ep.09 三星の妻
* * *
【同日 午後2時30分 松戸市 三星一樹】
ちょっとだけぼーっとしてしまった。
これだけの時間、といっても数分だが、何も考えないなんて、ここ最近はなかった気がする。
常にいろんな事が頭をめぐり、一つ顔を出しては答えを探し、他の気づきがあれば、延々と考え続ける。
寝ても覚めても、考え続けるだけ。
何の取り柄もなく、資格も普通免許だけだ。
あ、期限は切れてるが国内B級ライセンスは持ってたな。
走行会にすら行かなかった。
はは、そうだな。
この惑星において、日本の道交法とか法律なんて意味をなさなくなる。
また、頭の中の枝が増えていく。
今はやめよう。この次のテーマとしてストックだ。
《三星》
長く考えていたと思ったが、そんなでもなかったようだ。
サッチーから声がかかる。
テキストメッセージだが。
《あなた方が出現した時に、それまで観測したことのなかった力場を記録しました》
「それはどういう意味だ?」
サッチーが重大なことを言ってる気がする。
力場、観測。俺たちが出現した時。
それまで。
それまでなかった出来事を観測した。
ならば、原因は追究できるのか?
いや、原因はわからなくてもいい。
その力場だか、入れ歯を再現できれば――入れ歯は再現してもしょうがないか。
戻るなり、他へ行くなりできる、のか?
「記録したということは、その力場がどんな影響を及ぼしたかはわかる、ということでいいのか?」
《観測はしました。ただ未知の力場です。あなた方が認識している四つの力では説明できません》
《加えるなら、観測も記録もしましたが、それを再現できるかどうかは解析しなければなりません》
可能性はある、のか?
うーん、どっちだ?
二択だな。
解析はできても再現できない。あるいは再現に必要な要素が足りない系のダメパターン。
解析できて力場の再現までできるOKパターン。
実現にどれほどの困難があるかわからんが。
いつでも答えは二択だ。
《私が行えるのは、この惑星及び星系に関する、ごく簡易的な解析に限られます》
《記録はターミナルへ送信し、必要があればその先の研究機関が解析します》
「可能性はあるかもしれないし、ないかも知れない。だが、全くだめじゃないかも知れない。ゼロじゃない程度かな」
《その答えを私はもちません》
「よし。この話題はターミナルだか研究機関だかの答え待ちにしよう。今は明日の暮らしだ」
《わかりました。秘匿情報についても、あなた方に提供しても影響はないとの回答を既に得ています》
「はは、知ったところで、そちらの母星へいけないだろうし、技術を再現できないだろうからな」
《技術面だけではなく、倫理や思考過程においても、あなた方は異質であり、興味深い対象です》
興味をもっていただき光栄だね。
向こうが興味を失って、見捨てられる前に聞けることだけは聞いておこう。
「あとは、そうだな、この惑星の自転、公転周期について知りたい」
《自転周期は23時間40分ほどです。また、公転周期はおよそ8920時間です》
《あなた方の24時間を一日とするなら371日と16時間、この惑星の自転周期を一日とするなら、およそ377日です》
数学の問題だな。よし任せろ!
ギブ!
うん、もういいや、便利なサチえもんを使おう。
「ということは、よくわからんが、どういうことだ? 一日は短いのに一年は長いのか?」
丸投げだ。
《一旦、あなた方の基準を捨てた方が、わかりやすくなると思います》
「捨てられないからわからんのだよ。一日は24時間だし、一年は365日、4年に一度例外はあるが366日ぐらいしかない」
《一日の長さと一年の長さは別の現象です。この惑星は地球より一日が20分短く、一年そのものは地球時間で約6日と10時間長くなります。その短い一日で一年を数えるため、一年は約377日になります》
ということはどういうことだ?
影響としては……まず年を取るのが遅くなる!
いや、誕生日が来るのが遅いだけか。加齢がついてまわるのは仕方ない。はあ。
日数というと、次は、農業か?
他にも影響はあるが、食は必須だ。
地球のように自転軸が斜めで、場所によっては四季があるのなら。
一年が長いなら、多毛作や二期作がはかどる?
一週間長いだけではあまり変わらんか?
考えるのが俺の仕事といいながら、答えが出せない。全く役に立たん。
いいんだ。考えるのは俺の仕事。
そこで誰にどう割り振って、その時できる最良の結果を出す。
そのために、必要があれば専門家に任せる。金がかかったっていい。
つまらん仕事で終わらせるぐらいなら、赤字じゃなきゃいいんだ。
全部俺ができるわけじゃない。だが鐘は鳴らせるし、号令は出せる。
説得できるかは別問題だ!
