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ep.50 白地図


  * * *

【サッチービレッジ 三星】


「まあ、その辺はさ、ここの皆が自立して『食っていく』ために必要だからね」

「誰かがやるしかないし、悠長に研究結果を待ってる時間もない」


 そうだ。時間がないんだ。


「それに、それはまだ始まりに過ぎない。600万人を食わせ続けるってめちゃくちゃ大変だぞ?」

「まあ、ここで全部はできないのはわかってる。でも、始めないといつまでたっても皆飢えるだけだ」


「そうなるとな、千葉県の人たちは貧富というか食料の差ができる。力のあるもの、生産する能力があるもの。その他、声が大きいものが幅を効かせるだろう」

「それはもう原始時代と変わらなくなるだろうな」


「弱いものはしいたげられ、保護が必要な人は捨て置かれ、男中心の社会が構築されるだろうな」

「お前たちはそんな社会で生きていけるか?」

「ちなみに俺は無理だな」


「さっき話してくれた女の子さん。君はどうだい?」

「絶対嫌です」

「だよなあ。だから、そうなる前に手を打とう、ってのがここの本当の目的だ」


 最悪は、こことあっちを切り離せばいい。

 自衛隊も手伝うだろう。

 

「しばらく同居することになるが、宗教観というか信条がまったく違う海外の方もいる」

「アイデンティティーやイデオロギーが違う人たちもいる」

「食べられるものの違う人たちもいる」


「ここが日本とは言い切れない。だが道具や元々の資源?って言っていいのかな。食料は千葉県のものだ」

「他のコロニーのように無料で配ってもよいが、なんのリターンもなければ不満も出るだろうからな」

「なので、彼らには彼らの得意な分野で頑張ってもらう」


「そんなものがあるんですか?」

「わからんなあ。だが少なくとも小麦の栽培やトウモロコシとか主食になりそうなものを手分けして作ることはできるだろう」

「それを運ぶのが最初に話した運輸だ」


「そのうち、JAの若手や農家を辞めたお年寄り、農業関係の人たちも到着する」

「そこから本格的に、食糧や野菜の生産をすすめたいんだ。ああ芋も大事だよな」


「言葉は悪いけどさ、千葉県に住む人たちは俺たちとは違う人間だと思う」

「村社会に慣れた人たちだ。まあ、そのコロニー制度を提案したのも俺なんだけどさ」


「同じことを繰り返し、平和を享受し、安心して暮らす。その輪を乱す者は異端者としてはじき出される」

「俺はそういうグループでは息が詰まるんだよ」


「相互監視は秩序を守るのには役に立つだろうが、人の目を気にして生きるなんて嫌だね」

「あ、だからって好き勝手して、他人の迷惑になるようなことをするってわけじゃないからな?」


「俺はさ、宗教とかマルチとか、上司の命令とかが、とにかく大嫌いなんだ」

「人の意見を俺に押し付けるな。お前の意見はお前の中で消化しやがれって思う」


「まあ、だいぶ俺も押し付けちゃってるけど、3号ぐらいにしか『やれ』とは言わないようにしてるからな」

「やりたいならやればいい。だが、やるかどうかを決めるのは俺じゃない。話をされた相手が自分で決めるんだ。責任は自分で取りやがれ」


「それにな、期待をさせるようで申し訳ないが、いつか帰れるかも知れん」

「あ、何か糸口があるとか、サッチーがヒントをくれるとかじゃないぞ?」

「あくまでも、突然来たんだから、突然帰れることもあるだろう、っていう可能性の話だ」


「というかさ、ここの連中ならわかってくれると思うんだが、千葉県が転移したじゃん?」

「それって、ここにあった物質とトレードだと思う?」

「もしさ、入れ替わりじゃなくて、突然千葉県分の質量が消えたとしたらどうなると思う?」


「地球は割れてるかも知れんよな」

「ブラックホールが突然現れたようなもんかも知れん」

「人間一人でも本来なら質量が突然出現したら、とてつもないエネルギーを発すると思うんだよ」


「まあ、何にしても俺にはわからんし、あっちの事も調べようがない」

「異世界転移ってさ、神とかトラックとか色々あるけど、あまり物理のこと考えてないからさ」

「ちょっと疑問に思っただけだ。気にしても仕方ないさ」


