第12話
「――契約って、具体的にはどういう意味ですか」
大宮が、戸惑ったようにそう聞き返してきた。
「言葉で説明するより、見せた方が早いと思う」
そう言って、俺は自分のステータスウィンドウを開いた。空中に浮かぶ青い光の板に、大宮が目を見開く。
「これが、俺の能力だ。ステータスとか、色々な機能が見れる」
「な、何もないところに、急に……」
風花が、目を丸くして呟いた。何もない空間に、いきなり画面が浮かび上がったように見えたのだろう。
その隣で、紗夜も自分のウィンドウを開いて見せた。
「契約すると、こういう画面が使えるようになります。ただ、私は覚醒者じゃないので、スキルの欄はまだ何もありませんけどね」
紗夜がそう言って、自分のスキル欄を指し示す。そこには、確かに何も表示されていなかった。
だが、それを見ても、赤堀たちの誰一人として驚いた様子を見せなかった。
――そうか。俺が気を失っている間に、皆にはもう話が伝わっていたのか。
紗夜が既にこの機能を使えることも、当然のように受け入れられている。今更ながら、その事実に俺は気づかされた。
大宮は、しばらく黙って二つの画面を見比べていた。やがて、意を決したように顔を上げる。
「――俺、自分の能力が何なのか、知りたいです。契約すればそれが分かるなら……お願いします。契約してください」
「分かった」
契約のタブを開き、大宮の名前を選ぶ。彼の側にも、同じ通知が届いたのだろう。
「マジだ。ゲームみたいな画面、本当に出るんですね」
さっきまでの動揺が嘘のように、束の間だけ学生らしい素の反応を見せる。だがそれも一瞬のことだった。「Yes」を選ぶ仕草の後、大宮の前にも青い光が浮かんだ。
「――あ」
短い声が漏れた。
大宮は、食い入るように自分のステータスを見つめていた。数値が並ぶ中、スキルの欄に表示された何かに、その視線が縫い付けられている。
「……使役?」
呟く声が、震えていた。
見る見るうちに、その顔から血の気が引いていく。何かとてつもないものを見てしまった、という顔だった。
「悪いが、見せてもらえるか。見せたいって念じれば、それで通じるはずだ」
尋常でないその様子に、俺は思わずそう聞いていた。
「――あ、はい」
大宮が、放心したままそう念じたのだろう。次の瞬間、俺の視界にも、彼のステータスが浮かび上がった。
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名前:大宮 圭吾
レベル:1
HP:23/23
MP:26/26
EXP:30/1,000
ATK:22
SpATK:26
DEF:21
SpDEF:25
STA:23
AGI:24
DEX:22
【スキル】 使役
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スキルの欄に並んだその二文字を見て、俺も思わず息を呑んだ。
「――なんとなく、行ける気がした」。あの時、自分が口にした言葉が、頭の中で反響しているのだろう。誰も反対しなかった、あの瞬間。仲間たちが、あっさりと自分の提案に頷いた光景。
全てが、一つの答えに収束していく。
「――俺が」
大宮の声が、掠れた。
「俺が、皆を……使役、してたのか」
その一言に、真っ先に反応したのは風花だった。
「――え?」
短く声が漏れる。表情から、みるみる血の気が引いていくのが分かった。両手で自分の肩を抱くようにして、一歩、後ずさる。
「じゃあ、私が『ついていかなきゃ』って思ったのも……」
言葉の途中で、風花は口を噤んだ。答えを、自分で理解してしまったのだろう。安堵とも、恐怖ともつかない色が、その顔に浮かんでは消えていく。自分の意志ではなかった、という事実に救われたような、それでいて、抵抗する術もなく従わされていたことへの恐ろしさに、体が震えているようだった。
大宮は、そんな風花の反応を見て、さらに顔を歪めた。何か言おうと口を開きかけたが、結局、言葉にならなかった。
誰も、それ以上は何も言わなかった。
慰めの言葉をかける者は、一人もいなかった。今日初めて顔を合わせたばかりの他人に、そこまでの余裕を持てる者は、この場には誰もいない。ついさっきまで、目の前で四人が死ぬのを見たばかりだった。誰もが、自分のことだけで手一杯だった。
重い沈黙だけが、しばらくの間、その場に横たわっていた。
その沈黙を破ったのは、紗夜だった。
「――皆、悪いけど、ちょっと浸ってる暇はないかもしれません」
努めて平静を装うような声だった。だが、その硬さに、只事ではない何かを感じ取る。
「今、マップで確認したんですけど……外が、今までで一番ヤバい状況になってます」
その一言で、皆の視線が一斉に紗夜へと向いた。重苦しかった空気が、別の緊張へと塗り替えられていく。
「これを見てください」
紗夜が、画面をこちらに向けた。円形のマップに映る赤い点の数に、俺は思わず息を呑んだ。
「これ、さっきの比じゃないぞ」
