ep.10 一日の終わり
* * *
【同日 午後4時 木更津 東京湾湾岸橋 中学生 女性】
お昼から、海に人が集まってる。
結局、学校も休みだった。
それはちょっと嬉しかった。
でも、先生からは「外出せずに自宅にいなさい」って言われた。
スマホも動画も見られないのに、家にいてもつまらない。
ママは忙しいのか、それとも新しい彼氏と連絡がつかないのがムカつくのか、私に八つ当たりする。
知らないよ。
あんな男の事なんて。
する事ないし、友達も遊んでくれないし。
みんな受験勉強とかなんとか言ってるけど、まだ四月だよ? 勉強そんなにしなきゃだめ?
そんなわけない。
わかってる。私とは遊ぶなって言われてることぐらい。
話す子はいる。
でも学校のカーストでは私は上位じゃない。
下位でもないけど、目立たないグループの一人。
だから、少ないお金を使って、都内に出た時は、いっぱい盛った写真をとる。
SNSにアップするため。
ちょっとサービスした画像をアップすれば、評価があがる。
私かわいいかも、って思っちゃう。
学校で目立たなくてもいい。
SNSではみんなが注目してくれる。
私の居場所は、あそこにはない。
家にだってない。
家にいたくなかったから、アウトレットまできた。
でも、お店は開いてなかった。
開いてたとしても買うお金がないから見るだけなんだけど。
同じようにアウトレットに集まる人が何人もいた。
その人たちが話してたのが聞こえたんだ。
「湾岸橋が大変だ」
大変って何が大変なんだろうって思ったけど、事故じゃないみたい。
気になったから自転車で近くまで行った。
橋が途中でなくなってた。
「なんだよあれ?」
「こっちが聞きたいよ」
湾岸橋は封鎖されていて、入れないみたいだけど、入ったら危ない。
落ちちゃう。
「おい、お前スマホのズームで見てみろ」
「え? どこを?」
何か知らないけど、一部の人がスマホで海の向こうを見てる。
写真撮ってるのかな?
私も見てみる。
あれ?
何もない?
「かすんではいるけど、まだ四月だ。あっち側が見えないなんてあまりないよな?」
「わかんねえ、けど多分昨日は見えてたと思う」
「俺、仕事で往復したから見たんだよ。昼ぐらいでも普通に見えてたぞ?」
確かにかすんでる。
空も今日はずっと曇りだ。
暑いわけじゃない。むしろ寒いかもしれない。
「どうなってんだ?」
ほんと、どうなってるんだろう。
でも橋が切れたら、直せばいいんじゃないかな。
私は使わないし。
東京さえあればいいや。
あ、スマホが使えないのは困る。
少し暗くなってきたな。
もう帰ろう。
ちょっと怖い。
* * *
【同日 午後4時30分 印西 自宅前 男性】
「おーい、準備できたぞー」
「はーい」
少し手間取ったけど、ご飯ももう少しで炊きあがる。あとは蒸らせばいい。
バーベキューコンロもうまく火がまわった。
「お父さん、お肉はないの?」
「少しだけあるわよ、冷凍だけど」
妻が買い置きの肉を自然解凍させてた。
「お肉だけじゃなくて、野菜食べるんだぞ」
「ピーマンと椎茸はいらなーい」
「好き嫌いは、おれに似たのかなあ」
「私も子どもの頃、食べられなかったわよ?」
教育熱心だし、子ども中心で一日を回す。
あまり弱みを見せない妻。珍しいな。
普段とは違う状況で、楽しんでくれてるのかな?