「だけど、千葉県が無くなって一番喜んでるのは埼玉県民だろうな。念願の海だ。海水浴を楽しんでるかも知れんな」

「逆に困ってるのは茨城県だな。都内へ出る道が閉ざされる。常磐線もTXもない。可哀そうだな」


「あとでさ、この未知の領域のおおよその地図を見せるから、どんな風にしていくのがいいか、皆で一緒に考えようぜ」

「あと、まだ見つかってないけど、もしかしたらスキルが生えたり、魔法が使えるやつがいたら、教えてくれ」


「俺も魔法使いたいからな」


  * * *

【サッチービレッジ はみ出した男】


「最終的なゴールが千葉県と切り離して生きるってことですか?」

「あー、そうだなあ。多分そこになると思う」


「人数的にも資源的にもこっちの方が弱いと思うのですが、もし資源を要求されたらどうするんですか?」

「そこなんだよね。まあこちらには資源があるというのはわかるだろうからさ、過度に欲しがった時にどうするかなんだよな」


「なあ、3号。お前はどう思う?」

「難しいことはわからんが、俺はこっちを守るぞ。それにお前が決めたルールがあるだろう」

「ルール? そんなのあったか?」


「いや明言したかどうかはわからんが、法の部分の解釈だったか? 手を出した方が悪いんだ。なら自衛隊も警察もこちらを助けるだろう」

「ええ? そんなこと言ってないぞ? 多分。それとも役所の時にでも口走ったかな。覚えてないな」

「いや、渡辺司令が言ってたから、何かしら言ったんだろ?」


「でも、圧倒的に人数が違いますよね? ここだって多くても二百人ぐらいですか?」

「うんうん、もうちょっといるのかも知れないけど、そんなもんだね」

「じゃあ、ここの方が搾取されますよね?」


「あー、そうね。でもね、動物もたくさんいる。そして千葉県には力自慢の人たちが二、三千人ぐらいいて、そっちはもう抑えてあるんだ」

「え? 暴力の人ですか?」

「まあ、端的に言えばそうだな」


「それにしたって、敵わないですよね?」

「そうだねえ。もう一つ加えるなら、川がある。これを自衛隊や警察にバレずに乗り越えてきて、数千人が移動してくるのは難しい気もするんだけどね」


「納得はできないですね。不安ではあります」

「そうだろうねえ。いや、でもいい視点だと思う。それならさこっちはこっちで防衛を考えておけばいいんじゃないかな?」

「防衛?」

「攻城戦みたいなもんじゃん? おそらく飛び道具はそんなにないだろう。原始的なものと考えて投石ぐらいなら、防げるんじゃない?」

「どうなんですかね」


「あ、それなら俺が役に立てるかも」

「君は?」

「MMOとかよくやってました。めちゃくちゃ昔ですけど。それにネット小説もそっち系が大好きです」

「いいねえ。んじゃ、落ち着いたらそっちも用意するようにしようか」

「自衛隊の皆さんにも力を貸してもらえるなら、効率よく陣地が作れると思います!」


「OK。よかったよ。そういう方面ってさ、学者とか研究職はあてにならないし、自衛隊はあくまでも前提が違うからさ」

「でも、俺なんかの意見聞いてもらえるかな?」

「大丈夫だよ。3号はこう見えても立派な士官様よ?」

「士官は別に好き勝手できるわけじゃないからな」

「こうは言っても、こいつは俺たちのために一生懸命働いてくれるさ。だって頑張る奴が好きだから」


  * * *

【サッチービレッジ 前髪で目を覆っている女性】


「おじ様は王様にでもなりたいのですか?」

「おじ様? え? 俺?」

「はい」

「王様になんかなりたくない。できるならずっと寝ていたい。猫を愛でていたい」

「でも命令はしてますよね?」


 この人は押し付けるの嫌だと言いながら、ほぼすべての方向性を決めている。

 そして、周りの人たちもそれに従っている。

 

「命令してる? そう見える?」

「ええ」

「そうかな? そうなの3号?」

「どうだろうな。見ようによってはそうも見えるかもな」


 自衛隊の人も従えている。

 ここに来たオタクどもも結局は取り込んでいる。

 

「えー、それはないと思いたい。というかそう見えたならごめん」

「謝られても困りますが」


 どういうつもりなんだろう?

