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第13話

五人の体が、ほぼ同時に淡く発光した。


赤堀の輪郭が光り、続けて本田、皆川、白鳥、そして紗夜――光は次々と連鎖するように広がっていく。事務所の薄暗さの中で、その光だけが妙に鮮やかだった。誰の顔にも共通していたのは、驚きよりも先に浮かぶ、言い知れない高揚感だった。まだ誰も、自分が何に覚醒したのかを正確には理解していない。ただ、全能感にも似た感覚と、「今なら何でもできる」という根拠のない確信だけが、その場を満たしていた。


その中で、細野の体だけが、何の反応も見せなかった。


「――あ?」


怪訝そうな声を漏らし、細野は自分の手のひらを睨みつけた。何度もそれを握っては開き、確かめるように見つめ直す。何も起きなかったことに、明らかに苛立っている様子だった。


「ちっ」


不機嫌そうにそう吐き捨てる。


「さらなる力を得られるわけじゃないのか」


――なるほど。だから、あの欠片を欲しがったのか。


細野の狙いに、今更ながら合点がいった。同時に、新たな疑問が頭をもたげる。


――一度覚醒すれば、その後に欠片を食べても、もう意味はないということか。


その考察を頭の隅に留めながら、俺は視線を巡らせた。狭い事務所の中、めいめいが自分の体や手のひらを見つめ、まだ半信半疑といった顔をしている。


その中で、ひときわ様子が違っていたのは紗夜だった。


頬がほんのりと赤らみ、視線は自分の両手に釘付けになっている。興奮を隠しきれない、というような表情だった。


「星野さん、どんな能力に覚醒したんだ?」


そっと尋ねると、紗夜ははっとしたように顔を上げた。慌てて自分のステータスウィンドウを開き、それを見て、再び目を見開く。言葉にならないのか、しばらく口をぱくつかせていたが、やがて画面をそのまま開示してみせた。


皆の視界にも、同じものが映ったのだろう。


___________________________________________________________________

名前:星野 紗夜

レベル:1


HP:25/25

MP:60/60

EXP:0/1,000

ATK:40

SpATK:20

DEF:40

SpDEF:20

STA:23

AGI:25

DEX:25


【スキル】 空間

___________________________________________________________________


俺は、思わず絶句した。並んだ数値の高さも、スキルの名前が放つ響きも、これまで見てきた自分や大宮のステータスとは、明らかに一線を画している。


「もしかして、本当に最強の力に覚醒したんじゃないか?」


ぽつりと零れた言葉に、誰も否定を挟まなかった。むしろ、その場の全員が、同じことを思っていたのだろう。


「空間って、本当に空間を操れるのか?」


赤堀が、恐る恐る尋ねる。半信半疑というより、期待と怖さが半々、といった声だった。


紗夜自身も戸惑っているようだった。だが、ゆっくりと手を持ち上げると、宙に触れる。まるでそこに見えない膜でもあるかのように、指先でそれを掴み、そのまま腕を振るった。


――ぐにゃり、と。


何もないはずの空間が、目に見えて歪んだ。


誰も、言葉を発せなかった。細野に至っては、「馬鹿な」と呟いたきり、その場に腰を抜かしていた。皆川は口元を手で覆い、風花は目を見開いたまま、瞬きすら忘れているようだった。


「どうやら、出来るみたいです」


紗夜だけが、静かにそう呟いた。本人も、まだ半分は信じきれていないような声だった。


その光景を見た誰もが、自分自身の能力を正確に知りたいと思ったのだろう。


「――俺も、契約してくれ」


真っ先に声を上げたのは赤堀だった。自分の手のひらを見つめながら、待ちきれないといった様子だった。


「私も、お願いします」


皆川が、控えめながらもはっきりとそう続く。


大宮も、少し遅れて小さく頷いた。まだ自分の中で何かを整理しきれていないような、複雑な表情だった。


「俺は別に、急がなくても……」


本田がそう言いかけたが、その視線は明らかに自分の手元に注がれていた。強がっているだけなのは、誰の目にも明らかだった。


「本田さんも、結局気になってるじゃないか」


赤堀が、思わずといった様子でそう突っ込む。それに、場の空気が僅かに緩んだ。


「――うるさい。俺もやる」


本田が、決まり悪そうにそう言い直す。


白鳥は、何も言わなかった。だが、その視線は俺の方をちらちらと窺いながら、明らかに何か言いたそうにしていた。指先を落ち着きなく擦り合わせている様子から、興味がないわけではないのは、誰の目にも明らかだった。


