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第57話 「初交信、逃げ場なし」

 新潟中央女子学園・はむぶ部室。

「今日は免許証ある!?」

 寺尾華が、開口一番に聞いた。

「あります」

 島見桜は、カバンから従事者免許証を取り出した。

「おおー!」

 華が拍手する。

「本物だー!」

「偽物持ち歩く人いるの?」

 西蒲真宵がツッコむ。

 真宵は免許証を受け取り、軽く確認する。

「うん、問題なし」

 そのまま机に書類を広げる。

「じゃ、選解任届ね」

 桜は椅子に座り、ペンを持った。

 名前を書く。

 資格区分を書く。

 静かな時間。

 その横から。

「字、ちょっと似てる」

 白根彩鼓が、ぼそっと言った。

「まだ言う?」

 真宵が呆れる。

「いや、なんかね。雰囲気」

 桜は、少しだけ気まずそうに目を逸らした。

「はい、できました」

 真宵が書類を確認し、頷く。

「これでOK」

 その瞬間。

 彩鼓が、にやっと笑った。

「じゃあ、逃げられないね」

「え」

「正式に運用できる」

 桜の背筋が、少しだけ伸びる。

 華が勢いよく立ち上がる。

「ついに実戦!」

「お前がやるわけじゃない」

「えっ」

 澄香が静かに紅茶を置いた。

「本日はお菓子を少し増やしておきました」

「なんで本番前みたいな空気なの……」

 桜が小さく呟く。

「本番だから」

 彩鼓が即答した。

 そのまま無線機の前に座る。

「桜ちゃん」

「はい」

「座って」

 促されるまま、席につく。

 目の前には、無線機。

 昨日まで“見るだけ”だった機械。

 今日は違う。

 触れる。

 呼べる。

「緊張してる?」

 彩鼓が聞く。

「少し……」

「いいこと」

 即答だった。

「緊張しない人より、ちゃんとしてる」

 その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。

「周波数は合わせてあるから」

 真宵が横から補足する。

「まずはワッチしてみて」

 桜は頷き、ヘッドホンを耳に当てた。

 ザー……というノイズ。

 その向こうに、誰かの声。

『……こちら、JA――』

 無線の空気。

 独特の間。

 呼吸。

 桜の表情が、少しだけ変わる。

 彩鼓は、その横顔を見ていた。

(入った)

 さっきまでの“新入部員”じゃない。

 無線をやる人間の顔。

「どう?」

 真宵が聞く。

「……静かですね」

「平日の昼寄りだからね」

「でも、ちゃんと生きてる」

 ぽつりと出た言葉。

 一瞬。

 部室が静かになる。

 彩鼓の口元が、わずかに緩む。

「いい感覚してる」

 桜は、はっとしたように顔を上げる。

「え」

「今の」

 彩鼓が続ける。

「“使ってる人”の感想」

 華がよく分かってない顔で聞く。

「無線って生きてるの?」

「華は黙ってお菓子食べてて」

「はーい」

 真宵が、小さく笑う。

「じゃ」

 彩鼓が、軽く机を叩く。

「やってみよっか」

 マイクを、桜の前に置く。

 空気が、変わる。

「深呼吸して」

 桜は、小さく息を吸った。

「大丈夫」

 彩鼓が言う。

「失敗しても死なないから」

「フォロー雑……」

 真宵が呟く。

 でも、不思議と。

 少しだけ、安心した。

 桜はマイクを持つ。

 指先に、少し汗が滲む。

 けれど。

(逃げない)

 昨日、決めた。

 ゆっくりと、送信ボタンを押す。

 部室が、静まり返る。

 そして――

「CQ CQ、こちらは――」

 その声が響いた瞬間。

 白根彩鼓は、ふっと笑った。

(やっぱり、似てる)

 でも。

(ちゃんと、“桜ちゃんの声”だ)

 その瞬間。

 “島見杏果の妹”ではなく。

 島見桜というオペレーターが、

 はむぶに誕生した。

(つづく)

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