第5話 国境突破はド派手な香り
「いいか二人とも、国境の検問所は慎重に行くぞ。俺は脱走勇者、エレンは手配中の魔王、セレナは神殿の横領犯だ。普通に行けば即、御用だ」
魔王領と隣国を繋ぐ巨大な城門を前に、俺は声を潜めて念を押した。
現在、俺たちは馬車(セレナの隠し金で購入した最高級サスペンション付き)の中にいる。
「フェングラン、心配しすぎよ。あたしのこの完璧な変装を見なさい!」
エレンが胸を張る。彼女は角を幻影で隠し、眼鏡をかけ、手には何故か「世界経済」と書かれた難しい本を持っている。……隠しきれない「夏休みに背伸びした中学生」感がすごい。
「わたくしは大丈夫ですよ。神殿の追っ手が来たら、適当に呪い……いえ、祝福をかけて黙らせますから」
セレナは優雅に紅茶をすすっている。その足元には、金貨が詰まった重そうな袋が転がっていた。
検問所が近づく。門番の魔族たちが一台ずつ馬車をチェックしている。
「次、止まれ! 身分証の提示を……」
その時だった。
後方から、地響きのような怒号と砂煙が迫ってきた。
「魔王様ーーーー!! ハンコを!! ハンコを押し忘れておりますぞぉぉぉーーー!!!」
「ゲッ、ベリアル!?」
エレンが窓から顔を出して叫ぶ。
見れば、渋い中年オヤジのベリアルが、鬼の形相で書類の束を掲げながら、時速80キロはあろうかという猛ダッシュでこちらに向かってくるではないか。
「ひぃっ! 出して! フェングラン、馬を!早く! あの書類にハンコを押したら、あたしは一生デスクワークの刑になるわ!」
「ベリアルさん、速すぎだろ! 強化魔法でも使ってるのか!?」
俺は御者台に飛び乗り、手綱を引いた。
「どけぇー! 緊急事態だー!」
「待て! 止まれ! 密入国か!?」
門番たちが槍を構える。万事休すか。
その時、馬車の窓からエレンが身を乗り出した。
「邪魔よベリアル! そして門番! あたしの自由を妨げる者は……『局地的地殻変動』!!」
「ちょ、プチじゃない! 規模がプチじゃない!!」
ドゴォォォォォン!!
城門の横の壁が、綺麗にV字型に崩落した。
検問所の建物は無事だが、道だけが物理的に開通する。
「道がなければ、作ればいいじゃない!」
「マリー・アントワネットみたいなこと言言うな!」
馬車は崩れた壁の隙間を猛スピードで駆け抜ける。
背後では、ベリアルが崩落したガレキに足を取られ、「魔王様ぁぁー! 来月の予算会議があぁぁー!」と絶叫しながら遠ざかっていく。
「ふぅ……。なんとか振り切ったな」
国境を越え、隣国の街道に入ったところで俺はハンドル(手綱)を緩めた。
「勝ちね! これで今日からあたしは、自由な旅人よ!」
エレンが眼鏡を投げ捨て、馬車の中でダンスを踊り始める。
「お疲れ様です、フェングラン様。はい、これ、汚れた顔を拭くタオルと……『お口直しの金貨』です」
「セレナ…チップの渡し方がマフィアのそれなんよ」
俺は渡された金貨を「収納箱」に放り込み、遠くに見える商業都市メルカの明かりを眺めた。
「さて、次の街に着いたら何を食べるか?」
「ステーキ! 10キロくらい食べたい!」
「わたくしは、その国で一番高いワインを。もちろんエレン様の経費で」
「だから、その経費、結局あたしの財布から出てるのよ!?」
バックレ勇者と、家出魔王と、腹黒聖女。
世界を救う気など微塵もない一行を乗せた馬車は、夕闇の街道を賑やかに駆けていった。
一方その頃、崩れた城門の瓦礫に足を取られたベリアルは、まだその場に一人取り残されていた。
「魔王様が、ハンコも持たずに国境を破っていった……」
瓦礫の中に座り込んだまま、懐から胃薬を取り出し、無言で口に放り込む。
遠ざかっていく馬車の音を聞きながら、彼はしばらく空を見上げていたらしい。
逃げることも選択肢の一つ




