表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/18

第12話

「――契約って、具体的にはどういう意味ですか」


大宮が、戸惑ったようにそう聞き返してきた。


「言葉で説明するより、見せた方が早いと思う」


そう言って、俺は自分のステータスウィンドウを開いた。空中に浮かぶ青い光の板に、大宮が目を見開く。


「これが、俺の能力だ。ステータスとか、色々な機能が見れる」

「な、何もないところに、急に……」


風花が、目を丸くして呟いた。何もない空間に、いきなり画面が浮かび上がったように見えたのだろう。


その隣で、紗夜も自分のウィンドウを開いて見せた。


「契約すると、こういう画面が使えるようになります。ただ、私は覚醒者じゃないので、スキルの欄はまだ何もありませんけどね」


紗夜がそう言って、自分のスキル欄を指し示す。そこには、確かに何も表示されていなかった。


だが、それを見ても、赤堀たちの誰一人として驚いた様子を見せなかった。


――そうか。俺が気を失っている間に、皆にはもう話が伝わっていたのか。


紗夜が既にこの機能を使えることも、当然のように受け入れられている。今更ながら、その事実に俺は気づかされた。


大宮は、しばらく黙って二つの画面を見比べていた。やがて、意を決したように顔を上げる。


「――俺、自分の能力が何なのか、知りたいです。契約すればそれが分かるなら……お願いします。契約してください」

「分かった」


契約のタブを開き、大宮の名前を選ぶ。彼の側にも、同じ通知が届いたのだろう。


「マジだ。ゲームみたいな画面、本当に出るんですね」


さっきまでの動揺が嘘のように、束の間だけ学生らしい素の反応を見せる。だがそれも一瞬のことだった。「Yes」を選ぶ仕草の後、大宮の前にも青い光が浮かんだ。


「――あ」


短い声が漏れた。


大宮は、食い入るように自分のステータスを見つめていた。数値が並ぶ中、スキルの欄に表示された何かに、その視線が縫い付けられている。


「……使役?」


呟く声が、震えていた。


見る見るうちに、その顔から血の気が引いていく。何かとてつもないものを見てしまった、という顔だった。


「悪いが、見せてもらえるか。見せたいって念じれば、それで通じるはずだ」


尋常でないその様子に、俺は思わずそう聞いていた。


「――あ、はい」


大宮が、放心したままそう念じたのだろう。次の瞬間、俺の視界にも、彼のステータスが浮かび上がった。


___________________________________________________________________

名前:大宮 圭吾

レベル:1


HP:23/23

MP:26/26

EXP:30/1,000

ATK:22

SpATK:26

DEF:21

SpDEF:25

STA:23

AGI:24

DEX:22


【スキル】 使役

___________________________________________________________________


スキルの欄に並んだその二文字を見て、俺も思わず息を呑んだ。


「――なんとなく、行ける気がした」。あの時、自分が口にした言葉が、頭の中で反響しているのだろう。誰も反対しなかった、あの瞬間。仲間たちが、あっさりと自分の提案に頷いた光景。


全てが、一つの答えに収束していく。


「――俺が」


大宮の声が、掠れた。


「俺が、皆を……使役、してたのか」


その一言に、真っ先に反応したのは風花だった。


「――え?」


短く声が漏れる。表情から、みるみる血の気が引いていくのが分かった。両手で自分の肩を抱くようにして、一歩、後ずさる。


「じゃあ、私が『ついていかなきゃ』って思ったのも……」


言葉の途中で、風花は口を噤んだ。答えを、自分で理解してしまったのだろう。安堵とも、恐怖ともつかない色が、その顔に浮かんでは消えていく。自分の意志ではなかった、という事実に救われたような、それでいて、抵抗する術もなく従わされていたことへの恐ろしさに、体が震えているようだった。


大宮は、そんな風花の反応を見て、さらに顔を歪めた。何か言おうと口を開きかけたが、結局、言葉にならなかった。


誰も、それ以上は何も言わなかった。


慰めの言葉をかける者は、一人もいなかった。今日初めて顔を合わせたばかりの他人に、そこまでの余裕を持てる者は、この場には誰もいない。ついさっきまで、目の前で四人が死ぬのを見たばかりだった。誰もが、自分のことだけで手一杯だった。


重い沈黙だけが、しばらくの間、その場に横たわっていた。


その沈黙を破ったのは、紗夜だった。


「――皆、悪いけど、ちょっと浸ってる暇はないかもしれません」


努めて平静を装うような声だった。だが、その硬さに、只事ではない何かを感じ取る。


「今、マップで確認したんですけど……外が、今までで一番ヤバい状況になってます」


その一言で、皆の視線が一斉に紗夜へと向いた。重苦しかった空気が、別の緊張へと塗り替えられていく。


「これを見てください」


紗夜が、画面をこちらに向けた。円形のマップに映る赤い点の数に、俺は思わず息を呑んだ。


「これ、さっきの比じゃないぞ」


声が、自分でも分かるくらい掠れていた。スーパーの周囲だけで、五十体近い数がびっしりと犇めいている。画面いっぱいに散らばる赤い点は、もはや数える気にもなれないほどだった。


