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ep.06 食事


  * * *

【同日 午後0時 我孫子 消防署 消防隊員】


「橋が途中で切れてる? 何を言ってるんだお前?」

「見たままを報告しています」


 僕だって信じたくない。県境の川にかかる橋が途中で切れているように見える。

 橋に近づくのは危険だと判断し、離れた場所から双眼鏡で確認しただけだ。

 

「どうやったら橋が切れるんだよ? JRはどうなってる?」

「常磐線の鉄橋も同じです。線路は途切れ、架線が垂れ下がってます。列車は走ってません。どうやったら切れるかなんてわかりません」


 架線に電気が残っていたら危ない。車に積んであった資材で近づかないよう示してはきたけど。

 原因はわからないけど見たままを報告するしかない。


「お前にあたっても仕方ないよな。すまん」

「いいえ。わかります。僕自身、実際にあの光景を見ても、未だに信じられないですから」

「そうか。役所はなんか言ってきたか?」

「そちらは僕の担当じゃないのでわからないですけど、この署の前にも市民が集まりつつあります」


 不安なんだろうな。あの光景を見れば誰だって不安になる。

「まあ市民に来られても、こっちだって情報がないもんな」

 

「僕、今日この後非番になるんですけど、帰っちゃまずいですよね」

 たぶん、無理な気がする。

 でも、今は少しでもいいから家に帰って休みたい。

 

「ああ、夜勤明けだったな。すまんな。応援が来たら帰って休んでくれ。だが、またすぐに呼び戻すかも知れん」

 一応、帰れるんだ。それはちょっとうれしい。


 橋の光景がなければ、帰って何もかも忘れて休みたい。


「署長。指令センターから、何も入ってきませんよね?」

「それなんだよ。指令回線も一般の電話網も死んでる。今は家庭の固定電話も、光が多いからな」


 頭にあの橋のことがこびりついて離れない。


「このまま通報が入らないとどうなりますか」

「通報が入らなきゃ、どこで何が起きているか分からん。要救助者が見えないだけで、実際には大勢いるはずだ」


 だよな。やっぱり帰れない。


 救助隊員になりたくて訓練したけど、僕には無理だった。

 でも救助隊員じゃなくても、消防士であることには変わりはない。

 

「通報できないなら、署単独で、巡回とかはしちゃまずいんですか?」

「そうなんだよ。それで悩んでるんだ」

 署長の顔に影がさす。


「指揮車かポンプ車で回って、無線で応援を呼ぶか、それとも市民が駆け込んでくるのを待つか」


 火災は、署の屋上からでも煙が見える範囲には行ける。

 だけど急病人やけが人は?


「僕が言うのは出過ぎた真似だと思います。でも、動かなければ助けられる人も助けられないですよね?」


 正義感を振りかざすつもりはない。

 でも、助けられる命は助けたい。


「むう。指令センターとも消防長とも連絡がつかん。署内と車両の無線は生きている。だが、指令センターから応答がない。あちらも手が回らないのかも知れない」

 それじゃ助けられないですよ、署長。


「我々だけの判断で動いて良いのか。動くべきなのはわかる――そうだな、動こう」


 良かった、署長だって同じ思いなんだ。

 

 いつもは調子の良い親父さん風。

 一緒に現場にも出ないし、呑みにいくこともないから、署長が出場してた頃のことはわからない。

 

 けど、署長だって消防士だ。現場から署長になった人だ。


「隊長連中には声をかけるから、お前は少し仮眠してこい」

「ありがとうございます。ついでといっては何ですが……」

「何だ?」

「飯お願いしてもいいですか?」


 判断を署長に預けられたこと、そして少しでも思いが通じたことで、僕の中の緊張が解けたみたいだ。

 途端にお腹が減ってきた。


「停電でなんも作れんか。あんまりたくさんは出せんが、当面の間は署内の食事は備蓄の非常食でなんとかしのいでくれ」

「助かります。家に帰っても何もないんです。買い物に行けてなかったので、冷蔵庫もカラだし、買い置きもなんもなくて」

「独身はつらいな。ほれ、俺の秘蔵のカップ麺をお前だけにやる。特別ボーナスだ」

「独身は放っておいてください。出会いがないんですよ。カップ麺、ごちそうになります」


 そう、忙しいから出会いがないだけなんだ。

 大丈夫、彼女は作れる。


 きっと作る。

 

  * * *

【同日 午後0時 市原 火力発電所 所員】


 手順書に沿って、非常用電源から所内系統を立ち上げた。

 まだ送電までは遠いが、これならあと数時間のうちに主発電機の起動試験に入れるだろう。

 明日の昼までにはめどを立てられるかも知れない。


「ご苦労さんねえ」

 シニア派遣センターから来ているおばさん?おばあさん?が声をかけてくれる。


「仕事ですからね」

「お昼ごはんは食べたんですかあ?」


 昼どころか朝飯だって食べてない。

 気になったとたんに腹が減るな。


「おにぎり食べますかあ?」

「あるんですか?」


 おにぎりと聞いたら、猛烈に食いたくなった。


「朝から停電でしょ? 炊飯器は使えないけど、うちはガスでも炊けるから。ここの皆さん、もしかしたら食べられないかもって思ったら作りすぎちゃってねえ」

「いただけるなら是非!」

「よかったあ」


 他の皆の分もあるのかな?

 流石に迷惑か?