声が、自分でも分かるくらい掠れていた。スーパーの周囲だけで、五十体近い数がびっしりと犇めいている。画面いっぱいに散らばる赤い点は、もはや数える気にもなれないほどだった。
「さっきは、十五体くらいだったはずだ」
赤堀が、画面を覗き込みながら呻くように呟いた。その顔から、さっきまでの気力が抜け落ちていくのが分かる。
「それが今は、少なくとも三倍だ」
「こいつは……さすがに、まずいな」
本田が、珍しく言葉に詰まりながらそう漏らした。さっきまで、ゾンビ一体を相手に冷静に立ち回っていたはずのその男が、今は明らかに動揺を隠しきれずにいた。実際に叩き伏せてきたからこそ、この数字の意味を肌で理解してしまったのだろう。
「なら、逃げるより、ここで待った方がいいんじゃないか?」
赤堀が、すぐさまそう提案した。だが声には、迷いが滲んでいた。自分でも、その提案に確信を持てていないのだろう。
「いや、それは駄目だ」
即座に反論したのは細野だった。苛立ちを隠さない口調だった。
「ゾンビが多くなるほど、周辺の音も大きくなる。それが、もっとゾンビを呼び寄せる」
「それに、また人間が来れば、さっきみたいに戦闘になる」
本田が続く。抑揚のない声だったが、その奥には確かな危機感が滲んでいた。
「そうなれば、また増える。この繰り返しだ。あれだけ集まったゾンビが、いつシャッターを破るか分からない状況で、ここに居座り続けるのは得策じゃない」
赤堀は、何かを言い返そうとしたようだったが、結局、唇を噛んで押し黙った。反論できるだけの材料が、自分にもないと分かっているのだろう。
「でも、逃げるにも、ゾンビだらけじゃどうしようもないですよね」
皆川が、震える声でそう漏らす。膝の上で握った両手が、白くなるほど強張っていた。
誰も、それに即答できなかった。八人分の視線が、宙を彷徨う。
俺は、自分の手のひらに視線を落とした。
さっきの戦闘で振るった、あの一撃の感触が、まだ微かに残っている気がした。あの速さ、あの力があれば――正面から戦うことはできなくても、走って、逃げに徹することくらいならできるかもしれない。
だが、それはあくまで、覚醒した「今の自分」だからこそだ。まだ何も持たなかった、未覚醒のままの自分だったら、間違いなく無理だっただろう。
そこでふと、先の戦闘で欠片を拾ったことを思い出す。
インベントリを開き、そこに収まっている欠片を見つめた。
「――何してるんだ?」
誰かの声が、耳の端をかすめた気がしたが、うまく頭に入ってこない。皆が、何かを考え込んでいる俺の様子を、訝しげに窺っているのが、視界の隅にぼんやりと映る。だが、それに構っている余裕はなかった。
――これがあれば。皆が、覚醒すれば。
いけるんじゃないか。
その考えが像を結んだ瞬間、俺は我に返り、インベントリからその欠片を取り出した。
「これがある」
手のひらの上、二つの欠片が鈍く光っている。皆の視線が、一斉にそちらへ集まった。
「これで全員覚醒すれば、突破口くらいは開けるかもしれない。――皆も、拾った分があるはずだ。出してくれ」
赤堀、本田、そして風花が、それぞれ懐から欠片を取り出す。テーブルの上に並べていくと、全部で六個になった。
「俺たち、全員で八人。そのうち覚醒してるのは、俺と細野さん、大宮さんの三人だけだ」
指折り数えながら、そう確認する。
「残りは、星野さん、赤堀さん、本田さん、皆川さん、白鳥さんの五人。欠片は六個。全員分、十分足りる」
「――なら、最後の一個は俺のだな」
細野が、そう言って手を挙げた。
「ゾンビを二体倒したのは俺だ。権利があるはずだろ」
俺も二体倒していたが、わざわざそれを口にする気にはなれなかった。面倒だ、というのが一番の理由だった。
「まあ、それでいいよ」
そう答えると、俺は手元の欠片を一つ、部屋の反対側にいる細野へと放り投げた。
「ほらよ」
「おう」
片手でそれを受け止め、細野がにやりと笑った。
もう一つの欠片を手にしたまま、俺は紗夜の方へ向き直った。
「――星野さん、ちょっといいか」
呼びかけると、紗夜が小さく首を傾げながら近づいてくる。
俺はその欠片を、彼女の前に差し出した。
「案外、早く約束を果たせたな」
紗夜は、その欠片と俺の顔を、交互に見つめた。
「これで、絶対的な力とやらを手に入れたら――正直、俺としては、かなり心強いんだけどな」
軽くからかうようにそう付け加えると、紗夜は一瞬、目を丸くした。それから、ふっと表情を緩める。
「――確かに、そうかもしれませんね」
微笑みながら、彼女はその欠片を両手で受け取った。
全員に欠片が行き渡ったのを確認し、俺たちは自然と、一つの輪を作るように向かい合っていた。
紗夜、赤堀、本田、皆川、風花、そして細野。六人が、それぞれの欠片を手に、互いの顔を見合わせる。誰の表情にも、笑みはなかった。ただ、真剣な目だけが、輪の中を巡っていく。
「それじゃ、行くぞ」
赤堀の一言が、合図になった。
六人が一斉に、それを口へと運んだ。




