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それからの日々の話をしよう(R15版)  作者: 鈴乃


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「……ッ、は…」


 良かった間に合った。

 俺は自分ちのソファに押し倒されながら思った。


 指を絡ませて唇を重ねあう。舌を触れ合わせてくすぶる熱が燃え広がるのを楽しむ。

 今キスで忙しいんだ。細かい話はあとだ。



 家のカギを開ける間、マシューはおとなしく俺の後ろで待っていた。そのままおりこうに手を洗ってうがいまで始めたから、俺は彼の生活様式に感心しつつ、手を出すタイミングを見失った。俺も同じことはした。安心しろ。


 マシューが迷子の子供みたいに俺の後ろをついてくるので、俺はソファをすすめて先に腰を下ろした。

 同じ高さでマシューの顔を見て理解した。


『よし』待ちのボーダーコリーだった。


 恋人を動物にたとえるのに賛否(さんぴ)あるのは分かってる、俺も同感だ。だが飛びかかりたいのをぎゅっと我慢(がまん)している姿はとんでもなく可愛かった。


「マシュー。…おいで」


 言ったとたんに押し倒された。そして今に至る。


 俺はソファにあおむけになったままマシューにリードを渡していた。ここまで待たせたぶん、気が済むまで彼の好きにさせてやりたかった。真実を言うと俺もここまで待ったぶん、念入りにマシューを愛でていた。


 体の上に乗る重さが心地いい。しかし軽いな。羽か?


 何度もついばみあった唇が重くなる。それぞれの口から長い息継(いきつ)ぎが()れた。

 俺はマシューの頬を撫でながら聞いた。


「マシュー。俺をどうしたい?」

「なんでっ、そんなこと聞くの……っ」


 マシューはきゅっと眉を寄せた。()れたように声を(しぼ)った。


「言わないなら俺が抱くぜ」


 俺は声をひそめてマシューの腰を抱き込んだ。(きざ)した互いのそれがぐりっと当たった。

 マシューはさっと赤くなった。横に目を伏せて押し黙った。


 ん、否定しないな? 意地でも俺を抱くって言い張ると思ったんだが。


「……きみとなら、いいよ。ボトムは初めてだけど、そうなってもいいように準備してきたから」


 俺は頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。だからぽろっと口から出た。


「俺が教えたかったのに!?」

「きみが言うんだ?」


 大きい目ってのは半眼(はんがん)でも可愛いんだな。



 俺はマシューと入れ替わりにシャワーに入った。

 出かける前にも浴びたからそう時間はかからない。

 野暮(やぼ)なことは聞くなよ。マシューも言ってただろう、どうなっても大丈夫なように準備は済ませてたって。

 俺は髪を拭きながら数分前のことを思い返した。


『……きみとなら、いいよ。ボトムは初めてだけど、そうなってもいいように準備してきたから』


 俺は瞬時に考えた。この天使を一晩じっくり抱くか、この天使が(おおかみ)の顔をするのを見るか。


 後者だ。


 正直出会ったときは抱く気しかなかったが、ここまで焦らして「やったぜよし俺が抱く」とは言えない。

 あと初めてのボトムなら1回が限度だ。それはちょっとな、俺が踏みとどまれそうにない。

 ただし今言った理由は全部後付(あとづ)けだ。


『準備はしてきたけど、今日はきみを抱きたい』

『いいぜ』


 気づけば俺はそう答えていた。

 多分だが車買ってくれって言われても(うなず)いてた。マシューが善人で命拾(いのちびろ)いしたな。


『早めに準備するから、シャワー浴びてきな』


 俺はマシューのこめかみに口づけてソファーから下りた。



 さて、行くか。

 俺はバスローブをひっかけて寝室へ向かった。

 リビングに出しておいた一枚が消えてたから、マシューは正しく着替えを選んだんだろう。

 いや、短い時間だ、何を着てたっていい。


 俺は寝室のドアを開けた。間接照明(かんせつしょうめい)の淡い明かりが足元を照らした。

 マシューはベッドに腰かけていた。ドアが開く音に反応してぱっと俺を見た。


 マシューがきゅっと唇を結んだ。飼い主を待ちかねた子犬みたいだった。

 俺はめちゃくちゃに庇護欲(ひごよく)をそそられた。心底可愛いと思った。


「寂しかったか?」


 俺はベッドに片膝(かたひざ)をついた。フレームが小さくきしんだ。


 マシューは一瞬ぐっと言葉に詰まった。それでも一度目を閉じて、浅く息を吐いてまた開いた。困ったように口元だけで笑った。


 シーツについた手にマシューの手が重なる。唇が触れる距離まで顔を近づけて、マシューは内緒話をするように声をひそめた。


「くやしいなあ。他の人にもそんな姿見せたの?」

「意地悪言うなよ」


 おっとそういう言葉攻めもするのか? いいな、めちゃくちゃ興奮する。

 アンバーの瞳は淡い明かりの中では()けるような飴色(あめいろ)に見えた。穏やかだが高い熱を閉じ込めた眼差しだった。その目が俺を(とら)えたままゆっくり瞬きする。


「もっと早く会えればよかった。そしたらきみをひとりじめできたのに」

「今からじゃイヤか?」

「……イヤじゃない」


 音もなく唇が触れた。

 瞳の熱さに反して、触れるだけの優しいキスだった。

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