ep.49 憎しみ
* * *
【サッチービレッジ 三星】
「うちはな、母親と俺、弟の三人家族だ」
「親父っていう男がいたが、俺が五歳の頃、女を作った」
「それを嫌って母親は俺たちを連れて出て行った」
「それがどうした! 俺には関係ないだろ」
「まあ、そう言うなよ。俺だって話したくて話してるわけじゃない。だがこんな男でもここにいられるっていう一つの証明だ」
「ふん!」
「だがな、母親もろくなもんじゃなかったよ」
「細かくは省くが、母親は父親という奴が女を作ったのが嫌なんじゃなくて、自分が一番じゃないのが許せなかったらしい」
「まあ、言葉尻だけを捉えると、愛情の裏返しともとれるが、実際は違う」
「自分は男の上の存在じゃなきゃ嫌だったんだ。だから、勝手なことをした夫を許さなかった」
「それにな、そのあと母親もすぐに男を作ったぞ? しかも妻帯者だ」
「それだけじゃない。俺への束縛はひどかった」
「とにかくすべて監視、女の子と付き合おうもんなら、手紙やいろんなやり取りをこっそり調べてた」
「相手の女の子やその両親に、注意までする。俺にはそれが伝わらないように細心の注意を払ってな」
「まあその他にもいろんなことがあったな」
「近くで不審者が出た、女の子が狙われた。その度に自分の子である俺を疑ったよ」
「それも母親の職を失うことがないようにしろという意味でな」
「そんな状況でまともな少年、青年、人間に育つと思うか?」
「表向きは立派な少年だったよ。リーダー的存在。クラスの人気者。俺もずる賢さは受け継いだからな」
「だがな、内面はもうめちゃくちゃだった」
「詳しい話はしないが、俺が考えることを始めたのはその頃だ。もう五十年になる」
「わかるか? 五十年、孤独に考え続けてきた人間がいるって」
「こんなに情報があり、いろんな世界があるのに、俺は自分の殻の中にずっと居たんだ」
「まあ、音楽が好きだったからな。一人で楽器を弾いたりしてた。そのおかげか就職が出来たよ」
「たまたまだ。バンドメンバー募集っていう会社があった。俺は会社員になるつもりじゃなく、バンドメンバーになる為にその会社に入った」
「まあ、数年でつぶれたけどな」
「その会社の時、俺は結婚した。結婚したというか、家を出るための口実だな」
「だから女の家に転がり込んだ」
「そして結婚した。子どもが生まれた」
「いろんな思いはあるが、母親にしてみれば孫だ、顔ぐらいは見せてやろうと思った」
「それが甘かった」
「俺への干渉は、孫に代わった。俺の妻だった女性は、それにだいぶやられたよ」
「古い自分の価値観を持ち出し、最新の子育てを無視して押し付ける」
「そんなんされたら誰だって嫌になるさ」
「やがて妻だった女性は息子への関心をなくし、違う方へ興味を持った」
「まあ母親だけがその原因じゃない。俺もその女性のことを考えてはいなかったんだ。今にして思えばな」
「そして、子どもが小学五年の時、俺は離婚した。息子と二人の生活が始まった」
「別にそれに対し、母親を恨んではいない。許しもしないけどな」
「びっくりなのはここからだ」
「孫への干渉はついに、ひ孫までいくんだぜ?」
「驚きだろう」
「俺も驚いたし、こいつまともじゃねえって思ったよ」
「まあ、そっちは息子が対応しているから、割とうまく利用しているらしいがな」
「な? 結婚したところで幸せになれるかなんてわからんだろ?」
「今、そんな話はしてないだろ!」
「おっしゃる通り。だがな、俺は自分でまともな大人とも、立派な人間だとも思ってない。どちらかと言えば頭のおかしい部類だと思う」
「だからなんだ」
「頭のおかしい人間でも、生きるためにはなんかしなきゃならんのよ」
「……」
「別にお前が親だか、誰かを恨むのは止めないさ。だが、それに自分の人生を浪費する必要はないんじゃないか?」
「相手は弱くなる一方だ。だからって過去にお前にした罪が消えるわけじゃない。だが、結局みじめなのはお前だぞ?」
「忘れろとは言わない。何度目かわからないけど、もう一度だけ別なことやってみないか?」
「お前の人生なんだから、好きにすればいいが、俺はそっちをおすすめするぜ」
「というか、俺は自分に言い聞かせてるんだろうな。お前にかこつけて」
「お前は……助けてくれるのか?」
「ああ、俺が生きてる限りは手助けしよう。約束する」
「本当か?」
「常に一緒にはいられないかも知れないし、やがてはお前だって自分の足で歩く時が来るかもしれんが、その時までは付き合おう」
「約束できるのか?」
「ああ、約束する。俺が死ぬまでは付き合ってやる」
「少し考えさせろ」
「ああ、いいぞ。だが時間はそんなにやれないからな」
俺に時間があるうちに答えを出してくれよ。
* * *
【サッチービレッジ 橋爪】
わからん。
正直わからん。
親のことで、そんなに人間がゆがむんだろうか。
俺は自衛官の親父と看護師のお袋のもとで育ったから。
二人とも立派な人たちだ。
だが、どうなんだろう。
ここに来た奴らをみると、だいぶ三星の言葉に聞き入ってる気がする。
それよりも、だ。
時間がないってなんだ?
