97.妹の観察力
*エミリア視点です
*エミリアの年齢を14→13に変更しました
「……お姉様って、どうして気づかないのかしら」
思わずこぼれた独り言に、エミリアは慌てて口を閉じた。幸い、近くに人はいない。
少し前まで姉のシャルロットとアレクシスが話していた姿を思い返し、小さくため息をついた。
アレクシスたちがヴェイロン領に到着して以降、彼が姉に向ける眼差しは、他の人に対するものとはどこか違っていた。話しかける時や、姉の返事を待つ一瞬に見せる表情はとても柔らかい。少なくとも、エミリアの目にはそう映っていた。
それなのに、当の姉はいつも通りだ。殿下が何かと気にかけてくれても、自然にお礼を言い、何事もなかったように会話を続けてしまう。
(お姉様ったら、あんなにわかりやすいのに……)
もちろん、エミリアだって男女の恋愛事情に詳しいわけではない。まだ十三歳だし、姉たちのように王立アカデミーへ通っているわけでもない。それでも、誰かが特定の相手を特別に気にかけていることくらいはわかるつもりだった。
ましてや相手は、自慢の姉である。幼い頃からずっと見てきたシャルロットのことなら、本人が気づいていないことにも気づける気がする。
(……でも、お姉様だけなのかしら)
ふと、エレナとルシアンの顔が浮かんだ。
エミリアは滞在当初から、あの二人の距離感が少し気になっていた。ルシアンは口数が少なく、表情もあまり変わらない。初めて会う人なら近寄りがたいと思うかもしれないが、エレナはそんなことをまったく気にしていないようだ。
普通に話しかけ、時には遠慮なく言い返す。ルシアンの方も、そんなエレナを嫌がっている風には見えない。
(仲がいいのはわかるけど……)
エレナは、ルシアンのことをどう思っているのだろう。
ちょうどエレナとは、このあとお茶をする約束をしている。だったら、本人に直接聞いてみればいい。
(……怒られないわよね?)
別に悪いことを聞くわけではないのだからと、一瞬考えてから、エミリアは満足そうに頷いた。
◇ ◇ ◇
「エレナお姉様、少し聞いてもいいですか?」
「ん?」
向かいに座るエレナが手にしていた菓子を皿へ戻すと、エミリアも持っていたカップを置き、何気ない様子を装って尋ねた。
「エレナお姉様は、ルシアン様と仲がよろしいですよね?」
「ルー?まあ、仲はいいと思うけど」
あっさりとした返事に、エミリアは少し身を乗り出す。
「では、ルシアン様のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
「……どうって?」
「そのままの意味です」
「んー……」
エレナはカップに伸ばしかけた手を途中で止めると、首を傾げた。
「別に、普通だけど」
「普通、ですか?」
「うん。話しやすいし、一緒にいて楽だし、変に気を遣わなくていいし」
「なるほど」
「……あとは、なんだろ」
「まだあるのですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど…」
なぜかエレナは、そこで言葉を濁した。エミリアは黙って続きを待つ。
「……まあ、いい奴だよ」
「それだけですか?」
「それだけって……何がある?」
「エレナお姉様が"ルシアン様をどう思っていらっしゃるのか"、です」
「そう言われても…って、なに?その顔」
「何でもありません」
エレナは怪訝そうに眉を寄せたが、エミリアがにっこり微笑むと、それ以上は追及せずに首をかしげた。
(……これは)
エレナは、普段から自分の考えをはっきり口にする人だ。嫌なものは嫌だと言うし、好きなものは好きだと言う。そんなエレナが、ルシアンのことになると妙に歯切れが悪い。しかも、嫌がっているわけではなさそうだった。
(もしかして、エレナお姉様も……?)
エミリアは思わず吹き出しそうになるのを堪え、ごまかすようにお茶を飲み干した。まだ決めつけるのは早い。けれど、これはなかなか興味深い。
「……エミー、さっきから、なんか楽しそうだね」
「そうですか?エレナお姉様とお茶ができて嬉しいんです」
(……そういうところですわ)
あっさりと納得して追及をやめるエレナに、エミリアは持っていたカップの陰でそっと笑みを深めた。
◇ ◇ ◇
お茶会を終えて自室へ戻ったエミリアは、椅子に腰掛けながら昼間の会話を思い返していた。
アレクシスは、明らかにシャルロットを特別扱いしているように見える。けれど、シャルロット自身は全く気づいていない。一方のエレナも、ルシアンのことを尋ねると妙に言葉を濁していた。
(お姉様たちって……どうして、こういうことには鈍いのよ)
二人とも、普段はとても頼りになるのだ。シャルロットは何事にもよく目が届き、周囲への配慮を忘れない。エレナだって、状況を察してすぐに動ける人だ。それなのに、自分自身のこととなると途端に鈍くなってしまうらしい。
十四歳の自分が気づく程度の変化に、年上の二人が無自覚でいる。なんとも不思議な話だった。
(でも、まだ確かめていないこともあるわね)
アレクシスが姉を特別に思っているように見えるのは、あくまでエミリアの印象に過ぎない。本人から直接聞いたわけではないのだ。
(殿下に直接聞いてみたら、教えてくださるかしら)
いくら気になるとはいえ、王太子相手にそんな質問をしてよいものか迷う。けれど、姉をどう思っているのか尋ねるだけなら、決して失礼にはならない……はずだ。
もちろん、聞く場所やタイミングは考えなければならない。エミリアは少しの間思考を巡らせたあと、満足そうに頷いた。
(機会があったら、それとなく聞いてみましょう)
そう決めた途端、これからが急に楽しみになってきた。
もし本当にアレクシスが姉を慕っているのなら。そして、エレナもルシアンを特別に思っているのだとしたら。
(……お姉様たち、一体どんなお顔をなさるのかしら)
エミリアは窓の外に目を向ける。夕暮れに染まる庭は静かで、昼間の賑やかさが嘘のようだ。
どうやらこの滞在は、思っていた以上に面白いことになりそうだ。




