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ep.07 気づき


  * * *

【同日 午後0時 松戸市役所 放送設備室 橘】


「こちらは、松戸市役所です」

 間延びした声だ。


「市内停電のため、当面の間、節水にご協力ください」


 わずかこれだけの文章なのに、時間がかかる。

 防災無線だから仕方ないが、伝えられる情報に限りがあるな。


「こちらは、松戸市役所です」

 二度目がはじまる。あと一行を読み上げれば昼の分は終了だ。


「市内停電のため、当面の間、節水にご協力ください」


 朝、最初の防災無線では、火災や救急、エレベーターの閉じ込めについて知らせた。

 

 二回目となる昼の防災無線。


 今回は関係各所に通達も出さず放送した。調整は後回しだ。

 水の使用を控えるのも大事だが、それ以上に下水を抑えたい。

 

 水の買いだめも起こるだろう。


 だが、水が出続けている限りは、それも一時のもんだ。

 安心して、じゃぶじゃぶ使われてしまう方が恐ろしい。


「橘さん、聞いてないよ? 節水って何?」

 水道課の課長だ。普段はおっとりさんだが、文句を言う時だけは早いな。


「市長から許可はとりました。書類もあります」

 あの方の書いてくれた書類が黄門様の印籠の如くになる。


「いくら市長が言ったからって、先に話通してもらわないと」

「申し訳ない。お声がけするべきでしたが、緊急を要するため先走りました。この通りお詫びします」

 頭を下げて丸く収まるならいくらだって下げる。


「いや、あなたに対してどうこうはないんだよ。頭あげてよ」

 この水道課の課長だって根は悪い人じゃない。


「申し訳ないついでで恐縮ですが、水道課の皆さんにお願いがありまして」

「お願い? 橘さんに改まって言われると何言われるか怖いな」

 怖いですめばいいんだが。


「今歩きながら少しお話させていただいても?」

「ああ、構わんけど、で何?」


 作戦は練ってきた。今はとにかく協力を依頼するだけだ。

 ダメなら次善策もある。大丈夫。


「停電、復旧しなかったらどうなると思います?」

「いや、非常電源が止まるまでは動くよ。そんなにすぐには止まらんし」


「非常電源も止まったら?」

「止まるの? そんなに停電ひどいの?」

 それがわかるなら苦労はないんだが。

 

「わかりません。ただ、電力会社も連絡つかないですし、後……」

「あと? やだな、怖いな」

 もう関係者には伝えなきゃいけないよな。橋のこと。

 

「橋がなくなってるんですよ」

「橋がない? 崩落とか事故?」

「違います。橋の途中から、その先がないんです」

「うそだろ?」


 そうなるよな。

 私も江戸川沿いに住む職員から聞くまではそんなこと考えなかった。


「どうなってるの?」

「わかりません。ですが、金町も三郷も建物が見えないそうです」

「どういうこと? え? 一体何が起こってるの?」


「わかりません。わかるのは都内にも埼玉にも行けないということ。もしかしたら他も同じように接続されていないのかも知れません」

「ちょ、ちょっと待ってよ。冗談じゃないんだよね?」


 水道課の前に着いた。

 

「課長、この後は課員の皆さんにもお話したいので、よろしいですか?」

「良いも悪いもないよ! とりあえず皆にも話そう。俺だけじゃ何も判断できない」


 私だってそうだ。でも判断を待っていたら遅い。

 遅くなればその分だけ、危機が早まるんだ。


「皆さんおはようございます」

「橘室長、節水って何?」

 水道課の課長にした説明を再び行う。


「はえー、にわかには信じがたいが、あんたはふざけたことを言う人じゃないもんな」


 水道課は比較的年齢が高い人が多い。

 知識はあるが、若干初動が遅いことがある。

 だから「今やる室」にもクレームが入ってくる。

 いや、今考えることじゃないな。


「で、それと節水に何の関係があるの?」

「はい、お答えする前に取水と排水のポンプはあとどれくらいもつか教えてもらえますか?」


 ここが大事だ。私の想定通りなら今動けば間に合う。

 

「うーん、なんとも言えないね。非常電源の燃料なんてチェックしたのは年末だからなあ」

「大体でも構いません、わかりませんかね?」

 それだって織り込み済みだ。

 頼む。良い答えをください。


「ちゃんとしたことは見に行かないとわからないけど、市で管理しているところは、数日はもつと思うよ?」

 数日がどれくらいか知りたいんだが。

 

「最大で言えば一週間はもつ。だが、燃料の問題だけじゃないからなあ」

「他にも?」

「メンテナンスもしなきゃならん、故障や消耗品も必要だ。だから一概にいつまでとは言えんなあ」

 そうか。燃料だけじゃないのか。

 