その様子に気づいたのは、圭吾だった。


「高柳さん。風花とも、契約してやってもらえますか?」

「え、あ……うん、いいけど」


俺がそう言うと、白鳥は驚いたように顔を上げ、それから小さく頷いた。


「分かった」


俺は頷き、全員分の契約を一斉に送った。皆の前に、それぞれ通知画面が浮かぶ。


「Yes」


一人、また一人と、その文字に触れていく。次の瞬間、各々のステータスが、初めて正確な輪郭を持って、それぞれの前に浮かび上がった。


「マジか。俺、身体って出てる」


真っ先に声を上げたのは赤堀だった。自分の腕を見下ろし、握ったり開いたりしながら、感触を確かめるように何度も呟いている。


「俺は、鍛冶、か」


本田が、抑揚のない声でそう漏らす。だが、その目には、これまでと違う光が宿っていた。手のひらを開いたり閉じたりしながら、何かを確かめるように見つめている。


「私は……木、みたいです」


皆川が、意外そうにそう言った。戦うための力ではないと分かって、どこかほっとしたような表情を浮かべている。強張っていた肩の力が、わずかに抜けたのが分かった。


「風、です」


白鳥が、自分の画面を覗き込みながら呟いた。それから、興味を抑えきれない様子で、手のひらを目の前にかざす。


――ごう、と。


小さな風の渦が、彼女の手のひらの上に生まれた。ミニチュアの竜巻のように、渦を巻きながらくるくると回っている。


「す、すごい!」


白鳥の声が弾んだ。頬を紅潮させ、食い入るようにその渦を見つめている。


「そういや、風花、陸上部だったよな」


大宮が、そう言って小さく笑った。まだどこか無理をしているような笑みだったが、それでも、久しぶりに見る表情だった。その隣で、手のひらの渦に夢中になっている白鳥を、少し羨ましそうな目で見つめている。


