↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それからの日々の話をしよう(R15版)  作者: 鈴乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/12

12


 さて、それから一夜が明けた。

 顔の上に日が差している感じがして、俺は少し重いまぶたを開けた。

 カーテンの隙間から細く朝日が差し込んでいる。


 俺は片手でスマホの画面を点けた。アラームが鳴る時刻にはまだ余裕がある。


「ン……」


 マシューが小さく身震いして俺を引き寄せた。

 寝る前に着るものは着たとはいえ、冬に向かう季節の朝は冷える。


 俺はマシューの肩に毛布をかけた。

 薄明るい部屋の中で、ブルネットにぼんやりした天使の輪が映っている。

 背景に見慣れた部屋の天井がなかったら、うっかり天国に来ちまったと思うだろう。


 俺は指先で輪の輪郭を撫でた。


 マシューが深呼吸のような息を洩らして薄目を開けた。見える景色を確かめるように浅くまばたきして、俺の頬ごと包むように頭を撫でる。


「おはよう」


 額同士が触れた。

 感触を確かめるように擦りあわせてから、マシューが腕を突っ張って上体を起こす。


「きみの分のパンも焼いてきていい?」

「あと10分待ってくれ。一緒に作ろう」


 俺たちは身支度を済ませてキッチンに降りた。

 冷蔵庫を開け、ベーコンと卵を作業台に出す。


「お湯沸かすね」

「ああ」


 俺は熱したフライパンにベーコンを並べた。片面を返し、片手で卵を割って上から落とす。

 ふといい匂いがして振り返ると、マシューがトースターからクロワッサンを出したところだった。


「お皿はこれでいい?」

「ああ。ありがとう」


 テーブルの上に朝食一式が並んだ。

 クロワッサンとベーコンがいい色に焼けている。


 俺はその横に温めなおしたローストベジタブルを添えた。

 昨日はそれどころじゃなかったが、一応夕食の仕込みは済ませていた。冷蔵庫で一晩待たせてもうまい、いい奴だ。


 俺はコーヒー、マシューは紅茶を入れて席に着く。


 妙にくすぐったいような、ひどく落ち着いているような、独特な気分だ。

 ときどき目が合ってふっと笑うマシューに、相変わらずたまらない気分になる。


 可愛いな。冗談みたいに可愛い。愛しいとも言うんだろう。


 もし俺が中世の貴族だったら、数時間後には画家を呼びつけて肖像画を書かせてただろう。

 現実にはとっくにそんな時代は過ぎていて、写真や動画を何百枚撮ったところでこの時間は永遠にならないし、俺にもマシューにも仕事がある。


「俺は午後から出勤なんだが、きみは?」

「夜勤だから一旦家に帰ろうかな」


 皿を片づけてめいめいに家を出る支度をした。

 玄関を出る前に軽く腕を引かれた。キスした。


「じゃあ、また来週」

「ああ。気をつけて帰れよ」


 俺とマシューはそれぞれに笑って家を出た。

 こういう日が日常になるといいな。先のことは分からないが、そういう未来は歓迎だ。


 職場に着いた。カギは空いていたがシェフの姿はなかった。ロッカールームを開けた。いた。


「おう」


 シェフは少し笑った。


「顔色が良くなったな」

「ええ、まあ」


 俺は笑った。


「ご迷惑おかけしました」


 シェフは肩をすくめた。オリバーのロッカーを指した。


「この二週間でオードブルは一通り教えた。客に出すにはあと少しだ。見ておいてやれ」

「はい」

「まあ、そうあわててわしの仕事をとるなよ。ドラマでもあせって復帰した刑事は苦労してる」

「ドラマ?」


 俺は思わずシェフの顔を見た。10年近い付き合いで初めて聞く単語だ。


「オリバーに勧められたんだ。今朝シーズン3まで見た」

「寝てください」


 シェフは片手を振って厨房へ出ていった。

 俺はあっけにとられてその背中を見送った。

 着替えを済ませたころにロッカールームのドアが開いた。


「おはようございます」

「おはよう」


 オリバーは自分のロッカーに荷物を置いて、俺に近づいてきた。

 なんだ、ドラマの話か?


 オリバーは珍しく言いづらそうに頬をかいた。


「この前の写真、消していいっすか」

「いいが、どうした?」

「彼女にすげえ怒られました」


 俺は吹きだした。


「奇遇だな。俺もだ」




End.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。