「仮にこれから皆さんに確認に行ってもらって答えがでるのは?」

「これから行くのお?」


 課員から不満の声が出る。


「すみません、皆さんだけが頼りなんです」

「いや、こんな時だけ頼りにされてもなあ」


「いつも頼りにしてるじゃないですか」

「はは、遅いから早く動けってクレームでしょ?」

 おそらくクレームどころの騒ぎじゃなくなる。


「正直に話します。私は停電はすぐとか、明日とかには復旧しないと見ています」

「そんなにひどいの?」


「いえ、絶対とは言えませんし、今のところそれを証明する情報はありません」

「なら、まだ大丈夫じゃない?」


「仮定の話で恐縮ですが、もし一週間停電が続いたら、どうなりますか?」

「断言はできないが、水は止まるかも知れないね」

「節水のお願いだけじゃなく、大幅に制限しなきゃな。車で水も配らないと」


「飲み水もそうですが、洗浄で必要なものもあるでしょう。では、下水は?」


「……」

 気付いてもらえた。


「そうです、低い地域から下水があふれますね」

「そうだな。そしてそれを洗い流すための水もないな」


「今、考えるべきは上水だけじゃなく、下水をどうするか。下水処理をできるだけ止めないことです」

「いや、そっちは全く考えてなかった」

 わかってる。でももう気づいたんだ。頼みます。助けてください。


「上水の使用量は、節水の呼びかけで多少は減らせます。動かし続けられるなら当面は持たせられるでしょう」

「いや、動かし続けるのも約束はできん。だが、可能な限り何とかしよう」

「それは私も承知しています。全部というわけには行きませんが、人命を守るところを優先しつつ、可能な限り上下水道に燃料を用意します」

「水道だって命を守ってるだろ」

 失言だった。私の良くないところだ。

 

「すみません、私の言い方が悪かったです。救急や病人など今すぐ処置が必要な方々を除いて、水道は最優先事項です」

「謝らんでいいよ。言わんとすることはわかるから」

「助かります」

 よかった。ここから挽回しなければ。

 

「ポンプだけじゃない、見て回る必要のあるところを可能な限りみてくるよ」

「本当に助かります」


「おい、運転できるやつと修理もできるやつ。二人組で手分けしてまわってきてくれ」

「リストはどこだ? コピー使えんからリストごとにわけよう」


 数少ない課員をやりくりしてもらうしかない。

 本当は人もここに置きたいが、まだ他にも配置する必要がある。


「すみません、お願いします。今日中になんとかなりますか?」

「あー残業だなあ。でもわかるよ。橘さんが考えてることは」

 なんだ? 顔に出てたかな?


「本当に助かります。どうか市民の皆さんのためにお力を貸してください」

「わかったよ。水しか俺達にはわからんが、できるだけのことはする。あんたはあんたのやれることをやってくれ」

 よかった。一つ肩の荷がおりた。

 この後、まだまだ色々声をかけなきゃならない。

 

 水道課の人たちの大半が部屋を出ていった。

 私も次のところへ向かおうとした、その時だった。

 

「橘さん。さっきは言わなかったが大事なことが抜けてるよ」

「大事な事?」


「うん、ウチが管理してる下水は本当にわずかだ」

「というと?」


「金ヶ崎には市の処理場があるが、どれくらい処理できるかわかる?」

「いえ、常盤丘周辺だというのはわかりますが」

 課長が会議テーブルに施設の資料を広げた。


「金ヶ崎はね、一日8600立方メートル。一般的な市民の使用量だと大体二万人分ぐらいかな」

「二万人? じゃあ残りの市民の分は?」


「あとはウチじゃない。県の管轄だね」

「県ですか」

「うん、江戸川で二か所、あとは手賀沼だね」

 ということは、そっちが止まったら溢れる?


「そこまでのポンプや下水管はどこが管理してるんですか?」

 

「接続点から先は県だ。市川や柏、鎌ヶ谷なんかの下水も扱う流域下水道だからな」

「東葛地域の大半ですね」

 何十万、いや何百万人いるんだ?

 そこだけでも数百万人分の下水を処理してるだろう?

