うと思う!」
言葉を被せるように否定してきたが、顔は相変わらず真っ赤なままなので全く迫力がない。
「ルーって、普段から無表情だし口数も少ないじゃん?よく喋る時って私やリリに対して呆れている時とかしかないし……それに、人に対して興味無さそうじゃん」
そう語るエレナの言葉に、色々と思うところはあったものの、シャルロットはそれ以上なにも言わなかった。
いや、言わなかったというより、あえて黙っていたのかもしれない。
「まぁ、いいわ。それにしてもエレナがね…」
「ちょっと!誰にも言わないでよ!リリとベラにもだからね!!」
「はいはい!」
そう言って肩を揺らして笑っているシャルロットに、エレナは何とも居心地が悪くなり座り直した。
「シャルも、誰か好きな人ができたらちゃんと教えてね」
シャルロットが頷いたのを確認すると、何とか顔の熱を逃がすために窓の外へ目を向ける。
異性として意識したことはあったが、まさかシャルロットからの指摘で気づかされるとは思ってもみなかった。自覚してしまったことで、これからルシアンにどんな顔をすればいいのかわからないと、密かに頭を悩ませるエレナだった。




