第63話 「アイドルと筋肉痛」
月曜日。
放課後。
新潟中央女子学園・はむぶ部室。
部室のドアが開いている。
窓からは夕方の柔らかい光。
机の上には澄香が持ってきたお菓子。
だが。
「いたたたたた……」
寺尾華が変な歩き方をしていた。
「どうしたんですか?」
桜が聞く。
「筋肉痛」
「昨日のARDFですか」
「昨日のARDF」
華は椅子に座ろうとして失敗した。
「うわっ」
どすん。
「いたたたたた!」
「重症だ」
真宵が言う。
その真宵も。
「いたっ」
椅子から立ち上がるたびに顔をしかめていた。
「真宵先輩もじゃないですか」
「……筋肉痛」
「ですよね」
部室の隅では。
「お茶が入りました」
澄香が優雅に紅茶を注いでいる。
しかし。
立ち上がる時だけ。
「ふっ……」
微妙に気合いが入っていた。
「澄香先輩も?」
「少々」
「少々じゃないですよね」
「少々です」
認めなかった。
そこへ。
ガラッ。
部室の扉が開く。
「おーっす」
聞き覚えのない声。
桜が振り向く。
そして。
「えっ」
固まった。
そこにいたのは。
テレビやネット動画で見たことのある顔だった。
整った容姿。
明るい笑顔。
「久しぶりー!」
中条みなみだった。
ご当地アイドルグループ「ドッペル坂16」のメンバー。
「みなみちゃんだ!」
華が喜ぶ。
「久しぶり!」
「ライブ続きで全然来れなくてさー」
みなみは慣れた様子で部室へ入ってくる。
桜だけが固まっていた。
「えっ」
「えっ?」
みなみが気付く。
「誰?」
「新入部員の島見桜ちゃん」
真宵が紹介する。
「あー!」
みなみが手を叩く。
「噂の!」
「噂?」
桜が嫌な予感を覚える。
「島見杏果さんの妹!」
「やっぱりそこなんですね……」
桜がうなだれる。
みなみは笑った。
「ごめんごめん」
そして。
「でも会いたかったんだよね」
「え?」
「ARDFで活躍したって聞いたし」
「もう伝わってるんですか」
「華ちゃんがグループLINEで実況してた」
全員が華を見る。
「えへへ」
「えへへじゃない」
真宵が言う。
みなみは桜の前に座った。
「よろしくね」
「あ、はい」
桜は少し緊張していた。
目の前にアイドルがいる。
普通に考えて変な状況だった。
「本物だ……」
「なにが?」
みなみが笑う。
「テレビで見た人がいる……」
「私そんな有名じゃないよ」
「十分有名です」
「そうかなぁ」
みなみはお菓子をつまみながら言った。
「そういえばさ」
嫌な予感がした。
なぜなら。
アイドル部員が真面目な顔をすると大抵ろくでもないからである。
「実はちょっと相談があるんだよね」
「相談?」
華が首を傾げる。
「うん」
みなみは頷いた。
「結構大きいやつ」
「イベント?」
真宵が聞く。
「違う違う」
「ライブ?」
「もっと違う」
そこでみなみは少し間を置いた。
「まだ詳しく言えないんだけど」
さらに嫌な予感がした。
「たぶんみんなに協力してもらうことになると思う」
彩鼓が目を輝かせる。
「面白そう」
「まだ内容聞いてないですよね」
桜が言う。
「でも面白そう」
「絶対ろくでもない」
真宵が断言した。
みなみは笑った。
「まあ明日話すよ」
「今日じゃないんですか?」
「今日は疲れてるでしょ」
みなみは筋肉痛で顔をしかめる華を見る。
「いたたたた」
「説得力あるな」
真宵も立ち上がろうとして顔をしかめた。
「いたっ」
「みんなボロボロじゃん」
「桜だけ元気」
澄香が言う。
「若いので」
「一学年しか違いませんよ」
桜は答えた。
こうして。
みなみの『大きな相談』を残したまま、その日の部活は終わった。