 

「あーじゃあもうぶっちゃけるわ」

「俺さ、体があんまりよくない状態なんだよ。薬で何とかしてきたんだけど、それももう無くなった」

「ここにいる以上、新しい薬は手に入らないし、わざわざ持ってきてもらおうとも思ってない」


「それって、死んでしまうのですか?」

「そうだ。内臓がちょっとばかり悪くてね。薬がないと悪化する」


「おい、三星。なぜ黙ってた!」

「別に言う必要がないと思ってたからな。それに言うタイミングもなかったし、気が付いたらいつの間にかここに来ることになってたから。仕方ないさ」

「お前……今からでも薬を手配するから飲めよ!」


「いや、いいよ。王様にされるのも嫌だし、ここの方向性も決められたし。動物達もなんとかここで暮らしていけそうだし」

「奥さんや猫たちはどうするんだよ!」

「お母ちゃんはお母ちゃんの人生を歩く。猫たちは最後まで面倒見てあげられなくて申し訳ないが、お母ちゃんと幸せに暮らしてくれたらうれしい」

「無責任だろ!」


 この人は病気を周りに隠していたの?

 それでも、できるだけ多くの人を助けるために動いていたの?

 なんなの?

 聖人にでもなったつもり?

 

「ふはは。前髪で目を隠している女性の方。私は聖人ではない。立派な成人ではあるが、聖なる人ではないのだよ」

「エスパーですか?」

「違うが、それぐらいは察するさ。ららあ」


 それはエスパーと言っているようなものでは?

 あむろん。

 

  * * *

【サッチービレッジ 三星】


「夏目漱石の『こころ』って知ってるか?」

「詳しくはわからないですわ。おじ様」


 おじ様呼びは俺には似合わないなあ。


「まあ、色々あって、人が死ぬ話だ。読後感はあまり良いものではないかも知れないがね」

「それなら『塩狩峠』は?」

「それは知ってます。ですがそれが何か?」


「まあ、別にどうもしないんだが、俺は人が死ぬ話は好きじゃない。動画サイトでも兵隊が家族に内緒で帰還するサプライズの方が好きだ」

「号泣しちゃう」


「それに、動物が最後の時間を迎えたり、主人の死を受け止める動物の話。これらも一切だめだ。涙が止まらなくなる」

「何が言いたいので?」


「人はさ、いつか死ぬんだよな。夏目漱石も大昔に死んだよな。というか今生きている人以外は皆死んだんだ」

「何をおっしゃっているのですか?」

「死ぬのが怖くないとは言わない。未経験だからな。でもいつかくるなら、それが今日でも十年後でも変わらない」


「それにさ、千葉県転移なんて面白いって言っちゃあ不謹慎だけど、こんなことまで経験できたんだ」

「お母ちゃんのことは心残りだが、どのみち病気で先に逝くことはわかってた。だからもう長いこと、ずっと一緒にいた。会社員もやめて、常に一緒にいたんだ」

「それがあと一日増えても、大きくは変わらない。お母ちゃんには本当に申し訳ないけどね」


「それにさ、俺のやりたいことは、君らがわかっているだろうし、君らがやりたいことをやってくれるなら、ここに呼んだ意味がある」

「コロニーでくすぶってたり、厄介者扱いされていたり、怯えて暮らすぐらいなら、ここでのびのび生きてくれ」

「お前たちも俺の家族だ」


  * * *

【サッチービレッジ 三星】


「ここにある地図。まだほとんど何も書き込まれていない」

「このすべてが君らの世界だ」


「もしかしたら、ここでもいろんな行き違いや、好き嫌いが出るかも知れない」

「だがな、ここはそんな小さな社会じゃない」


「君らのやりたいように生きられる、君らやここから巣立っていく子ども達のための世界だ」

「大人の社会じゃない。男が主役じゃない」


「君らが自由に生きていいんだ」

「きっと、ここの大人は君らを支えてくれるさ」


「だから、もし君らに余裕が出来たら、今度は支える番だからな」

「人から受けた物は次の人に繋ぐんだ。それが人の役割なんだ」


「やってもらって当たり前じゃない」

「自分がやったことは覚えておくんじゃない」


「君らが生きていけるのは、誰かの力があるからだ」

「文句ばかり言っちゃだめだぞ。たまには言ってもいいけどな」


「皆がいつも楽しく、ってのは難しいかもしれない」

「時にはガマンしたり、努力したりしなきゃいけないこともあるだろう」


「それに結果が伴わないこともあるだろう」

「でも、くさるんじゃない」


「君らはやるんだ。そして次の世代へつなぐんだ」


「結婚? できるさ。(たぶん)」

「自衛隊のお姉さんが今もあそこから覗いているぞ」


「(ドキ)」


「まあ、頑張れ」

「無理しなくていい」


「まずはできることから始めよう」


「俺は疲れた」


「少し休むよ」






第4章 「エイリアン」 了



【読者諸氏】

毎々ご愛読ありがたく思います。

さて、お知らせです。


次話より、投稿予約時間を昼の12時00分といたします。

変わらぬご愛読のほどお願いする次第です。


作者

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