第6話 豪遊は漆黒のカードで
商業都市メルカ。
その名の通り、見渡す限り店、店、店。屋台の呼び込み、荷馬車の行き交う音、金貨の擦れる音。異世界のラスベガスと言っても過言ではない賑わいだった。
「すごい……人がすごい」
「ここは大陸有数の交易都市よ。あたしの経費で来る価値、十分にあるでしょ?」
「お前の経費じゃなくて、ラル王国の経費な」
「同じことじゃない」
同じではない。断じて同じではない。
宿を決める前に、腹が減ったという全会一致の意見で、俺たちは一番人が並んでいる店に飛び込んだ。理由は単純、「並んでいる店は美味い」という日本人の悲しい習性だ。
「いらっしゃいませ! 当店自慢のドラゴンステーキは……」
「10キロで」
店員が真顔で固まった。
「じゅ……10キロ、ですか?」
「はい。あと付け合わせのポテトも山盛りで」
「エレン、店員さんが壊れかけてる」
「気にしない気にしない。あ、お会計はこのカードで」
エレンが漆黒のカードをテーブルに置くと、店員の顔色が一瞬で変わった。
「こ、これは……ラル王家御用達の……! 少々お待ちください、支配人を呼んでまいります!」
店員が全速力で厨房に走っていく。数分後、10キロのステーキが本当に運ばれてきた。湯気を立てる肉の塊が、テーブルの上でちょっとした山脈を形成している。
「わたくしは、こちらの一番高いワインを。もちろんエレン様の経費で」
「毎回思うけど、その経費、結局あたしのお財布から出てるのよ!?」
「あら、公金と私金の区別がつかないのは、政治家によくある病ですよ」
「セレナ、その理屈だとお前もだからな」
セレナが優雅に微笑んだ。反論できないという顔をしている。
肉を頬張りながら、ふと思う。日本にいた頃、こんな量の肉を目の前にすることなんてなかった。あったとしても、経費で落とせる相手なんていなかった。
「うっまぁ……! 何このステーキ、外がカリッとして中がジューシーで……」
「でしょう!? これよこれ、あたしが水晶越しに見て、ずっと憧れてたやつ!」
エレンが目を輝かせながら肉にかぶりつく。角を隠す幻影魔法が興奮でチカチカと乱れているが、誰も気にしていない。
食後、三人でメルカ名物の温泉宿に流れ込んだ。魔法で沸かした湯が、大理石の浴槽からとめどなく溢れている。
「はぁ〜〜〜……極楽……」
湯船に浸かりながら、思わず声が漏れる。
「フェングラン、そっちの露天は男湯よね?」
「当たり前だろ、覗くなよ」
「覗いてないわよ、確認しただけ! ただ、あたしの部屋の露天からちょうど見える位置に……」
「エレン様、覗きは犯罪です」
セレナの声が壁越しに響いてくる。どうやら女湯側も似たような会話をしているらしい。
湯に浸かりながら、俺は空を見上げた。異世界の星は、日本で見るものより明らかに数が多い。
こんな生活、日本じゃ絶対できなかった。
月曜の朝、満員電車に揺られながら「今日も一日が始まる……」と魂を殺していた頃の自分に、教えてやりたい。
お前、五年後、異世界で魔王の経費でステーキ10キロ食ってるぞ、と。
きっと信じないだろうけど。
湯上がり、部屋に戻ると、廊下の向こうが妙に騒がしいことに気づいた。宿の従業員たちが何やら慌ただしく走り回っている。
「聞いたか、街の外で魔物の大群が暴れてるって話」
「ああ、なんでも一人の冒険者が単騎で突っ込んでいったとか……」
「正気か、そいつ」
聞こえてきた会話の断片に、俺は特に何も感じないまま、自分の部屋の扉を開けた。
明日も何もしない一日になるはずだった。