「パパもママも食べられなかったなら、僕だって食べられるわけないじゃん」
「そっかあ? 関係ないと思うぞ? 子どもは大体嫌いだろ」
「嫌いでも食べないと、栄養がかたよっちゃうわよ」
会社に行かないと決め、昼過ぎからバーベキューの準備を始めた。
普段、家の前でバーベキューなんてしたら、クレームどころか裏の年配のご主人がどなり込んでくるだろう。
だから、キャンプが趣味のおれは、肩身が狭い。
妻も子どもたちも、イベントは好きだが屋外で食事は嫌な顔をする。
虫がいやだとか、片づけが大変とか。
素人の域を出ないが、おれはアウトドアが好きだ。
車だって本当は、四駆や荷物がたくさん積める方がよかった。
だが、ウチの車は電気自動車。
ガソリンもいらない上に補助金まで出てた。
補助金ついでに、家の中の給電にもお金を使った。
「経済的」の一言で一刀両断され、おれには発言権もなかった。
まあ、良かった点としては、非常電源になってる点だな。
おかげで、冷蔵庫が今も動いてる。
何も放送してないけど、テレビだってつく。
妻の先見の明に感謝だな。
でも、バーベキューだって捨てたもんじゃないだろう。
電気もガスも使わないで済む。
「パパー、ご飯まだあ?」
おっといけない。蒸らしももういいだろう。
「そろそろいいかなあー」
蓋をあけると蒸気にまじって甘い匂いが漂う。
うーん、たまらん。最高だ。
「変なニオイー」
変かな? そうかな?
炊き立てのご飯の匂いなんて嗅ぐことないか?
「そうね、普段の炊飯器より甘い感じがするわね」
妻も言う。
直火で炊くのと電気で炊くのでは違うのかな?
味を気に入ってもらえればいいが。
「いただきまーす」
「うん、食べよう」
ちょっとドキドキする。
「ご飯、あまーい」
「あら、美味しい」
よかったあ。
「パパ、ご飯はこれだけ?」
「いや、まだ炊くから食べられるぞ? だってパパの分ないし」
二人にわけて、少しだけ残したが、多分食べられちゃうんだろうな。
「やったぜ!」
大丈夫、まだ米はある。
おれの分も残してね。
今日一日の労働の対価なんだから。
* * *
【同日 午後5時30分 幕張 ネットニュース 気象予報士 男性】
社内が静かだ。
電気は限られた場所にしか点いていない。
パソコンも使えない。
通信も使えない。
使えるのは屋上に設置された風向・風速計と、観測室の自記気圧計ぐらい。
気温センサーは全滅してた。
「滝口さん。まだやっていきます?」
若手といっても三十を過ぎたんだよな。
まあ、私から見れば子どもみたいなもんだ。
「やれることはほとんどないんだけど、会社にある資料で参考になるものがあればね」
「そんなに違います?」
若いな。違う。明らかに違う。
例年と比べても気圧がおかしい。
台風でもないのにこの値は低すぎる。
天候は曇りだが、気圧が示す結果とはだいぶ違う。
実際なくはない。気圧だけが天候の原因とは言えないから。
だが、風も雨も伴ってない。
しかも朝からほとんど動いていない。
未明に一瞬記録が急降下した後、そのままを維持してる。
故障かと思って見てみたが、そのようには見えない。
予備の機器も調べたが、皆一様にこの異変を記録していた。
誰かに伝えなきゃいけない。
ただごとじゃないって。
停電、通信切断、気圧の異常。
これが意味するのは何か。
私にはわからない。
でも誰かに伝えなきゃいけない。
私はキャスターをやってはいても、研究畑。
変化に気づき、知らせるのが、私の役割だった。
だが今は、その伝える手段がない。
連絡さえできれば、どうにかなるかも知れない。
連絡さえできれば。
* * *
【同日 午後6時 松戸 公民館 三星】
「さっきから言ってますよね? 明日じゃ遅いんですよ」
できるだけ声を荒げないようにする。
本当はもう話したくない。
だが、妻も隣の家の奥さんも心配そうに俺を見てる。
「三星さん、心配しすぎじゃないのかい?」
しすぎじゃない。足りないぐらいだ。
俺が今考えていることをすべてぶちまけたら、あんたらが理解できる範疇を超える。
だから、最低限、それも本当にギリギリの線しか話してない。
なのに、なぜ、わからん!