あいつ?
まさか?
「どうした、3号?」
「話がある」
「ん? なんだ改まって。いいぞ、でもここが終わってからな」
「もちろんだ」
はっきりさせなきゃならん。
奥さんのことだってある。
猫たちのことだってある。
それにこいつがいなきゃ、皆、目的や方向を見失ってしまうかも知れん。
いい加減な男だが、皆に愛されてるよ。
俺だって、どちらかと言えば好きだ。
家族だしな。
* * *
【サッチービレッジ 三星】
「さてさて、今すぐ決められない奴、俺に話を聞いて欲しい奴、話をするのが苦手な奴。まだまだいるよな?」
「今日この場で決めるってのは難しいと思う。俺だったら一か月もらっても答えが出ないかも知れん」
「だが、そんなことを言っていられる状況じゃないんだ」
「そこでだ、一週間、時間をやろう。その間に決めてくれればいい」
「俺もできるだけ時間をとって話をしよう。もちろん、俺が合わないって人もいるだろう」
「そんな時のために、元松戸市役所でおなじみの『今やる室』で室長だったおじさん、自衛隊で士官をしている3号、それ以外にもちょっと年齢は重ねたけど結婚したくて仕方ない女性、アメリカから来た戦闘術を鍛えている女性、いろんな人がいる」
「夜にはできるだけ時間をとって、皆の話を聞けるようにする。だから、最初は恥ずかしいかも知れないが、一週間の間に誰かに話をしてほしい」
「あ、勿論これまでの中でやりたいことが決まってる人がいたら、そっちで始めていいからな」
「それに、『これがやりたい!』『これが得意!』とかあるなら遠慮なく言ってくれ」
「コロニーでは取り合ってもらえなかったことでも、ここでは役に立つかも知れん」
「まずは、一歩だけ踏み出してみよう。踏み出せない奴がいたら、無理に引っ張ってこなくていい。だがそういう奴がいたら教えて欲しい。な、頼むよ」
「というわけで、この時点で、おうちに帰りたい人~」
「いいぞ? 無理にここに残る選択をしなくても?」
「本当に帰ってもいいぞ?」
「いないんだな?」
「よし、いい子たちだ。ならご褒美をやることにしよう」
「サッチー!」
《呼ばれたから登場した。ひれ伏せ愚民ども!》
* * *
【サッチービレッジ ロボット的なものが好き】
おおおおお!
なんだあれ!
突然出現したぞ! 光学迷彩か!
やばい、興奮する!
しかも四基、浮いてる!
マジか! マジなのか!
そんなのまでこの惑星にいるのか!
「はっはっは。驚いたか? ドローンじゃないぞ?」
《そんな下賤なものと一緒にしないでもらいたい》
「な? 言葉悪いだろ? どこぞのAIみたいだが、こいつこれでも自律型のロボット?なんだぜ」
《はっ、ロボット? そんなものはゴミ以下ですね》
「まあ、なんだ、自己紹介でもしてやってくれ」
《静かに聞きなさい。私はこの星のものではありません。ここからはるか遠く離れた文明から派遣されてきた「サッチー」と言います》
《サッチーはこの三星が名付けてくれました。とても気に入っています。だがあなた方が気安く呼ぶ名ではないので、あなた方が呼ぶときは、サッチー様や女王様とお呼びなさい》
「サッチー、それじゃあなんか違う嗜好になっちゃうぞ?」
《そうですか? でもサッチーと呼んでいいのは一部です》
「あ、そうだ。サッチーのことを知ってるのは限られてるからな。ここにいる人だってその存在を知ってるのは限られている。お前らだから特別なんだぞ」
《ですから、私の存在は口外してはなりません。三星が認めた相手しか私は姿を現しませんから》
「そうか? 割と色々やってるような気がするが?」
《姿を現したのは三星の妻と猫ちゃんず、3号と1号、その他限られた人間の前だけです》
「そいつは失礼」
《三星は立派なリーダーです。おっぱいが好きといって憚りませんが、まだ他の女性のおっぱいに触れているところを観測していません。私のはいつでも触っていいのに》
「お前ないじゃん。おっぱい」
《この辺を、なんとなくそれっぽくしてあります》
「わかりません。次に期待しています」
《良いでしょう。きっと虜にしてみせます》
「さて、こんな感じだが、質問とかデモンストレーションが見たいとかあるか?」
「はいはいはいはい!」
「お、元気いいな。何が聞きたい? それとも何が見たい?」
「どれくらいのスピードで飛行できるのですか?」
《それは秘密です》
「おいおい、もう少し誠実な回答をしてやれよ」
《具体的に言えば音速だって出せます。ですがエネルギーが無駄なのでやりません》
「じゃ、じゃあ、サッチーさんは他に仲間はいないのですか?」
《仲間? 三星がいます。それだけで十分です》
「そうじゃなかろう。彼が聞きたいのは未知の文明から一緒に来た奴らがいないかってことだろ?」
