ep.08 三星という男
* * *
【同日 午後2時 松戸市 三星一樹】
《お待たせしました》
昼飯うまかったな。
妻の料理はレパートリーこそ豊富とは言えないが、いつも工夫してくれてる。
面倒くさい俺なのに、文句も言わずいつも……
《三星? お待たせしました》
スマホから目を離してたらアラートが鳴った。
サッチーは俺よりスマホを使いこなしてるな。
「ああ、すまない飯食べてた」
《カロリー、エネルギーの補給ですね》
ああ、そうなのか?
カロリーはもうあんまり摂りたくないんだが、エネルギーの補給は心の充電という意味でも間違いじゃない。
「ああ、人間のほとんどは、一日三回の補給が必要だ」
《一日というとそちらの時間単位で24時間ですね。8時間に一度ですか?》
「君にはわからんと思うが、人間は一日のうち8時間は休息にあてる。のこりの16時間で行動する。だから大体5時間に一度ぐらいが補給だな」
《非効率ですね》
おっしゃる通り。だが、そういう習慣だからな。
体がそれに慣れてしまっている。
《本題です。暫定ではありますが支配的存在から情報の提供の許可が出ました》
「おお? 割と早かったな? 近いのかな?」
《いいえ、近いとは思いません》
「そうか、距離とか時間とか面積とかいろんな単位が違うから共有できないよな」
どうやって説明するか考えていたら、
《そちらの単位は把握しています。距離で言うなら東京ドームで……》
おい、最新の衛星はボケまでかますのか? 突っ込まんでどうする、俺!
「距離の単位は東京ドームじゃねえ! ちゃんとスカイツリー何個分とか、富士山何個分で言わなきゃならん」
《単位はスカイツリー、もしくは東京タワー、あとはエベレストを基準とすること。記憶しました》
「悪くない。いいボケの重ね方だ。よし、俺と一緒にチャンピオン目指そう」
《はい、三星。予選から頑張ります》
「参った。サッチーのが上だ。関西で作られたのか? 随分と学習してるな」
《関西ではないと思います。端末内の会話例、またあなたが端末にダウンロードした動画の「お笑い」タグから学習しました。お気に召しませんか?》
そっちのが好きだが、すごい学習能力だな。
《距離ですが、天文単位と光年単位とどちらが理解できますか?》
俺の嗜好のお笑いタグを見るな。
ついでに他のチョメチョメも見ないでください。
「あ、ああ。どっちも実感はないが光年の方が良いかな。太陽と地球の間の距離と言われても光で8分というのを知ってるだけで、それがなんだ?って感じだからな」
《承知しました。一番近い母星まで、光年単位ですとおよそ3億光年です》
そうか、3億光年か。割と近いんだなあ。
光で3億年かあ。え?
「その距離を朝から今までの間で交信してたのか? 光の速さで3億年だよな?」
《はい。通信は光ではありませんので》
「じゃあどうやって?」
《すべて説明しましょうか? 理解できますか?》
「多分無理だと思うけど、原理ぐらいは知りたい、雰囲気だけでもいいから教えてみるがいい」
《少しお待ちください……真空のエネルギー……折りたたまれた次元、三星は理解できますか》
真空のエネルギーは何となくわかる。折りたたまれた次元もひも理論とかだったような。
概要のさわりの、その要約版の小学生にもわかる説明の短縮版ぐらいは理解している。
「理解はできない。だが知ってはいる」
《簡単に言うと高次元空間を近道します。ただし、情報の逆走が起こらない最短の経路です》
情報の逆走っていうと、後から送った通信が先に届くとか、送る前の時間に届くとか、そういうことか?
いわば過去へのメッセージが成立しないってことかな?
「へえーそれは便利だな。特許とかないなら俺がとって実用化すれば一財産だな」
《特許はありませんが、あなたがたの持つ情報では実用化までかなりの時間を要すると思います》
そうか。もう働かなくて良いと思ったら、そんなうまい話はないか。
《通信方法は重要ではないのでは?》
「そうだな、で、距離とかもうどうでもいいや。提供する代わりに何か代償が必要?」
《はい、その端末の情報は順次送信しています。ですがそれは静的情報です。今後追加で提供される静的情報に加え、あなたを観察対象として、動的情報を収集することを許可してください》
やだ。モルモットじゃないですか。
でもまあいいや。別に見られたり知られたりしても宇宙人だろうし、サッチーなら割といいやつっぽいからな。
「いいよ。ただ、俺だけにしてくれ。妻や我が家の猫たちは観測しないで。対象外にしてくれ」
《その方々を直接観測することはありません。あなたを通じて共有してくださることを望みます》
お、大盤振る舞い! なのかな?
