98.妹、歓喜!
*エミリア視点です
廊下を歩いていたエミリアは、ちょうど応接室から出てきた四人の姿を見つけて足を止めた。どうやら仕事の話が終わったところらしい。
(……今なら、聞けるかしら)
先日からずっと気になっていたことがあった。姉に向けられるアレクシス殿下の眼差しや、ほかの方と話をしている時とは少し違う雰囲気。自分の考えが正しいのか、どうしても確かめてみたかったのだ。
「あ、あの!アレクシス殿下!」
思い切って声をかけると、四人が一斉にこちらを振り返った。その視線に気圧され、エミリアは一瞬後退りしそうになる。
「エミリア嬢…どうかしたのか?」
「その……殿下に少々お聞きしたいことがございまして……」
「私に?」
「はい。あの、できれば少しだけお時間をいただけないでしょうか?」
エミリアの思い詰めたような様子に、何か深刻な事態でもあったと思ったのだろう。アレクシスはほかの三人と顔を見合わせると、優しく頷いた。
「もちろん構わない。中で話そうか」
「ありがとうございます!」
先ほど出てきたばかりの応接室へと戻ることを提案され、エミリアは緊張に肩をすくめながら、四人の後に続いてそっと部屋へ足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
「それで、聞きたいこととは?」
向かいの席に座ったアレクシスに尋ねられ、エミリアは思わず背筋を伸ばす。
改めて聞かれると、なかなか言葉が出てこない。相手はこの国の王太子殿下で、いくら気さくに接してくださっているとはいえ、こんなことを直接聞いてもいいのだろうか。
(でも、せっかくお時間をいただいたんだもの……!)
意を決して顔を上げる。
「……殿下は、お姉様のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
「…………ん?」
意を決して質問したものの、なぜかアレクシスが固まった。ほかの三人も黙り込んでいる。
「あ、あの……殿下がお姉様に接する態度が、少々気になりまして……!」
「……私の態度?」
「はい!あっ、決して嫌な意味ではないのです! ただ、その……お姉様のことを、お慕いしていらっしゃるのではないかと……」
そこまで言ったところで、セドリックがふいっと顔を背けた。ルシアンとカイも、なぜか視線を逸らしている。
(……あれ?)
もしかして、とんでもないことを聞いてしまったのだろうか……。
「あ、あの……やはり、失礼でしたでしょうか……申し訳ございません…」
エミリアが慌てて頭を下げると、アレクシスは一度口元に手を当て、小さく息を吐いた。
「いや、そんなことはない。……まあ、そうだな」
「……!やはりそうなんですね! 今までお姉様からそういったお話を伺ったことがなかったので、殿下に好意を持っていただけて、とても嬉しいです!」
「……そうか。それはよかった」
ほんの少し前まで縮こまっていたエミリアが、その言葉を聞いた途端に満面の笑みを咲かせたため、アレクシスはどこか困惑したような表情を浮かべた。けれど、そんな反応すら気にならないほど、エミリアは嬉しくてたまらなかったのだ。
姉は昔から何でもできるし、いつだって自分のことを気にかけてくれる。そんな自慢の姉をアレクシスが慕っているなんて、妹として嬉しくないはずがない。
(それにしても、お姉様はどうして気づいていらっしゃらないのだろう。あんなに分かりやすいのに)
「……セドリック、何か言いたそうだな?」
「いえ、何も?」
セドリックはにこやかに答えていたけれど、なぜかアレクシスは納得していないようだった。
そんな二人のやり取りを不思議に思いつつ、エミリアはふと隣に座るルシアンへ目を向けた。
「あっ、そういえば! ルシアン様もエレナお姉様をお慕いしているんですか?」
「……俺?」
「はい!」
今度は全員の視線がルシアンへ集まった。突然話を振られたルシアンは少し考えるように黙ったあと、短く頷いた。
「……ああ、まあ」
「まあっ! そうなんですね! お二人、とても仲がよろしいですもの!」
エミリアは嬉しくなって、思わず両手を合わせた。
「エレナお姉様、ルシアン様とご一緒の時はとても楽しそうですし!」
先日のお茶会で聞いた話を思い出す。
エレナは、ルシアンと一緒にいると気を遣わなくていいと言っていた。あの時は随分と照れていたけれど、やはり二人はお互いに特別な存在なのかもしれないと思うと、なんだかますます嬉しくなってきた。
「あの、セドリック様とカイ様には、どなたか想い人はいらっしゃらないのですか?」
「……私たちですか?」
「はい! お二人にはいらっしゃらないのかと、少し気になってしまって」
セドリックは一瞬目を丸くしたあと、くすりと笑った。
「そうですね。私にもいますよ」
「まあ! どなたですか?」
「イザベラ嬢です」
「ベラお姉様!?」
思わず声が大きくなってしまった。驚くエミリアに、今度はカイが自ら言葉を添える。
「……俺は、リリアナ嬢だ」
「リリお姉様まで!?」
エミリアは目を丸くして、思わず四人を見渡した。
(ベラお姉様はとてもお綺麗で、お作法も完璧で、いつだって優しく教えてくださるし、リリお姉様だって可憐でおしゃれで、私の憧れの方……! そんなお二人を、セドリック様とカイ様がお慕いしているなんて!……えっ!? 待って!!皆様、お姉様たちのことがお好きなの!?)