 

「ポンプも下水管も県。だが、ウチがまったく手を出せないわけじゃない。応援に出向くことだってある」

「なら、そっちを動かし続ければ下水はなんとかなりますか?」

 冷たい汗が背中を流れる。いやな感じだ。

 

「動き続けるなら、当面はな。だが、それをウチが動かし続けられるわけじゃない」


「県の処理場なんだ。人がどれだけいるか、燃料がどれほどあるか、ウチには知りようもない」

「では、下水は?」


「処理場が動き続ける限りとしか言えんなあ」

「それはいつまで?」


「すぐじゃないとは思う。だがあっちだって人にも資材にも限りはあるだろう」

「燃料と資材があればなんとかなりますか?」

「それを継続して集めて運べるのか? 無理だろ? 橋が切れてるっていったのはあんただ」


 そうだ。燃料は京葉工場地帯だけで賄いきれるもんじゃない。

 資材だって、近隣から運び入れて来るものもある。

 すべて県で製造しているわけじゃない。


「あんたが下水の心配をするのはよくわかる。俺だって汚水が溢れたら、それを洗い流すためにどれほどの水がいるか知ってる」


「だが、松戸は単独でできることと、よそに頼らなきゃいけないこと、これがはっきりしてるんだ」

「そう、ですね」


「むしろ単独でできることの方が少ないだろう」

 実際そうだ。ベッドタウンであり、独自の産業や特色もほとんどない。

 工場地帯もあるが専門的なものばかりだ。

 市単独で賄えるのなんてわずかなものだろう。


「50万人もいるんだぜ?」

 水だけじゃない。食料も、燃料も、医薬品も、市内だけでは賄いきれない。


「この後市長のトコいくんだろ? 俺が言っていいことかわからんけどさ……」

 何を言うんだ?

 

「高台全部とは言わん。加圧しなきゃ水が届かない地域だ。燃料次第だが、そっちを絞る選択肢もある」

 言ってる意味はわかる。

 だがどれほどの市民の生活が破綻すると言うんだ。

 

「おいおい、そんなに怖い顔するなよ、あくまでもアイデアだよ。止まるのがダメなら絞るしかない。普通の発想だ」

 わかってる。でも。


「それだって、付け焼き刃にすぎないと思うぞ? 上水も下水もあんたが考えるより早く、使えなくなる」


 頭を殴られたみたいだ。

 どこかで私がこの市を守るなんて傲慢な気持ちがあったんだ。

 

「おいおい、大丈夫か? 顔が真っ青だぞ?」


「いいえ、はい。大丈夫です。私が馬鹿でした」

「あんたが馬鹿ってことはないさ。多分この市役所で一番市民のことを考えている。頭だって悪くない」

「いえ、本当に馬鹿です。大馬鹿者です」

「おいおい、やめてくれ。今あんたに居なくなられたら、おれたちは何もできない」


 少しだけ考える時間が欲しい。

 じゃなきゃ私に教えてくれる人が欲しい。

  

「すみません。色々勝手ばかりで。私はずっと居ます。大丈夫です」

「そうか? 何か抱えてんなら言ってくれよ? 水絡みしかわからんがな、ははは」


 水にばかりこだわっていたが、そこだけじゃなかった。


 だが、今あきらめたらだめだ。

 少しでも先に延ばす。

 一人でも助けるために。


 気づいてしまった以上、誰かが動かなきゃ。

 「今やる室」の業だな。

 

  * * *

【同日 午後0時30分 民家 アマチュアゲーマー】


「せっすいにぃー、ごきょうりょをー、おねがいいたしますー」

 防災無線だ。

 

 節水? 水は出てるだろ?

 水より電気だよ。

 PCが立ち上げられない。

 今夜は対戦ゲームの予選会があるのに、練習もできない。

 

 PCだけじゃない。

 テレビも据え置き型ゲームも起動できない。

 

 スマホだってどこにもつなげない。

 

 イライラする。

 

 母さんが作ったお稲荷さん。

 甘いったるいだけでうまくもなんともない。

 

 腹が減ったから仕方なく口にしたが、もう少し気の利いたもんを出して欲しいよ。

 

 スマホもPCもこんなに長い時間まともに使えなかったのっていつ以来だろう。

 長い時間って言っても、昨晩遅くから急に使えなくなって。

 むしゃくしゃしたから、数時間だけ寝て。

 起きてもまだ使えない。

 

 ゲームができないならせめてまとめサイトとか動画サイト見たかったのに。

 スマホはしばらく持つ。

 出かけないのに、モバイルバッテリーはいくつもある。

 セールの度に買っちゃうから。たまっていく一方だ。

 

 もう寝る気もおきないし、かといってやりたいこともない。

 

 母さんはパートに出たまま戻らないし。

 

 電話したくても相手もいない。

 メールする相手もSNSで話す相手も見当たらない。

 話すのはもっぱらゲーム内のチャットぐらいだ。

 

 でも俺は孤独じゃない。

 ゲーム内には俺よりもひどい廃人がいっぱいいる。

 

 俺はまだ大丈夫。

 ちょっと外に出ないだけの、素人ゲーマーなんだから。

 

 大丈夫。

 

 

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