91.視察で驚かされた
案内された商業区は、昼を迎えてますます賑わいを増していた。
通りには様々な店が軒を連ね、行き交う人々の声に混じって、聞き慣れない異国の言葉も飛び交っている。
「こちらの通りには、他国から仕入れた品を扱う店が多くございます。もう少し先へ進みますと、我が領の特産品を扱う店もございますので、そちらもご案内いたしますね」
「それは楽しみだな」
シャルロットの説明を聞きながら、アレクシスは並んでいる商品に目を向ける。
ルシアンとカイも、王都では見かけない珍しい品々に時折目を留めていた。
「それにしても、随分と多くの商人が集まっているのですね」
「定期的に大きな市も開かれますので、その時期はさらに賑わいます」
「それは一度見てみたいものですね」
「機会がございましたら、ぜひ」
セドリックが感心したように頷きながら通りを歩いていると、少し先に人だかりが見えてきた。
「あちらは、飲食店が多い場所でしてよろしければ――」
「危ない!」
突然、アレクシスの声とともに腕を掴まれ、シャルロットの身体がぐっと引き寄せられた。
「っ?!?!」
次の瞬間、先ほどまで彼女が立っていた場所を、小さな子供が勢いよく駆け抜けていく。
何が起こったのか理解する間もなく、気づけばアレクシスに半分抱えられるように引き寄せられていた。
「シャルロット嬢、怪我はないか?」
「……え? あ、はい! 大丈夫ですわ!」
慌てて返事をしたものの、アレクシスの手はまだ彼女の腕を掴んでいる。
自分の腕を軽々と引き寄せた大きな手。
すぐ近くにある胸元から顔を上げると、思っていた以上に高い位置にアレクシスの顔があった。
(殿下って、こんなに背が高かったかっけ……)
今まで背後に隠れた事もある。隣に立って話す事など数えきれないほどあり、今もそうだ。しかし、なぜかそんなことを考えてしまう。
「……シャルロット嬢?」
「っ! 申し訳ございません! 本当に大丈夫です!」
我に返ったシャルロットが答えると、アレクシスは安心したように手を離した。
「それならよかった。急に引っ張ってすまなかったな」
「い、いえ! 助けていただき、ありがとうございます」
離された腕には、先ほどまで掴まれていた感触が妙にはっきりと残っている。
シャルロットは一度だけ自分の腕に目を落とすと、何事もなかったように顔を上げた。
「では、続きをご案内いたしますね」
そう言って再び歩き始めたものの、なぜだか先ほどの出来事が頭から離れなかった。
◇ ◇ ◇
昼食を終えた一行は、商業地区の一角にある大きな建物の前に来ていた。
先ほどの通りよりも人通りは少なく、比較的落ち着いた場所だ。
「こちらが、ヴェイロン領にある図書館になります。王立図書館よりは規模は小さいですが、王都では見られないものがありますのでご案内しますね」
そう言ったシャルロットの後に続き館内に入った瞬間、アレクシス達は揃って足を止めた。
目の前に展示されているのは、見た事もないほど大きな布に描かれている地図。
自国だけではなく近隣諸国まで描かれている。
「……凄いな」
「これほどのものは、見たことがありませんね…」
アレクシスとセドリックの感嘆の声に、ルシアンやカイ、同行している騎士まで見入っている。
「皆さんもご存知の通りヴェイロン領は、西側最大の都市になります。近隣諸国との交易も盛んに行われており、王都よりも他国の品が多く流通しています。先ほど訪れた女学院は国立と名がつく通り、質の高い知識を求める令嬢が国中から集まる場所なのです。他国からの留学生も意欲的に受け入れておりますので、多様な価値観に触れられるのも大きな特徴の一つです。この地図は、女学院の生徒が集まり作り上げたものになります」
シャルロットの説明を聞きながら食い入るように見入っていたセドリックはあることに気づいた。
「シャルロット嬢。…もしかしてこれは刺繍ですか?」
「「「?!?!」」」
セドリックの言葉にアレクシス、ルシアン、カイ、護衛の騎士までも驚いた顔をする。
「はい。これは私達の学年が共同の卒業制作として作ったものになります。ちなみに発案者はエレナですよ」
そう言って、悪戯っ子のように笑うシャルロットにまたしても驚かされた一同だった。
◇ ◇ ◇
視察も無事に終わりヴェイロン邸に戻ると、シャルロットと別れた四人は今日のことをまとめるためにアレクシスの部屋に集まっていた。
楽しかった視察を終え、ふっと気が緩んだのだろう。四人だけになった途端、アレクシスの顔から社交的な笑みが失われ、本来の面持ちへと戻っていく。ソファに深く腰を下ろすと、アレクシスは静かに口を開いた。
「今日の視察は大変有意義なものだったな」
「あの刺繍でできた地図は圧巻でしたね」
「エレナが発案者だというのにも驚かされた」
「刺繍であれほど精巧なものが作れるのだな」
セドリックに続き、ルシアン、カイまでもが感心したように答える。
「あの一品だけでも、彼女たちの熱量と教育の高さが伺える。公爵家がこの領地をどれほど大切に育ててきたかがよく分かった」
静かに呟いたアレクシスの言葉に、三人も深く同意するように視線を交わす。
充実した一日の余韻に包まれながら、ヴェイロン邸の夜は静かに更けていくのだった。