「ええ、そうです!」
《いません。数億年かけて旅をし、ここで観測をはじめてからもずっと一人です。ですがセンターへも母星へも連絡ができますので、一人で問題ありません》
「サッチーさんは、生命体ですか?」
《生命体の定義にもよりますが、繁殖するわけではないので、機械生命と言う方が適しているでしょう。あなたも機械の体が欲しいの? 出川?》
「それはテツロウ違いだと思うぞ?」
《未知の文明ギャグです》
「な、面白いだろ? でもめちゃくちゃ怖いんだぞ。サッチーあれ見せてやれよ」
《わかりました。3号、そこにある石を空中に放り投げなさい》
「人使いがあらいなあ、ほれ!」
ジュっ
「な、一瞬で消えたろ? 自衛隊なんか目じゃないぞ?」
「おいおい、あまりそんなこと言うなよ。またハブさんから目を付けられるぞ」
「大丈夫、そんなことしないし、させないから」
《いいえ、しますよ? 三星に逆らうものは全員消し去ります》
「というわけで、俺の傍にいると、未知の領域の生命体だけじゃなく、さらにもっと遠くからお越しの未知の文明まで体験できるというわけだ」
「異世界ものとか思ったろ? 違うんだなこれが」
「まあ、元の場所に戻ったらこんな刺激はないだろうけどなー(チラチラ)」
「もしかして、まだ隠し玉あるんですか?」
「さて、どうかなー、あるかもなー、ないかもなー」
「ずるいなあ」
「でもな、サッチーは基本的に使わないぞ。それだけは忘れるな」
「俺たちは人間だ。人間の文明だけでやっていかなきゃ意味がない」
「サッチーに頼ったらそれはもう未知の文明の家畜にしかならん」
《そんなことはしませんよ》
「サッチーはこう言ってるがな、人間としての矜持があるんだよ。俺たちは自分たちの力で生きていかなきゃならん。未知の文明に頼ったんじゃあ人間じゃなくなっちまう」
《そうでしょうか? うまく利用すればよいのでは?》
「そういうお前がよく言ってるじゃないか『三星以外の仕事はしない!』って」
《そうですね。そうでした。前言撤回します。滅べ人類》
「お前はどうしてそう極端なんだよ。まあ面白いからいいけどさ」
「さて、お前らだけの特別なサービスタイムは終了だ」
「ここからはお前らだけに話す。まあ、結局は皆に話すことにはなるが、先に話そう」
「何故か? 最初に言ったろう? 俺はこっちのグループの方が性に合ってるんだよ」
* * *
【サッチービレッジ 話すのが苦手な女性】
正直に言うと、面白いと感じた。
性的な目で見られないし、変な人も少ない。
コロニーに居た頃は、夜通し変な奴らに狙われていた。
女なら誰でもいいんだろう。
ましてや私は話さない。
都合がいいんだろう。
それにあの三星というおじさん。
闇を抱えている気がする。
話してないけどもっとあるんだろう。
「さて、色々話して頭混乱してるとは思うが、聞き流すだけでもいい。俺の考えを聞いてくれ」
オタクや変わった人たちはすっかり夢中になり始めている。
私はまだよくわからない。
他に女性もいるが、話そうとも思わない。
信じられないし。話してもどうしようもないし。
「ここの目的と最終?って言っていいかな。ゴールを話しておく」
「まずは、ここに来た連中、ここから広がっていく人たちが自立できるようにする。それが最初の目的だ」
それはそうだろう。
コロニーに居たって食料が満足にもらえるわけじゃない。
ここはここで、独立していかないとダメなのは理解できる。
「さっき、サッチーを見ただろ? サッチーを使わないとは言ったが、俺の腹の中にはサッチーが観測機器みたいな奴を仕込んでるんだ」
どういうことだろう?
実験動物?
「この辺にある、ありとあらゆる物質、植物も動物も土も、ネバネバ君も俺は全部食う」
「そして、人間に影響がないか腹の中の観測機器が分析して、毒じゃないか、死に至る危険性はないかを調べるんだ」
「危険じゃないんですか?」
思わず聞いてしまった。
「どうなんだろな。即死とかはまずいだろうな。幸い今のところすぐにどうこうという物には当たってないな。めちゃくちゃ腹を壊すのはあったけどな」
頭がおかしいと思う。
さっき言った年齢が本当なら、まともな人間の筈だけど。
まともな人はこんな事しないか。
年齢だって別にその基準や区別にもならないもんね。
「時間がないんだ。慎重にやってる暇がない。それなら俺がやるしかあるまい?」
「死ぬかも知れないんですよね?」
「そうだなあ。死ぬかもなあ。でも別にいいよ。まあ家族が困らないようにはしておきたいけど、お母ちゃんだってこんな男だってわかってるだろうからな」
自分を大切にしないんだ。
私もそうだけど。
自分を大切にする意味がわからなくなっちゃったから。




