第54話「雑談だけで正体バレしかける新入部員」
新潟中央女子学園・はむぶ部室。
無線機は、そこにある。
電源も入っている。
アンテナも問題ない。
なのに――
「今日は使えません!」
寺尾華が元気よく宣言した。
「なんで!?」
「桜ちゃんが免許証忘れたから!」
「自信満々に言うことじゃない」
西蒲真宵が即座にツッコむ。
島見桜は、少しだけ肩をすくめた。
「すみません……」
「いいよいいよー!」
華は気にしていない。
「じゃあ今日は雑談回だね!」
「それいつもじゃない?」
「違うよ!今日はちゃんと無線の話する雑談!」
「それが通常運転」
部室の空気は、穏やかだった。
紅茶の香り。
月潟澄香が持ってきたお菓子。
窓から入る風。
一見すると、ただのゆるい部活。
ただ一人を除いて。
「じゃあさ」
白根彩鼓が、カップを揺らしながら言う。
「どんな運用してたか、聞かせてよ」
軽い口調。
けれど、逃げ場のない問い。
「えっと……」
桜は少しだけ姿勢を正した。
「VHF帯が多くて、ローカルでのラグチュー中心でした」
「ラグチューって何ー?」
華がすぐに食いつく。
「雑談交信のことです」
「雑談の中の雑談!」
「そう」
「ややこしい!」
「移動運用は?」
真宵が続ける。
「はい。山とか、河川敷とか」
「装備は?」
「ハンディ機と、簡単な外部アンテナで」
「へえ、ちゃんとしてるね」
「山ってどのくらい?」
彩鼓が、さりげなく入る。
「標高800メートルくらいです」
「風、強くない?」
「強いです。だから設営は低めにして……」
言いかけて、少しだけ言葉を止める。
「低めにして?」
やわらかい追撃。
「……固定を安定させてました」
「へえ」
彩鼓が頷く。
その“間”が、妙に長い。
(見てる)
桜は感じていた。
この人は、言葉の“選び方”を見ている。
「じゃあさ!」
華が割り込む。
「CQってなに?」
「またそこ?」
真宵がツッコむ。
「えっと……不特定多数に呼びかけるときの言葉です」
「へえー!」
「へえで終わるな」
「どんな感じで出してた?」
また、彩鼓。
「普通に……CQ CQって」
「普通って?」
すぐに返ってくる。
桜は、一瞬だけ考えた。
そして――
「少し間を長めに取って、ゆっくりめに出してました」
その瞬間。
彩鼓の指が、ほんのわずかに止まる。
「誰に教わったの?」
静かな一撃。
「……姉に」
部室の空気が、ほんの少しだけ変わる。
「お姉さんいるんだー!」
華が明るく言う。
「はい」
「無線やってるの?」
真宵。
「はい」
「へえー!」
華。
「どこで?」
「長野です」
その答えに、
彩鼓は、ほんのわずかに視線を落とした。
(確定に近い)
「じゃあさ」
カップを置く。
「コールサイン、言ってみる?」
「え」
桜が固まる。
「言うだけならいいでしょ」
軽い声。
「運用じゃないし」
逃げ場は、ない。
真宵が、ちらっと桜を見る。
(来たな)
華は相変わらず分かっていない。
「コールサインって長い?」
「そこじゃない」
桜は、息を整えた。
(大丈夫)
言うだけ。
それだけ。
口を開く。
「――」
最初の一音。
それが出た瞬間。
彩鼓の目が、はっきりと細くなった。
(やっぱり)
“声の出し方”
“間”
“リズム”
全部が一致する。
桜が言い終える前に、
彩鼓はゆっくりと立ち上がった。
「桜ちゃん」
その声は、さっきまでと少しだけ違った。
桜が顔を上げる。
彩鼓は、まっすぐに見ている。
「桜ちゃん……」
ほんの一拍。
「貴女……」
その先の言葉は――
まだ、言われていない。