「言いたいことはわかるわよ。あなたの言う通り、停電が続いたら大変なんだろうなってのはわかるわ」
くそ、ばあさん。わかってないからそんな顔していられるんだろ。
「うん、他の地域がどう動いているかわからんけど、ここだけそんな特別なことしてたら、町内の皆さんだって迷惑かもしれないだろう」
くそ、くそ、くそ!
迷惑なのは、あんたらだろ? やりたくないだけなんだろ?
「もう一度だけ言います。停電は回復しない前提で動いた方がいい」
「だから、なんでそうなるの?」
何で? 逆に聞きたい。何で回復すると思えるんだ?
もう、何時間停電してると思ってるんだ?
「町会長、聞きましょうよ」
「ああ、うむ」
聞きましょうよ、じゃねえ!
もう話した。何度目だ?
これが最後の一回にしよう。後はもう知らん。
「町内会に電力会社の人はいますか?」
「わからんが、たしか二丁目の若い人が去年から勤めたような話は聞いたな」
「その方は帰ってきましたか?」
「わかるわけなかろう」
そりゃそうだ。聞きに行くのもおかしい。ちょっと話をずらしすぎたか。
だが、それだってヒントになるはずだ。
「そうですよね。だけど、その人はきっと今日も明日も帰宅しない」
「なぜ言い切れるんです?」
「電力が回復しないからです」
「それがわからんのだよ」
ちきしょうもうダメだ。
妻の顔を見る。
くそ、あと一つだけおまけしてやる。
「広域停電の原因は、落雷、電柱破損による電線の切断、その他供給不足などがあります」
「そうなんかい」
……。
「この地域だけ見た場合、一か所が断線したとしても、迂回して送電するようになってます」
「へえ、知らなかったわあ」
「確かに、本当に一部のご家庭だけが復旧に時間かかったことがあったね。あんとき周りの家はわりと早く直ってた」
「電気が、送られている限りは、どこかしらを経由して、大本から順次復旧するんです」
「ほお」
「ですが、それが回復していない」
「ちょっと時間がかかっているだけなんじゃないの?」
「防災無線聞きましたか?」
「聞いたよ?それが何?」
「節水って言ってましたよね?」
「うん、水を使うのは控えろってことだろう?」
「違います」
「違うのお? だってお水でしょ?」
「違います。ポンプです」
「ポンプ?」
「水こなくなるの?」
「それは困るわあ、お洗濯できなくなっちゃう」
本当に席を立ちたい。
だが、あとちょっとだけ。
「水はしばらくは来ますよ。多分。保証はないですけど」
「ならいいじゃない」
「下水があふれます」
「下水? なんで?」
「下水もポンプを使うからです」
「ふーん」
爪が手のひらにめり込む。痛えな。
「下水があふれれば、生活できません。病気も広がります。移動もままなりません」
「ああ、たしかに何年か前、水があふれた時は、その後消毒する車が全部の家庭を見て回ってたね」
「病気は弱い人からやられます。乳幼児、高齢者」
「ええ?」
「それはまずいな」
自分たちが困るとなると理解するのかい。
自分たちが困らなきゃ、他人なんかどうでもいいのか。
だから嫌いなんだよ。
* * *
【同日 午後8時 習志野 子ども】
部屋から外を見ても空は真っ暗だ。
電気もついてない。
バッテリーがもったいないから早く寝なさいって言われたけど。
こんなに早く寝られるわけないじゃん。
基地はずっと動いてる。
あそこだけ別世界みたいだ。
妹がいるから怖いなんて言えないけど、僕だって本当はすごく怖い。
でも、大丈夫だよって言わないと、妹が怖がっちゃう。
今だって僕の手をつないだままだ。
だから、あまり身動きはできない。
本当はママと一緒に寝たかったけど、二人で寝なさいって言われちゃった。
パパとママはまだリビングで話してるみたいだ。
少しだけライトが漏れてる。
寝れないし、ちょっとだけお腹すいてきた。
あ、トイレ行きたくなったらどうしよう。
妹起きちゃうかな。
困った。
起きたら停電、直ってるよね。
きっと。
第一章「一日」 了




