ep.40 あんたはハンター
* * *
【サッチービレッジ 羽生】
動物達が自発的に行動している。
排泄ばかりはどうしようもないが、それでも所定の場所に近い所だ。
我々が処理しやすいように、という気遣いみたいなものまで感じられる。
勿論、偶然だとは思う。
だが、大きな諍いもなければ、肉食獣が草食動物を襲うこともない。
一番の驚きは犬たちだ。
彼らは動物の種類ごとに数頭が配備されているように行動する。
そして夜間は猫たちと共同で警戒しているようにも見える。
一つの生態系というよりは、ある種の文明みたいなものを感じる。
これが三星が言っていたコントロールということなのか?
そこまで未知の文明は進んでいるのか?
「ハブ係長」
「なんだ? 問題か?」
私はここでは係長という役を仰せつかった。
なんとも歯がゆいが受け入れている。
「ちょっと来てもらえますか?」
ペットショップの店員であった彼女。
獣医学の知識もあると言っていたな。
「これです」
彼女が示したのは、大型草食獣のフン。
そしてそこに群がる生命体。
「原住生物というやつか」
「そうですね。ですがそこが問題じゃないんです」
「ほう?」
「こちらの個体を見てください」
彼女が示したのは、フンをたんまり食べたであろう別の個体。
だが、少し様子が違う。
「取り込んだもので、新たな種に枝分かれするんだったかな?」
「ええ、ということは、この個体はフンを含んだ生命体ということですね」
彼女の言わんとすることがわからない。
それがどうしたというのだ。
「わかりませんか?」
「ああ、あいにくだが生物学の知識はほとんどない」
「これって、フンをコピーしているようなものです」
「というと?」
どういうことだ?
「すなわち、これって私たちに必要なものが多く含まれているんですよ」
「もう少しかみ砕いて説明してくれんか」
「そうですね、まず、動物のフンを発酵させればメタンなどが出ます。それは燃料にも使えます」
「ふむ」
「また、一部は肥料にもなるんじゃないですかね?」
「というと?」
「エネルギー源としても活用できそうですし、肥料としても、その他必要な物質もある程度ここから取り出せる可能性があると思うんですよ」
なるほどな。
それは便利だな。
いや、便利どころじゃない。
必要なものが手に入る可能性が増えるということじゃないか。
「一つ聞きたいんだが、そのフンから出来た? 新しい生命体はどうやって増える?」
「詳しくは専門家に聞かないとわかりませんが、体を維持する基本物質とフンさえあれば、増えていきそうです。そのペースはわかりませんが、かなり有望じゃないかと」
「私もよくわからんが、それって動物のフンの寄生虫などを可能な限り排除した物質を量産できるということか?」
「専門外なのでわかりません。取り込むというのが寄生虫などを含むなら、一概にそうとも言えないでしょうけど」
よし、まずは報告だな。
* * *
【サッチービレッジ 三星】
「なるほどねえ」
「驚かんのか?」
「いや、驚いているよ? ただ前にも話したじゃん、ネバネバ君は可能性を秘めた生命体。そしてリスクもあるって」
「ああ、あの夜、貴様が話してたな」
貴様は良い呼称の筈なんだよな。
「あとは、ここの生命体を俺たち人間がコントロールしてよいのかって問題もある」
「ふむ。だが、勝手に増えたものはどうしようもあるまい」
「そうなのよねー」
特に俺たち人間に害がないようにしなきゃ元も子もない。
さらに言えば、今更そんなやつはいないとは思うが、ネバネバ君を悪用する奴だって出ないとも限らない。
「どのみちさ、電子顕微鏡は使えないんだから、わかる範囲の条件を研究班に投げるしかないよ」
「それはそうだが、何とか国民の役に立てないものか?」
「ハブちんの愛国心というか国民本位も悪くはないが、焦っちゃだめだよ」
「そうは言ってもなあ。一筋の光明が見えれば人々の生きる気力にもなろう」
期待させるだけさせて、それが裏切られたら反動はすごいぞお?
「自衛隊に情報を流すのは構わないけどさ、期待させちゃだめだよ?」
「そこは許容するのだな?」
「情報は構わない。こっちだけじゃあ調べきれないこともあるだろうし」
「でもね、周知してから『やっぱりだめでした』と言われたら落胆がひどいでしょ?」
「そうだな。次は受け入れないかも知れないな。よし、お前にある程度同調することにしよう」
貴様とかお前とか。
いいんだけどさ。
三星きゅぅ~んとか言われなければ。
「まあ、ここでできることはやろう。そのための俺たちなんだから。でもありがとね。ハブちん」
「お前の良い点はそこだな。素直に感謝を受け取っておく」
俺をどんな人間だと思ってるんだ?
