96.女学院の視察
この日、アレクシスたちは再び国立女学院を訪れていた。
先日の会食の席で、女学院の学院長から改めて招待を受けたのだ。以前の視察では校舎の外から説明を受けるにとどまっていたため、今回は学院長自ら内部を案内してくれることになっている。
「殿下、本日はお越しいただき誠にありがとうございます」
玄関前で出迎えた学院長が一礼すると、アレクシスも挨拶を返す。
「こちらこそ、突然の申し出にもかかわらず案内の機会を設けていただき感謝する。先日の視察でも興味深い話を伺った。今日は楽しみにしている」
「そうおっしゃっていただけるとは光栄でございます。どうぞ、こちらへ」
学院長に促され、一行は校舎の中へと足を踏み入れた。
「シャルロット様も、相変わらずお元気そうで何よりです」
「こうしてまた学舎を訪れることができて嬉しく思います」
「私どもも嬉しく思っておりますよ。皆様がお元気でいらっしゃると伺い、安心いたしました」
シャルロットと学院長が言葉を交わす隣で、アレクシスたちは女学院の内部へと目を向けていた。
校舎は広く、廊下には各国から集められた書物や、生徒たちが制作した作品が展示されている。
案内された教室には王立学園でも見慣れた教材が並んでいたが、別の教室には専門的な学問に用いる資料や器具も揃えられていた。
「以前も少しお話しいたしましたが、当学院では淑女教育だけではなく、幅広い学問を学ぶことができます。卒業後に王立アカデミーへ進学される方も多くいらっしゃいますので、専門課程ではさらに高度な内容を扱うこともございます」
学院長の説明を聞きながら、セドリックが教室の中を見渡す。
「なるほど。王立学園とはまた違った教育方針なのですね」
「はい。もちろん共通する部分もございますが、当学院ならではの特色も大切にしております」
「先日も伺ったのですが、他国からの留学生も受け入れているとか」
「ええ。国によって文化や習慣も異なりますから、生徒たちにとっても大変よい刺激になっております」
その後もいくつかの教室を見学し、学院長から教育内容や学院の歴史について説明を受けた。
「そういえば、皆様は現在、王立アカデミーに在学中と伺っております」
廊下を歩いていた学院長が、ふと思い出したように口を開いた。
「シャルロット様とはお知り合いとのことでしたが、ノワール嬢たちとも面識がおありなのでしょうか?」
「ああ。三人のこともよく知っている」
「そうでしたか! それは嬉しいことでございます」
アレクシスの言葉に、学院長は当時のことを思い出して嬉しそうに目を細めた。
「四人とも大変優秀な生徒でしたよ。学業にも熱心で、それぞれに得意とする分野もございました。卒業されたときには、教職員一同、寂しく思ったものです」
「それほど優秀だったのですね」
「ええ。それに、とても仲のよろしい四人でしたから」
学院長は隣を歩くシャルロットへ目を向ける。
「シャルロット様はリュシェール嬢と共に、よくノワール嬢とベルモンド嬢を追いかけていらっしゃいましたね。あの光景も、何度となく微笑ましく拝見しておりました」
「……学院長先生」
その言葉にシャルロットが少し気まずい顔をすると、学院長はさらに楽しそうに微笑んだ。
そのやり取りを聞いていたセドリックが、何かを察したように口元を押さえる。
「……アカデミーと変わりませんね」
「ああ。想像がつくな」
アレクシスの言葉に、ルシアンとカイも頷いた。
学院長にとっても、つい最近までの微笑ましい日常だったのだろう。楽しそうに語る姿を見て、シャルロットもそれ以上は何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
一通り教室を見学した後、一行は学院の図書室へと案内された。
高い書架には数多くの書物が並び、専門分野ごとに整理されている。王立学園とは異なる蔵書も多いらしく、セドリックは早速興味深そうに背表紙へと目を走らせていた。
「随分と充実した蔵書だな」
「国内の書物だけではなく、他国から取り寄せたものもございますので、生徒たちには積極的に利用するよう勧めております」
学院長の説明に頷いたアレクシスは、ふと先日の視察で目にしたものを思い出した。
「そういえば、街の図書館に展示されていた刺繍地図について伺いたいのだが」
「刺繍地図でございますか?」
「ああ。シャルロット嬢たちが卒業制作として作り上げたものだと聞いた」
その言葉に学院長の顔が明るくなる。
「ご覧になられたのですね!」
「見事な出来栄えだった。あれほど精巧な地図を刺繍で表現しているとは、最初は気づかなかったほどだ」
「あの作品は、私どもにとっても大変印象深い卒業制作でございました」
学院長は制作していた頃を思い出すように話し始めた。
「何しろ、あれほど大きな地図を刺繍で制作するというのですから、最初に話を聞いたときは驚きました。ですが、生徒たちは皆で協力し、見事に完成させてくれたのです」
「発案したのはノワール嬢だと伺ったが?」
「はい。ノワール嬢の発案から始まったものでございます」
アレクシスの隣で、セドリックが改めて感心したように頷く。
「実際に拝見しましたが、地形だけではなく、国境や都市の位置まで細かく表現されていましたね」
「ええ。正確さにもこだわって制作されておりました。単に美しい作品を作るだけではなく、学んできた知識を形にしたいという思いがあったのでしょう」
学院長の言葉に、シャルロットも照れくさそうに微笑む。
「完成したときは、皆で喜びました」
「ええ。本当に素晴らしい作品でした。あの学年の皆様が力を合わせて作り上げたものですから、こうして街の図書館に寄贈され、皆様に見ていただけていることを私どもも本当に誇らしく思っております」
「生徒たちが情熱を注ぎ、あれほどの作品を作り上げるとはな。貴校の教育の賜物であり、改めて感心した」
アレクシスがそう言うと、学院長は嬉しそうに頭を下げた。
「殿下からそのようなお言葉をいただけると知れば、当時の生徒たちも、そして後輩たちにとっても励みになることでしょう」
話が一段落したところで、学院長は再びシャルロットへ視線を向けた。
「こうして皆様とお話ししておりますと、つい最近まで四人がここに通っていた頃のことが、昨日のことのように思い出されますね」
「私にとっても、大切な思い出ばかりです」
シャルロットが微笑むと、学院長も嬉しそうに頷いた。
その後も、実技に用いられる競技場や広々とした音楽室、手入れの行き届いた庭園など、学院内のさまざまな施設を巡った。
案内される先々で、学院長の口から語られるのは当時の生徒たちの活気あふれる様子だった。
学院長が懐かしそうに明かす裏話や、普段アカデミーで見せる姿からは想像もつかないような話の数々に、アレクシスたちは驚きつつも、思わず笑みをこぼす。
一通りの案内を終え、玄関口で学院長からの丁寧な見送りを受けた一行は、充実した気持ちで女学院を後にした。
乗り込んだ馬車の窓から遠ざかる学舎を眺めながら、アレクシスは静かに目を細める。
シャルロットたちが大切に育んできた時間の温もりに触れ、今回の視察は彼らにとっても非常に満足のいくものとなったのだった。