「さっきは、十五体くらいだったはずだ」


赤堀が、画面を覗き込みながら呻くように呟いた。その顔から、さっきまでの気力が抜け落ちていくのが分かる。


「それが今は、少なくとも三倍だ」

「こいつは……さすがに、まずいな」


本田が、珍しく言葉に詰まりながらそう漏らした。さっきまで、ゾンビ一体を相手に冷静に立ち回っていたはずのその男が、今は明らかに動揺を隠しきれずにいた。実際に叩き伏せてきたからこそ、この数字の意味を肌で理解してしまったのだろう。


「なら、逃げるより、ここで待った方がいいんじゃないか?」


赤堀が、すぐさまそう提案した。だが声には、迷いが滲んでいた。自分でも、その提案に確信を持てていないのだろう。


「いや、それは駄目だ」


即座に反論したのは細野だった。苛立ちを隠さない口調だった。


「ゾンビが多くなるほど、周辺の音も大きくなる。それが、もっとゾンビを呼び寄せる」

「それに、また人間が来れば、さっきみたいに戦闘になる」


本田が続く。抑揚のない声だったが、その奥には確かな危機感が滲んでいた。


「そうなれば、また増える。この繰り返しだ。あれだけ集まったゾンビが、いつシャッターを破るか分からない状況で、ここに居座り続けるのは得策じゃない」


赤堀は、何かを言い返そうとしたようだったが、結局、唇を噛んで押し黙った。反論できるだけの材料が、自分にもないと分かっているのだろう。


「でも、逃げるにも、ゾンビだらけじゃどうしようもないですよね」


皆川が、震える声でそう漏らす。膝の上で握った両手が、白くなるほど強張っていた。


誰も、それに即答できなかった。八人分の視線が、宙を彷徨う。


俺は、自分の手のひらに視線を落とした。


さっきの戦闘で振るった、あの一撃の感触が、まだ微かに残っている気がした。あの速さ、あの力があれば――正面から戦うことはできなくても、走って、逃げに徹することくらいならできるかもしれない。


だが、それはあくまで、覚醒した「今の自分」だからこそだ。まだ何も持たなかった、未覚醒のままの自分だったら、間違いなく無理だっただろう。


そこでふと、先の戦闘で欠片を拾ったことを思い出す。


インベントリを開き、そこに収まっている欠片を見つめた。


「――何してるんだ?」


誰かの声が、耳の端をかすめた気がしたが、うまく頭に入ってこない。皆が、何かを考え込んでいる俺の様子を、訝しげに窺っているのが、視界の隅にぼんやりと映る。だが、それに構っている余裕はなかった。


――これがあれば。皆が、覚醒すれば。


いけるんじゃないか。


その考えが像を結んだ瞬間、俺は我に返り、インベントリからその欠片を取り出した。


「これがある」


手のひらの上、二つの欠片が鈍く光っている。皆の視線が、一斉にそちらへ集まった。


「これで全員覚醒すれば、突破口くらいは開けるかもしれない。――皆も、拾った分があるはずだ。出してくれ」


赤堀、本田、そして風花が、それぞれ懐から欠片を取り出す。テーブルの上に並べていくと、全部で六個になった。


「俺たち、全員で八人。そのうち覚醒してるのは、俺と細野さん、大宮さんの三人だけだ」


指折り数えながら、そう確認する。


「残りは、星野さん、赤堀さん、本田さん、皆川さん、白鳥さんの五人。欠片は六個。全員分、十分足りる」

「――なら、最後の一個は俺のだな」


細野が、そう言って手を挙げた。


「ゾンビを二体倒したのは俺だ。権利があるはずだろ」


俺も二体倒していたが、わざわざそれを口にする気にはなれなかった。面倒だ、というのが一番の理由だった。


「まあ、それでいいよ」


そう答えると、俺は手元の欠片を一つ、部屋の反対側にいる細野へと放り投げた。


「ほらよ」

「おう」


片手でそれを受け止め、細野がにやりと笑った。


もう一つの欠片を手にしたまま、俺は紗夜の方へ向き直った。


「――星野さん、ちょっといいか」


呼びかけると、紗夜が小さく首を傾げながら近づいてくる。


俺はその欠片を、彼女の前に差し出した。


「案外、早く約束を果たせたな」


紗夜は、その欠片と俺の顔を、交互に見つめた。


「これで、絶対的な力とやらを手に入れたら――正直、俺としては、かなり心強いんだけどな」


軽くからかうようにそう付け加えると、紗夜は一瞬、目を丸くした。それから、ふっと表情を緩める。


「――確かに、そうかもしれませんね」


微笑みながら、彼女はその欠片を両手で受け取った。


全員に欠片が行き渡ったのを確認し、俺たちは自然と、一つの輪を作るように向かい合っていた。


紗夜、赤堀、本田、皆川、風花、そして細野。六人が、それぞれの欠片を手に、互いの顔を見合わせる。誰の表情にも、笑みはなかった。ただ、真剣な目だけが、輪の中を巡っていく。


「それじゃ、行くぞ」


赤堀の一言が、合図になった。


六人が一斉に、それを口へと運んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