まあ、割と自衛隊にはきつくあたったからな。
自業自得と思おう。
* * *
【サッチービレッジ 橘】
子どもの一人がネバネバ君を食べたらしい。
お母さんが慌てて私のところに来た。
「顔色や体調の変化などはありますか?」
「いえ、ただ美味しかったと……」
ドクターを交えて話を聞く。
「橘さんどうします?」
「どうって言われましても。基本的には用意されたもの以外は食べないようにしましょうとしか」
「あのぉ、うちの子は大丈夫でしょうか?」
お母さんは気が気でないだろう。
勿論私だって心配はしている。
だが、すでに三星さんが食べている。
そして同じように「食えなくはない」と言っていた。
「お母さん、心配でしょうが、少しだけ様子をみましょう」
「ええ……」
「リーダーがすでに食べてます。あの人の胃袋が特別丈夫でない限りは、他の人が食べても問題ないと思いますよ」
そういって私も一口。
「ね?」
「あ、ちょっと」
ドクターが慌てる。
三星さんができるんだ。
私だってできる。
「でも、まだ完全に安全が保証されているわけじゃないから、出来る限りさわったり食べたりしないようにしましょうね」
三星さんのようにはなれないけど、三星さんのように振る舞うことはできる。
安心を与える。
市役所の時の仕事とそんなには変わらない。
行動が伴うだけだ。
ここでは私も捕食者になるんだ。
ちょっとだけお腹がもぞもぞする。
三星さんに相談してみよう。
うふふ、話すきっかけが増えた。
* * *
【サッチービレッジ 秋田犬 オス 四歳】
パク。
もぐもぐ。
ぺっ。
* * *
【サッチービレッジ 先発隊 隊長】
リーダーこと三星氏を呼び止める。
報告と相談だ。
「こちらにいらっしゃいましたか」
「いらっしゃいました。なんかあった?」
「はい、この沼? 池?の周囲探索報告です」
「オーケー。聞きまっしょい」
あらかじめ聞かされていたおよその地形に基づき調査をしたこと。
どのような物資が見込めるか。
また、植物のような動物のようなものの群生。
その他生物の痕跡など。
多分、三星氏の頭の中に細かな情報は残さないのだろう。
ほぼ確認といった感じで相槌を打っている。
「十分、十分。お疲れ様ねー」
「いえ、任務ですから」
「んでさ、これからはどうしたい?」
いきなり直球だ。
「そうですね。まずは全員の食料と生活の確立が優先かと思います」
「ふむふむ」
「その上で、更なる人員の受け入れを目指すのが最初の方針通りかと」
優等生的回答と言われても、任務を帯びた以上、目的に沿った行動は厳守せねばならない。
「でもさー、それだとつまらないでしょ?」
「つまらないと言われても、役割は果たすべきかと」
「硬い硬い。やりたいことがあるなら、そっちをやろうよ。例えばハンティングとかさ?」
そんな事してる暇があるのだろうか?
いや、やりたくないと言えば、嘘になるかも知れない。
「いや、それは……」
「じゃあさ、任務だったらやるの?」
ずるいな。
そして弱いところを突いてくる。
「任務と言われれば、否も応もないでしょう」
「では、それでいこう。正式には今夜の相談会で話してからだけどね」
くそ、ちょっとだけ心躍る自分がいる。
敵でもない。人でもない。
未知の領域。
誰も知らない世界で、自分の力を必要とされる。
やってやるさ。
* * *
【サッチービレッジ にさにさ】
一体いつ催されるんだ!
合コンは!
早くして欲しい!
橋爪、仕事しろ!