「ありますよお、皆さんの分」

「え? 何も言ってないですけど……」

「顔に書いてありましたよお。皆さんも呼んでください。食堂に用意しますねえ」


 流石だなあ。お袋よりも年上かも知れない。

 俺たちよりも先を見て動いている。


 手が離せないのも何人かいるだろう。

 奴らもたぶん朝から何も食べてないはずだ。

 手分けして持って行ってやろう。


 手作りのおにぎりか。

 いつ以来だろう。

 

 お袋元気かな。

 

  * * *

【同日 午後0時 老人福祉施設 職員】


「嚥下調整食が必要な入所者さんには、どうすればいいんですか?」


 朝はなんとかなった、というかしてもらった。


 給食担当の皆が、電気が使えない中、だんだん冷えなくなってきた冷蔵庫の中のものをうまく調理してくれた。


 でも、もうその手は使えない。


 朝のうちに届くはずの昼の材料が、まだ届かない。

 お昼も夜の分もほとんどない。


「どうすればって言われてもなあ」


 施設の責任者なのに、肩書きがあるだけで現場では何もしない。

 たまに書類を書いたり、ご家族の面会に対応したり、入所の説明をしたりするぐらいだ。


「多少時間が遅れたとしても、食べさせないっていう選択肢はないんですよ?」

「わかってるがなあ。物がこないんだから」


 材料が届かないことまで、この人の責任じゃないのはわかってる。

 

 でも、それなら取りに行くとか、周辺の商店に頼むとか出来るでしょう。

 入所者さんの相手をしてくれるなら、私が行くわよ。


「電話もつながらんし、物はこないかも知れんなあ」

「こないかも知れんなあ。じゃあないですよ!」


 無責任すぎる。

 落ち着こうと思っても、緊迫感がない言葉にいらいらしちゃう。

 

「じゃあ、どうするんですか? 入所者さんたちに今日は我慢しろと言うんですか!」


 つい声を荒らげてしまった。

 落ち着かなきゃだめだ。


 職員やパートさんだけじゃない。

 入所者さんも、皆聞いていないフリして、しっかり耳はこっちを向いてる。


「給食担当の人に頼んで、備蓄から出してもらうしかないよなあ」

「だから、備蓄は普通食だけです。そのままでは口にできない人だって――」


 給食担当の人とパートさんの手を借りよう。

 もう、だめだ。この人をあてにしちゃいけない。

 

「いいです、わかりました。お昼はこっちでなんとかします。その代わり夜の分は必ず何とかしてください」

「頼むよ。夜には間に合うように、私、業者さんのところへ行ってくるよ」


 遅い! もう、今すぐ動いて!

 皆、今を生きてるの。ご飯を食べないとその今を見失っちゃう人だっているの。

 なのに、その自覚がないなんて。

 

 私のご飯なんか、もうどうでもいい。

 とにかく皆に、早くお昼を食べてもらって、安心させてあげないと。

  

  * * *

【同日 午後0時30分 ドラッグストア 店長】


 店の前に、かなり長い列ができてきた。

 昼を過ぎてさらに客足が増えた。

 

 店の駐車場は開店セール以来の満車だ。

 このままいけば今年の売り上げトップになるかも知れない。


 停電でレジが使えないのが難点だが、売れるなら手売りだってする。

 現金販売のためのマニュアルもある。

 電子決済が使えないから、怒る人も多いけど、うちだって無料では配れない。

 

 特に冷蔵物や、日持ちしないものを早くさばかないといけない。

 バックヤードの在庫を含めても、冷やせないと長くは保たない。

 商品がだめになったら大損害だ。

 

「店長、薬がもうなくなりかけてます」


 パートの彼女だけが今日の相方。

 二人で回すのはキツい。

 

「薬か。いいよ、棚にあるのは全部売り切っちゃっても。納品があれば補充できるし」

「わかりました。でも処方箋を持ってきてる方もいて、どうにかして欲しいって」


「薬剤師さんは今日休みの日だから、調剤はどのみち出せないよね」

「それはわかってます。でもお願いされると私では断りきれません」


「そっか。うん。わかった。調剤と一類が必要なお客様にはボクが謝るから、声かけてね」

「わかりました」


 ボクは会計だけに集中してるけど、これだけのお客さんを一気にはさばけない。

 電卓での会計もすぐにはできないし。


 バックヤードの在庫で常温のものは小出しにしよう。

 停電が復旧してもすぐに商品が入るとは限らないから。

 

 ちょっと気づくのが遅かったかな。

 彼女に声かけて、すぐ貼り紙しよう。


 あ、この人カート一杯だ。

 会計も大変だけど、周りの目が怖い。

 

「すみません。皆さんに平等にいきわたる様に、同じ種類の商品は、メーカーが違ってもお一人様一点限りとさせてください」

「ふざけないでよ! そんなの書いてないでしょ?」


 書いてないけど、常識的に考えてほしい。

 仕方ないじゃないか。

 一人が買いだめしたら全員に売れなくなる。

 

 そしたら店の評判は一気に落ちる。

 ただでさえ、国道の大型店舗に押されているんだ。


「すみません、どうかご理解ください」

「そうだそうだ! 俺たちだって買うためにならんでるんだ!」

 会計を待つ列の後ろから声があがる。


 どっちも正しい。

 ボクはどちらの味方もできない。

 ただ謝るしかできない。


「すみません、ペットフードはもうこれだけですか?」

「棚にあるだけで全部です。届き次第すぐに並べますので今はご容赦ください」


 お腹すいてきたな。

 

 誰か代わってくれないかな。

 

 

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