92.制作会議
アレクシスたちのヴェイロン領視察に便乗し、共にやってきてから数日が経った。この日、エレナはシャルロットの妹であるエミリアと、ヴェイロン邸の庭を散歩していた。
「エレナお姉様とこうして過ごせるのも、久しぶりなので嬉しいです!」
隣を歩くエミリアは、姉のシャルロットによく似た顔立ちをしながらも、とても可愛らしい笑顔をエレナに向けてくれた。
「私もエミーに会えて嬉しい!今日はいっぱい遊ぼうね!」
そんな話をしながら歩いていると、少し離れた場所から木剣が打ち合う音が聞こえてきた。
二人が顔を見合わせ、音を頼りに歩いていくと、そこには木剣を手に模擬戦をしているルシアンとカイの姿があった。
「……何してるの?」
突然聞こえた声に、二人はぴたりと動きを止める。
「エレナか」
「模擬戦だ」
「いや、それは見たらわかるけどさ。え…こんなところまで来て訓練とか、暇なの?」
「「……」」
エレナのあきれたような言葉に、なんとも言えない空気が流れる。
「今日は視察に行かなくていいの?」
「今日はいい」
「なるほど。じゃあ、せっかくヴェイロン領に来てるんだから、一緒に遊ぶ?エミーと今から何するか話
していたところだし!」
「はい! お二人もご一緒にいかがですか?一緒に遊べたら嬉しいです!」
エミリアの言葉にルシアンとカイは顔を見合わせた。
◇ ◇ ◇
「それで?何をするんだ?」
「それを今から考える!… 二人とも、この間の視察行ったよね?何か印象に残ったことない?」
「印象に残ったことか……」
「図書館の地図だな」
ルシアンの言葉にカイも頷く。
「地図? ああ! あの刺繍のやつ?」
「そうだ。あれをお前たちが作ったと聞いたときは驚いた」
久しぶりに卒業制作のことを思い出し、エレナは楽しそうに笑う。
「……あ!ねえ! 私たちも地図作ってみない?」
「地図?」
「そう! 刺繍はさすがに無理だけど、描くならできるでしょ?」
「……自分たちで作るのか?」
「うん! せっかくだし、大きいやつ!」
エレナの思いがけない提案に、ルシアンとカイはしばらく考え込んだ。
地図を見ることはあっても、自分たちで作ろうなどと思ったことはない。しかし、先日見た刺繍地図のことを思い出すと、なかなか面白そうな話ではある。
「……いいな」
「ああ。やってみるか」
「エミーはどう思う?」
「楽しそうですね!やりましょう!」
三人が同意したことを確認すると、地図を作ることが決まった。
「それじゃ、一回会議しよ! 何に描くかとか、どのくらいの大きさにするかとか決めないと!」
「ここでするのか?」
「まさか! 応接室で座って話そう」
そう言うと、早速屋敷へ向かって歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「よし!じゃあ、どのぐらいの大きさにするか決めよ!どれぐらいがいい?」
それぞれが、ソファに腰を下ろした直後から作戦会議が始まった。
エレナが意見を聞く横で、エミリアはお茶の用意をしてくれている。
「大きいやつを作るんだろ?」
「…そうだな」
「えっと、大きいって言っても範囲があるからそれを決めようよ?」
ルシアンとカイの言葉に困惑しつつも、どうにか話を広げようと奮闘するエレナだったが、普段から口数が少ない二人に早くも頭を抱えていた。
何か提案しても、相槌を打つだけ、口を開いても生返事ばかりで、まったく話が進んでいる気配がない。
エミリアもいろいろと提案を出してくれるのだが、エレナと同様、二人の対応に困惑の表情を浮かべていた。
「…ちょっと!!ねえ!!訓練の時はあんなに生き生きとしてるのに、この差は何なの?!」
「訓練は訓練だからな」
「そうじゃなくて!!!」
カイの返答に反論したいものの、どう返せばいいのかも分からない。
「そうだ!セドリック様は?!今何してるの??」
「セドリックなら、図書室に行くと言っていた」
ルシアンの言葉に、希望の光が見えた気がした。エレナはすぐさまエミリアに頼み、セドリックを呼んできてもらうことにした。
◇ ◇ ◇
エミリアに連れられて応接室を訪れたセドリックは、室内の異様な光景に言葉を失った。
静かな室内で平然とお茶を飲みくつろいでいるルシアンとカイの横で、エレナが頭を抱えていたのだ。
「みなさん、どうかされましたか?」
セドリックの声に勢いよく顔を上げたエレナは、満面の笑顔を向けてきたが、その急変ぶりにさらに困惑する。
「セドリック様!!助かった!!この二人、ぜんぜん話さないからまったく会話が進まなくて困ってたんだよ!!」
隣に立っていたエミリアも、どこか困ったような表情で深く頷いている。
その後、必死な様子で訴えかけてくる二人と、その横で咎める視線を浴びながらも優雅にお茶を口に運んでいるルシアンとカイ。
事情を把握したセドリックは、静かに溜め息を漏らした。
「…なるほど。では、何に描くかや大きさを決めていたのですね」
「そうなんだよ!なのに全く話が進まなくて…。なんなのこの二人?」
「いつもの事ですね。まあ、本人たちにやる気自体はあるようですし」
そういうセドリックは、慣れた様子で話を整理し始めた。
「それにしても地図製作ですか。面白そうですね」
「セドリック様も一緒にやろうよ!」
エレナの提案にセドリックは大きく頷くと、そこからは今までのことが嘘のように話が進んでいったのだった。