* * *
【サッチービレッジ B氏】
「で、改まって話とは何だい?」
まだこの人物の性格を掴み切れてはいない。
だが、ここまでの言動でこの人物に危険性は感じられない。
そして、自衛隊や松戸の地域長や議長が、なぜこの人物の言葉を欲するのか、朧気ながら理解してきた。
「そうだな。単刀直入に話す」
嘘や遠回りな説明は嫌うだろう。
「舟ヶ崎および港湾地区の騒動が収束しない」
「うん、で?」
「三星氏から言葉が欲しいと言われた」
「それは警察として? それとも違う何か?」
今更隠しても仕方あるまい。
「公安としての正式な依頼だ」
「へー、俺ってそんなに有名人だったんだ」
何を言うのか。こいつは。
確かに表立った行動はなかった。
だが、松戸や自衛隊を動かしたのはわかっている。
「なら、もうちょっとだけ待ちなよ」
「どういう意味だ?」
「ほら、来たよ」
千葉自衛隊の元トップ。
羽生氏か。
「今忙しいんだが? うさぎさんたちとスキンシップ中なんだが?」
「偉いねえ、職務に忠実で」
「お疲れ様ですね」
もう退官したと言ってはいるが、表向きだけだ。
未だに千葉自衛隊として活動しているのはこちらも掴んでいる。
「ふむ。渡部さんか。どうした?」
「舟ヶ崎とかの件だそうだ」
「ええ、ちょっともう手が付けられないので、会社からせっつかれた」
「ふむ。確かに私も気にはなっている」
嘘つけ。
自衛隊が一番困っているだろう。
「で、もう一度聞くよ? 俺にどうして欲しいの?」
「ああ、会社から正式に三星氏のアドバイスを得るようにと指示を受けた」
「ほお。それは興味深いな」
なんだ? 漁夫の利を狙っているのか?
そっちだって大変なくせに。
「アドバイスって言ってもなあ。現状はわからないし、何も言うことはないよ」
「三星、警察さんの度肝を抜いてみろ。ちなみに私は、こいつとはその関係の話は一切していないから。ヒントも何もない状態と断っておく」
「はあ。アドバイスを得るようにとは言われてるが、度肝を抜かれてはならないとも言われてないですからね。そっちの方が気にはなる」
どうやってこの私の度肝を抜くのか。
「ハブちんはずるいよな。面白いとか言えば、俺が乗ると思ってるんだろ? でも面白いよな。ちょっとだけまって」
何をするつもりだ?
「ああ、なんとなくわかった。なるほどね。そりゃあ手を焼くわけだ」
「何を言ってるんだ?」
「まあ、黙って聞いてみなさいな。面白いのはここからだ」
「公営ギャンブルがらみね。あそこは三つもあるもんね。ふむふむ。でもそれなら南側半分をなんとかすればいいんじゃないかな? だめかな?」
何を言い始めた?
確かにそこが関係しているのは間違いないのだが。
「わかった。だが情報がないから正しい方向かどうかはわからない。あくまでもお遊びの一環として聞いてくれ」
* * *
【サッチービレッジ 三星】
「要はアレだろ? 力による支配が進み始めてるんだよな」
「そして、それを見た若いのがそちらへ流れ始めてる」
「ついでに言うなら、それを嫌がる人たちが周囲へ流れ始め、食料や物資が不足し始めていると」
「どうしてそこまで考えた?」
「まあ、話は最後まで聞くもんだ。気が散るからね」
考えてなかったわけじゃない。
だが、それは俺には対抗できる術がない。
なら、それは本来、力を持つ警察や自衛隊がするべきことだ。
俺だって、逃げる方に含まれると宣言したしな。
「で、港湾関係の備蓄、あそこもパン屋さんがあったよな? 他にも割と大きめの工場地帯もある。つまりはやりたい放題。そして、地域外からも『力による支配』に慣れた集団が集まって手が付けられない」
「警察の持つ力では対抗できず、また自衛隊も習志野、松戸を使っても抑制できない」
「だから、後手後手になって、もうしっちゃかめっちゃか。といったところかな?」
「大体合ってる。どうやってその情報を知った?」
「警察さんも知ってるだろう? こいつは衛星を持っている。だが、それはあくまでも観察しかしない。しかも三星に関することしか情報を与えない。どこまで本当かわからんがな」
「確かにそれは情報を得ている。だが、仮に衛星があったとしてもそこまで具体的なことは掴めないだろう?」
「だから、こいつは自分で考えて、正解に近いものを頭の中で作り出す。それが今の会話だ」
「一概に信用できんな」
「追加情報としては、こいつは高校までは舟ヶ崎にいたな。幼少期は違うところのようだが」
「ふむ。なら詳しいのも頷けなくはないな」
「そして、ここまで話すということは、すでに答えを持っているということだろう」
えーハブちん……
無茶ぶりはやめてよ。
答えはないよ?
意地悪なら思いついたけどね。