いかんいかん。情報過多でちょっと脱線しすぎた。
「で、俺たちを含めて、どれくらいの範囲が突然あらわれたかわかった?」
《はい、千葉県……で良いですか? 行政単位と認識していますが》
「千葉県? え? 房総半島すべてってこと?」
《房総半島……そうですね。河川を境にチーバ君全域が突然現れたものと判断しました》
チ、チーバ君を知ってるのか!
よし、もうサッチーは名誉千葉県民と認定しよう。俺の中だけだが。
「河川というと、利根川と江戸川か?」
《……そうです。地図情報から名称を拾いました。その通りです》
ほほう、チーバ君は独立心が強かったんだな。
えらいぞチーバ君。
違う!チーバ君じゃねえ。
「サッチー、この惑星、あ、星だよな? 平面説とかじゃないよな?」
《あなたがたが現在いるのは恒星を中心とした惑星系のハビタブルゾーンにある惑星です。惑星は球体です》
ビバ!ハビタブル!
水は水として存在できる可能性があるってことだな。勝ち筋は見えたのか?
だが、大気とか水とか、大陸とか海とか。
諸々の環境はどうなんだ?
聞いてわかるのか俺?
どう聞けばいいんだ?
《あなたの質問意図から判断すると、生命体であるあなた方が、この惑星上で生存できるか否か、ということでしょうか?》
かしこいな。サッチーは。
よし、今後誰かに会ってサッチーを紹介するときは、「サッチーは俺が育てたんですよ、えへへ」ということにしよう。
「はい、おっしゃる通りです。というか思考も読めるのですか? じゃあもしかして俺がサッチーにどんなイメージを持ってるとかもおわかりになられてたりしますか?」
《そんなセクシャルなことはわかりません》
十分わかってらっしゃいますよね?
すみません。もう何も妄想しません。
「いろいろと誤解があるようだが、今はそれは本題じゃない。話をそらすのはよくないぞ。サッチー」
《失礼しました。これまでのあなたの会話からあなたには逃避傾向があると判断し、また未確定情報に対する不安――でよいでしょうか――を整理する際、あなたは話題をそらすと予測しました》
いろいろとバレてるな。さすが最新鋭の衛星だ。最新鋭なのか? 数億年前製造で。
もう包み隠さず話すことにしよう。俺の抱えているものも。
「話が飛ぶかも知れないが、聞いてくれるか?」
《あなたは観察対象です。拝聴します》
「俺は、俺たちは偶然この惑星に来たのか? 帰れるのか?」
さあ、なんと答える?
《あなた方の持つ概念のうち、偶然、必然、運命のいずれにも当てはまらないと想定します》
じゃあなんだってんだ。
他に考えられることなんかないぞ?
いやだぞ、神だの異世界転移だのってのは。
《その惑星系は、ボイドの中にあります》
ボイド? 宇宙空間にあいた何もない領域だな?
それがどうしたんだ?
《その星系が、なぜその領域に存在しているのかが不明です》
空間のはざまみたいなもんだよな。物質が極端に少ない。つまり恒星となる材料がない場所にある惑星系だよな。
でも、たまたまこの惑星系をつくる材料だけ揃ってて、使い切ったとも考えられるんじゃないのか?
《そうではありません。定期的な全天観測により、突然現れたように記録されました》
また、思考が読まれた。もう何でも読んでくれ。
だが、俺のPCのパスワード付きフォルダだけはだめだ!