驚いた。本当に驚いた。
だって、四人とも自分の大好きなお姉様たちを慕っているのだ!
「まあ……! なんて素敵なんでしょう!」
「……素敵、ですか?」
「はい! だって、皆様がお慕いしていらっしゃるのは、私の大好きなお姉様たちなんですもの!」
エミリアは嬉しくてたまらなかった。
「シャルロットお姉様は昔から本当にしっかりしていらして、私の自慢なんです! いつも私のことを気にかけてくださいますし、困った時には相談にも乗ってくださるんですよ!」
「そうなのか」
「はい! でも、たまに少し抜けていらっしゃるところもあって……あっ、エレナお姉様もそうなんです!」
今度はルシアンへ顔を向ける。
「エレナお姉様は本当に頼りになるんですよ! 私も小さい頃から色々教えていただいていて、護身術だってエレナお姉様たちに教わったんです!」
「……」
「でも、時々びっくりするくらい無頓着なところがあるんです! あっ、そういえば以前も――」
そこからエミリアの話は止まらなくなった。
エレナが昔からどれほど頼りになるのかを熱弁しているうちに、今度はリリアナの話題へと移っていく。
「それに、リリお姉様は本当に可愛らしくて! 私もずっと憧れているんです! 髪型や髪飾りも参考にさせていただいていて、先日も素敵な飾りを教えていただいたんですよ!」
「……」
「それにリリお姉様は、お話ししているだけで楽しくなるんです! あっ、ベラお姉様も素敵なんですよ! 私がお作法で分からないことがあると、いつも丁寧に教えてくださって……」
「エミリア嬢、少しお茶でも――」
「あっ! そういえば、ベラお姉様には以前こんなことも教えていただいたんです!」
「……なるほど」
セドリックが差し出しかけた茶器をそっと元の位置へ戻したが、エミリアは気づかないまま話を続ける。
四人とも、それぞれ違った素敵なところがある。シャルロットは自慢の姉で、エレナは昔から頼りになる存在。リリアナの可愛らしさには憧れるし、イザベラの上品な振る舞いはいつだってお手本だ。
話したいことは、まだまだたくさんあった。
「それでですね! お姉様たちが四人でいらっしゃる時は、また雰囲気が違うんですよ! 皆様もご存じかもしれませんけれど、昔から本当に仲がよろしくて! 私もお話の中に混ぜていただくのが大好きなんです!」
熱っぽく語っていたエミリアだったが、ふと窓の外へ目を向けてハッと息をのんだ。外はすっかり暗くなり、思いのほか時間が経っている。
最初はアレクシスに少し話を伺うだけのつもりだったのに、嬉しさのあまりすっかり夢中になってしまっていた。
「あっ……! 申し訳ございません! 私ばかりお話ししてしまって……!」
慌てて頭を下げると、セドリックが優しく微笑んだ。
「いえ。皆さんのことが大好きなのは、よく伝わりましたよ」
「本当ですか!」
「ええ、とても」
エミリアはほっと胸を撫で下ろした。
それにしても、今日はなんて嬉しい日なのだろう。
ずっと気になっていたアレクシスの気持ちを確かめられただけでなく、ルシアンも、セドリックも、カイも、それぞれ大好きなお姉様たちを慕っていることが分かったのだ。
(……お姉様たち、本当に気づいていらっしゃらないのかしら)
少なくとも、シャルロットとエレナはまだ自分の気持ちには気づいていないらしい。ほかのお二人はどうなのだろう。
考えるだけで、なんだかわくわくしてくる。
「皆様とこんなお話ができて、とても楽しかったです!」
ひとしきり話し終えたエミリアは、満足そうに微笑んだ。
「私にできることがあれば協力いたしますので、いつでもおっしゃってくださいね! では、失礼します!」
そう言って丁寧に一礼すると、エミリアは晴れやかな表情で応接室を後にした。
残された四人は、しばらく閉じた扉を見つめていた。
「「「…………」」」
「……随分と楽しそうでしたね」
セドリックの呟きが静かな部屋に響いた。




