第55話「一度見逃して、あとで仕留める先輩」
新潟中央女子学園・はむぶ部室。
「桜ちゃん……貴女……」
白根彩鼓が、そう言いかけた――
そのとき。
「はいっ!」
寺尾華が、元気よく手を挙げた。
「コールサインって、あの英語のやつですよね!」
「去年取ったばっかりの人が言うセリフじゃない」
西蒲真宵が即座にツッコむ。
「でも言えるよ!アルファベット!」
「そこじゃない」
空気が、強引に横に流れる。
彩鼓は一瞬だけ黙り――
「まあ、いいや」
あっさりと引いた。
椅子に座り直す。
さっきまでの圧が、嘘のように消える。
(……あれ?)
島見桜は、少しだけ拍子抜けする。
「でさ、桜ちゃん」
彩鼓は軽い声に戻っていた。
「コンテスト、どれくらい出てたの?」
「えっと……年に数回くらいです」
「どのバンド?」
「2mと70cmが中心です」
「王道だね」
完全に、普通の雑談。
「コンテストって、CQいっぱい言うやつだよね!」
華が自信満々に言う。
「概ね合ってる」
「やったー!」
真宵が小さく息をつく。
「去年取ったのに理解が雑すぎる……」
部室の空気は、ゆるい。
紅茶の香りと、お菓子の甘さ。
どこにでもある放課後の風景。
ただ一人を除いて。
(逃がすわけないでしょ)
白根彩鼓は、紅茶を揺らしながら思う。
(もう一個、確証が欲しいだけ)
「そういえばさ」
ぽつりと、何気なく言う。
「移動運用って、どのへんでやってたの?」
軽い質問。
でも、選び方が鋭い。
「えっと……山とか、河川敷とかです」
「具体的には?」
一歩だけ踏み込む。
桜は、少しだけ迷った。
でも――
「長野の方で」
その一言で、
彩鼓の中のピースが、ほぼ揃う。
(やっぱり)
「長野のどのへん?」
さらに自然に続ける。
「……北信の方です」
真宵が少しだけ反応する。
「へえ、結構寒いとこだね」
「はい」
彩鼓は、何も言わない。
ただ、カップを置く。
(ほぼ確定)
「じゃあさ」
ぽん、と軽く手を叩く。
「運用のとき、どんなCQ出してた?」
何気ない質問。
でも――
逃げられない。
桜は、一瞬だけ考える。
(普通に答えればいい)
「CQ CQ こちらは……って、ゆっくりめに」
「ゆっくりめ?」
すぐに返る。
「間を少し長めに取って……」
その瞬間。
彩鼓の口元が、わずかに緩む。
(それだ)
知っている。
その“間”。
その“出し方”。
長野で、よく聞いた。
「それさ」
彩鼓が、静かに言う。
「誰に教わった?」
空気が、わずかに張る。
「……姉です」
その一言で、
決定打が入る。
彩鼓は、ゆっくりと立ち上がった。
「桜ちゃん」
さっきとは違う声。
一歩、近づく。
「長野で無線やってて」
さらに一歩。
「その出し方で」
ほんの少しだけ、間を置く。
「“島見”って名字でしょ?」
桜の呼吸が、止まる。
部室が静まり返る。
「え?」
華が声を出す。
「なに?なに?」
真宵は、無言で桜を見る。
(当たりだな)
彩鼓は、まっすぐ見ている。
「桜ちゃん」
静かに、言う。
「島見杏果さんの妹でしょ?」
空気が、完全に止まる。
“島見杏果”
その名前は、この部では知らない者はいない。
OGであり――
長野総合通信局に勤める人物。
桜は、言葉を失っていた。
否定するか。
認めるか。
彩鼓は、少しだけ口元を緩める。
「やっぱりね」
確信の一言。