俺が死んだら、息子に頼んでハードディスクにはドリル、SSDは万力で握りつぶせと伝えてある。
《どこからか移動、もしくは転移してきたという仮説が成り立ちます》
「でも、移動してきた速度が、あり得ないとかなんだろ?」
《その通りです。どんなに強い重力や、既知の力の影響を受けたとしても、観測と観測の間に現在の位置まで来ることは難しいと思います。私たちの知らない移動方法や速度が存在すれば別ですが》
サッチーたちでもわからない技術が介在すれば可能だが、物理法則かなんかの制約で通常はありえないと。
《数億年前に発見されたこの星系を観測し、報告するために存在するのが、私です》
「数億年前から君らは存在しているの? いや、その時点で観測してるんだからもっと前か」
数字の話はしないと誓ったのに。墓穴を掘ったな。
《今、私たちの成り立ちの解説は不要かと。私も物質ですので母星の指示に従い、近場の中継衛星で製作され、そこからこの惑星系に到着するまで数千万年かかったと推定できます》
「ということは、サッチーは最初に話した通り、気づいたらここにいて、観測して報告してずっとそれを続けてるということか?」
《その通りです》
まじかよ、サッチー。
寂しくないのかよ。
サッチー。
《ほかに現在提供できる情報として、この惑星の大気の組成は、窒素約78%、酸素約21%、その他となります》
《また、水そのものは、あなたがたの情報にあるものと同一です。ただし、何が含まれていて、それがあなたがたにどんな影響を及ぼすのか、あなたがたに関する情報が不足しているため回答できません》
よし、完全勝利に近い! と、言っていいのか?
とりあえず空気と水さえあれば、あとは食料だけだ。いや、エネルギーもか。
「よしよし、確認だけしよう。二酸化炭素は? また可能なら大気のその他の成分も知りたい」
酸素が多すぎても酸素中毒になるし、火災だっておきる。だが数字はよさそうだ。うろ覚えだが。
だが、二酸化炭素はもっとまずいはずだ。こっちもうろ覚えだが、多すぎるのはまずかったような気がする。
「それだけじゃわからんか。我々は酸素を取り込み、二酸化炭素として吐き出す」
「酸素は多すぎても少なすぎても問題だ。また二酸化炭素や、その他われわれには毒となり得る物質もある」
《何があなたがたにとって毒性となり得るのか不明ですので、主な成分のみ抽出します》
《アルゴン1%未満、二酸化炭素0.04%、その他ネオン、ヘリウム、メタン、クリプトン、水素などです》
《追加の情報として、大気圧はあなたがたの情報と比較した場合およそ9割、正確には0.92気圧となります》
追加情報まで助かるわあ。
大気は多分地球と同じだろう。往年のギタリストに似たのはよくわからんが、後は大量じゃなければ生活には影響がないはずだ。
気圧もいい。ちょっとした高い山ぐらいか。
南米とか標高三千メートルに町があるくらいだ。日本にだって標高千メートルぐらいなら普通に町もある。問題なかろう。
幼児、高齢者、呼吸器に問題がある人には慣れるまで目を配る必要はありそうだが、大騒ぎするほどじゃない。
だが、ここまでお膳立てされた環境なんてあり得るか?
気圧だけでは、千葉全体がこの惑星のどの高さにあるかわからないな。だが、体感する重力も、大気組成も地球によく似ている。
惑星の大きさまで地球と同じと考えるのは早計か。
コアとか、惑星内部まではわからん。
地球だって全部わかってるわけじゃない。
可能性はなんだ?
神とか以外で頼む。
《他に気になることはありますか?》
「気になることしかない。だが、一番は我々が元いた環境と似すぎてる。それが偶然とは思えない」
《仰りたいことは理解できます》
「可能性だけを追求すればゼロじゃないのはわかる。だが、おかしい」
《どんな答えならあなたは満足しますか?》
「我々がここに来たということ。何かの力が働いたのか? いや、誰かの意志が働いているのか?」
《それを知ってあなたはどうされるのですか?》
俺がどうするか?
どうもしない、のか?
いや違う。
「元の場所へ戻れる可能性があるか知りたい」
どうしたサッチー? 故障か?
答えないぞ。
《先に、偶然でも必然でもないとお伝えしました》
「そうだな。ではそれ以外はなんだ? 俺にはまったくわからん」
《力が働かない限り――この場合の力とは物質に直接影響を及ぼす力場のことです――物質は移動できません》
「だが、お前たちは真空のエネルギーとか次元を折りたたんで光速を超えられるんだろ?」
《それは通信方式の問題です。物質は光速に近づくほど加速に必要なエネルギーが増大し、光速に達するには無限大のエネルギーを要します》
「その辺はなんとなくわかる。じゃあ一体なんだってんだ?」
《それを知るために私はここにいるのです》
そりゃそうだわ。
サッチーが一人で何年だかわからんが、ここにいるのは、この現象が普通じゃないからだ。
そして支配的存在もその現象を知らない。
だから、観測し続けてる。
答えはないのか。
帰れないのか。
もう息子家族とも、会えないのか。
会えないのか。