「何となく、しっくりくる気がするな」

「――うん。私も、そんな気がする」


白鳥も、小さく頷き返した。その視線は、まだ自分の手のひらから離れなかった。



________________________________________



それぞれの能力を確認し終えた後、皆の間に、束の間の落ち着きが訪れた。だが、それも長くは続かなかった。話題は自然と、この先どうするかへと移っていく。


「このスーパーを出るとして、どこへ向かう?」


赤堀の問いに、真っ先に答えたのは細野だった。


「大宮さんの学校が、避難所として機能してるんだろ。なら、そこを目指すのが一番現実的じゃないか」

「はい。俺たちが出た時点でも、周りから避難してきた人たちが、他にもたくさん集まってました」


大宮が、その言葉に頷きながら付け加える。


異論を挟む者はいなかった。少なくとも、行き先の候補として、今の俺たちが把握している中では一番現実的だった。


「でも」


皆川が、控えめに手を挙げるようにして口を開いた。


「大宮君の話だと、学校自体もう物資の心配をしてたんですよね。そこに、私たちみたいな人数がさらに押しかけたら……余計に、問題が大きくなりませんか」


心配そうに眉を寄せながら、そう尋ねる。


「それなら、インベントリを使えばいい」


俺はそう答えた。


「スーパーの品を、そのまま運べるはずだ。手ぶらで押しかけるんじゃなくて、物資ごと持ち込めば、向こうの負担にもならずに済む」


その一言に、皆の顔がわずかに明るくなった。


誰からともなく、それぞれ自分のステータスウィンドウを開き、インベントリのタブを確かめ始める。


「本当に、こんな機能まであるんですね」


皆川が、目の前の空っぽの枠を眺めながら呟いた。


「試しに、何か入れてみるか」


赤堀がそう言って、近くにあった空き箱を手に取ると、それをインベントリへと収めてみせる。箱は音もなく消え、枠の一つに小さな絵が浮かんだ。


「マジで入った」


その様子に、皆が思い思いに自分のインベントリを試し始める。事務所の中に、束の間、感嘆の声が重なった。


「それは、いけそうだな」


赤堀が頷く。表情には、さっきまでとは違う張りが戻っていた。


だが、その高揚も長くは続かなかった。赤堀は一つ、軽く手を叩いて場の空気を切り替える。


「よし、浮かれてる場合じゃないな。行くとなったら、ちゃんと段取りを決めとかないと」


その一言で、皆の顔つきが、自然と引き締まっていった。


「前と後ろ、どっちにも壁を作れる奴が要る」


赤堀がそう切り出すと、細野が続いた。


「前衛は、赤堀さんと星野さんだろうな。ATKの数字が、明らかに他と違う」

「なら、私も前に出た方がいいですか」


風花が、少し不安げに尋ねる。


「いや、白鳥さんはAGIが飛び抜けてる。前後どっちにも回れる遊撃だ。状況を見て、動いてもらう方がいい」


俺がそう答えると、風花は納得したように頷いた。


「本田さんは、中衛でいいだろう」


赤堀がそう続ける。


「俺は、後ろに回る」


細野が、そう言った。


「火は遠くからでも使える。後ろから援護する方が、性に合ってる」

「なら、後ろは、細野さんと皆川さん、大宮さんだな。無理はしなくていい」

「俺にも、戦わせてください」


大宮が、そう言い出した。


「前は、自分の力がどんなものかも知らないまま、無自覚に仲間に使っちまいました。でも、今なら分かります。使役なんですよね。だったら――もしかしたら、ゾンビ相手にも、使役して操れるんじゃないかって」


その一言に、皆の間に一瞬、期待めいた空気が流れた。もし本当にそんなことができるなら、確かに大きな戦力になる。


「確かに、それができるなら心強いな。試す価値はあるか」


赤堀が、そう漏らした。他の面々も、否定はしなかった。


「でも、本当に成功するかどうかは、まだ分からないですよね」


紗夜が、冷静にそう付け加える。


「試すにしても、まずは後衛からにしませんか。前に出て、失敗した時の方が危ないです」


その言葉に、誰も異を唱えなかった。


「分かりました。それで、やってみます」


大宮が、そう頷いた。声には、まだ不安が滲んでいたが、それでも一歩前に進もうとする響きがあった。


その様子を見ていた皆川が、ふと申し訳なさそうに俯いた。


「すみません。私だけ、戦えなくて」


俯いたまま、皆川はぽつぽつと続けた。


「ステータスだけ見たら、本当は私が皆さんの盾にならなきゃいけないはずなのに……どうしても、戦闘が怖くて。多分、足を引っ張ることになると思います」

「それは、気にしなくていい」


赤堀が、すぐさまそう返した。


「誰にだって、向き不向きはある。むしろ、この状況で戦闘に向いてる方がどうかしてるんだ。皆川さんが気にすることじゃない」

「その代わり――後ろから、皆の様子を見てて欲しい。誰かが助けを必要としたら、すぐに声を上げてくれ。後ろにいるからこそ、できることもあるはずだ」


その言葉に、皆川の表情が、少しだけ明るくなった。


「はい! それは、任せてください」


そうして、フォーメーションの話は、それで決まった。


本田が、ふと口を開いた。


「出るなら、早い方がいい」


抑揚のない声だったが、そこには確かな緊張が滲んでいた。


「時間が経つほど、状況がどう転ぶか分からない。インベントリが使えるってんなら、猶予はいらないだろ」


誰も、それに反対しなかった。


「なら、決まりだ。準備が済み次第、学校を目指す」


赤堀の一声で、皆がそれぞれの持ち場へと動き出す。まずは、できるだけ多くの物資を売り場から収納しておく必要がある。準備を進めるべく売り場へ向かうその足取りには、さっきまでの重苦しさとは違う、確かな緊張と、わずかな希望が入り混じっていた。

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