母ちゃんには頼めないしなあ。
サッチー使えないかな。
* * *
【同日 午前11時 松戸市 三星の自宅前 三星の妻】
「あら、佐藤さんの奥さんまで、こんにちは」
同じ町内、同じ班の奥様たちがほとんど勢ぞろいしちゃった。
少しだけ緊張する。
「三星さんの奥さんが居るの? 珍しいわね、ご主人が何か気づいたのかな?」
「あ、こんにちは。そうなんです。うちの人が言うにはもう動いた方がいいって」
珍しいって言うのかな、うちを含めてサラリーマン家庭は一軒もない。
どこのご主人も、何かしら手に職をもっている。
その分、偏屈だったり頑固だったりするらしいけど、家の旦那が一番変わってる。
「うちの旦那は停電でも現場行かなきゃって行って今日も出てったのよ」
「私の家もそうね。おかげで停電なのにお弁当作らなきゃいけなくって一仕事だったわ」
職人さんは勝手に休めないんでしょうね。
停電じゃなくても、現場には電気がないなんてざらだろうし。
「で、三星さんのご主人はなんて?」
とにかく編集って仕事の関係で、夜に仕事することが多く生活のリズムが他の家庭と合わない。
だから私も必然的に、日中はごろごろしちゃうことが多くて、班内の奥さんたちの輪に入りづらくなり、その関係がもう二十年近く続いてきた。
「えーっとですね」
こういう時、最初はなるべく大きな問題を投げちゃいけないんだよね。
「停電についてなんですけど、復旧はすぐじゃないだろうって言うんですよ」
あ、奥さんたちの顔が一瞬曇った。
「困るわねえ」
「そうね、どれくらいで復旧するのかしら」
私も気持ちを整理する。
ほんの少しだけ、奥さんたちに話をしていてもらおう。
ふう。落ち着け、私。
「この辺で停電なんて、震災の時以来じゃないですか」
「うんうん」
「あ、うちはたまに電子レンジとドライヤーで飛ばしてるけど」
「やだ、あはは」
ひえ、うちでそんなことになったらあの人が泣いちゃう。
普通の民家なのに60A契約までしてる。
毎月の電気代がすごい。
停電してもパソコンを落とさないために、非常電源装置?だかも設置してる。
あれだって高かった。
絶対回収できない。ほとんどあの人の趣味だもん。
「で、復旧するならいいけど、しない前提で話を進めた方がこの後対処がしやすいんじゃないか、って言うんですよ」
「そうねえ。確かに復旧を待ってモヤモヤしてるよりは、気持ちに余裕ができそうねえ」
「うんうん、特に三星さんのご主人だもんね」
これってどっちの意味なんだろ。
奥さんたちと話す機会がないから、こんな時いい意味なのか逆なのか、わからない。
「震災の時も、新型ウイルスの時も助かったもんね」
あ、よかった良い方っぽい。
「そうね、薬局からカートを借りて色んなものを買ってきた時は驚いたわあ」
あれ? 違うのかな?
「備えだけでも、って言ってうちも分けてもらえたもんね」
「あれを見たおかげで、うちの人にも先を見て動きなさいよって言えたもんね」
「うんうん」
わからないけど、良い方ととっておこう。
「でも、停電が復旧しないってなると、どうしたらいいのかしら」
ここよね。大事なのは。
「まずは慌てないことって。おそらく情報がないからいろんな人たちが騒ぎ出すだろうって」
それどころじゃないんだろうな。
あの人があそこまで考えてるし、衛星?のこともあるし。
「噂話ね? 怖いわよね」
「うんうん」
多分、怖いだけじゃ済まないんだろう。
「それで、早めに人がどれくらい居るかとか、備蓄とかのことを町内会で確認した方がいいって、できれば今日のうちに動いた方が」
「今日? 明日ぐらいまで待ってもいいんじゃない?」
「でも奥さん。三星さんの旦那さんよお?」
そうね。あの人が言うんだからほとんど間違いないんだろう。
「ダメでも、備蓄の確認ができただけってことで訓練みたいに思えばいいだろうって」
「そうよねえ、私たちがするわけじゃないんでしょうし」
「高齢のえらい人たちの仕事だもんねー」
「たまには活躍したいでしょうからねえ」
夜の巡回だってしてるし、側溝の見回りだってしてくれてる。
「何かにつけて会議だー、打ち合わせだーって言って、呑んでるみたいだしね」
「私たちには班長さんの時、菓子折り一つだけでねー」
色々みんな考えてるのね。
年間で数千円。安くも高くもない町内会費で、ゴミステーションと街灯の整備。
お財布的には、おつきあい代と思えば気にはならないけど。
払いたくない人は高いと思うんだろうな。
「あ、うちが班長かあ。ね、三星さんの奥さん。一緒に行って説明してくれない?」
「そうですね、おそらく主人が行った方が早いんでしょうけど、あの人、感情だけで話す人が嫌いだから」
それだけが心配。
慣例とかしきたりとか、今までは、とか言う人を軽蔑する。
それで人の命が守れるのかって怒鳴るかも知れない。
だけどあの人を孤立させちゃいけない。
私には考えも及ばないけど、頭の中でいろんな材料をならべて可能性を追求してる。
私には、あの人の頭の中で何をどう並べているのかも、どうしてそういう結論になるのかもわからない。
でも、あの人が言うってことは、1%であっても、現実にあり得ることなんだ。
非常時にしか役に立たないけど。
ご飯も作らないし、掃除も片付けもしない。
大きな子どもだけど。
あ、もうすぐお昼ご飯用意しないと。
「あはは、でもうちの頑固おやじにくらべれば、頭もいいし、町内会長さんだってわかってくれるでしょう」
「だといいんですけどね」
人付き合いが全くできないわけじゃない。
仕事でいろんな人と打ち合わせしたり、必要なら喧嘩腰になっても意見は言える人だもん。
でも、利己的な人とか、感情最優先の人は絶対無理だろう。
あの人は自分の親にだって、もう何年も連絡してない。
どうしてあの人の親は、あそこまで自分勝手なんだろう、と思わないこともないけど、あの親だから反面教師にしてるのかもしれない。
あ、でも私のお父さんとは息が合うのか、下戸同士でよく居酒屋には行くわね。
お酒も呑まずに、「あそこのイカ刺しはうまかった」なんて。
私だってたまには行きたいのにな。
お父さん、大丈夫かな。




