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ep.04 ほんの少しの不安


  * * *

 【同日 午前8時30分すぎ 松戸市 三星】


「難しい顔してどうしたの? 連絡とれた?」

「難しい顔?」

「考え込んでる時のクセよ」

「ああ、久々に頭がパンクしそうだ」

 どうやって妻に話せばいいかな。

 俺の言うことを信じすぎるきらいがある。

 おそらく話せば信じるだろうが。

 

「聞いて」

「うん、聞くよ?」

「多分、松戸市か、この辺一帯が、元の場所からどこかへ転移したようだ」

「転移? どこにも行ってないじゃない?」

 そりゃそうだよな。

 薄曇りのようだが、いつもと変わらない朝に思える。

 もうすぐGWとは言え、まだ朝晩冷える日もある。

 昨日と変わらない。

 俺だって衛星?に言われなきゃわからないし、今だってあまり信じてない。


「とりあえず、俺のスマホ見て」

「うん?」

 妻にスマホを渡す。

 やり取りの最初から全部見せる。

 

 五分ほど携帯を見続けていた。

「やり取りは見た。嘘にも思えないけど……」

「俺も思えないが、昨日と何が違う?」

「わからない。少し寒いぐらい?」

 確かに春と言うには少しどころか1か月ぐらい遡った感じだ。

 だが、それだって別によくあることだ。三寒四温ってぐらいだからな。

 

「このあとどうなるの?」

「衛星?からの報告待ちだが、最悪だけ考えておこう」

「最悪って?」

「どれくらいの範囲かわからないが、転移したということ。そして戻れるかどうかわからないこと」

「そんなことある? というか、戻れないの?」

「転移なんて俺も信じてないし信じたくない。だが、一番悪いことを考えておけば、後はなんとかなるだろう」

 そうだ。大規模停電、通信障害ならそのうち東京や他県から救援が来る。

 関東一帯がダメになったって、東北も上越も中部もある。

 東日本がダメでも西もあれば、日本がダメなら海外がそのうち助けに来てくれる。


「電気もだが、通信がダメだと情報がない。だから判断できない。甘く見てると後々まずいことになる」

「後々?」

 電気がとまればインフラが使えなくなる。

 店だって開けられないだろう。

 直すにしても通信が復旧しなきゃ修理の依頼さえできん。


「今日だけならいい。だが、明日以降まで続くならすぐに騒ぎ出すぞ」

「そんなに? だってすぐ直るでしょ?」

「わからん。だから最も悪いことだけ考えておく。転移とか不思議現象じゃなければきっと復旧される。だからそっちは考えなくていい。だが、衛星?が本当のことを言ってるなら、復旧のめどなんか立たない」

「衛星って言ったってスマホで話しただけでしょ? 信じられるの?」

 説明するのももどかしい。

 技術的な面も違和感も。

 だが、彼女も不安モードに入ってしまったら何もできなくなる。

 妻だけじゃない。人々が一斉に不安を覚えたら震災の時の比じゃなくなる。

 

「店が開かなきゃ買いだめが始まる。長引けばよからぬことを考える者も出てくるだろう。その時警察がきちんと動いてくれる保証はない」

「連絡できないと、そうなっちゃうわね。そうね。うん」

 おや? 彼女が普段とは違うな。


「ちょっと近所に声かけてくるね」

 どうした? 俺とおなじで近所づきあいは得意じゃないはずだ。


「なんて声かけるんだ? 衛星のことはまだ話すなよ?」

「言わないわよ。いつもと違いませんかって」

「ああ、それで?」

「お隣さんが班長さんだから、早めに町内会に声かけてもらおうと思うの」

 町内会? 会費で飲み食いするだけの集い? 若者がほとんどいない、あの町内会?


「ああ、そうだな、それがいいと思う」

「うん、武器とか持って行った方がいい?」

「はは、まだ大丈夫だろ。それよりもあんまり深く話すな。ちょっとおかしいから停電が長期化した時のために連絡網の確認や人の手配がつくか、それぐらいでいい」

「わかった。行ってくるね」


 珍しいが、積極的な彼女なら大歓迎だ。

 結婚して二十年以上経つが、まだ知らない一面があったらしい。

 こういう時は、彼女の方が強いようだ。

 

 そして自分を見れば、55にもなってなんと子どもなことか。

 反省しなきゃならんな。

 せめて彼女や猫たちが不安にならないよう、虚勢を張れるだけ張りましょうかね。

 

「にゃあ」

 はいはい、大丈夫だよ。

 

 心配すんな。


  * * *

 【同日 午前9時 九十九里浜 男性】

 

 ありゃ。海がいつもと違うね。

 孫たちが学校に行ってる間に、何かできないかとおもって家を出たが、何したらいいかわからんかった。

 

 海の様子でも、と思って見に来たが、こりゃなんかおかしい。

 凪だ。

 遠くまでずっと。

 船すら見えん。

 

 海の色も普段とは違う。

 なんて言えばいいんだ?

 水はきれいだが、沖の深い海を思い出させる色だ。

 

 九十九里は南国と言うには微妙だが、遠浅でいきなり深みになるような浜じゃない。

 だが、浜から数百メートル先の色は、昔乗ったフェリーの海を思い出す。


 それほど深い青をしている。

 だが、そう見えるってだけだ。

 

 停電とは何の関係もないだろう。

 

 一応駐在さんには声かけてみるか。

 海に入る人が出ないようにって。

 

 昨日の予報では今日は晴れだったんだがなあ。

 

  * * *

 【同日 午前9時30分 山武市 女性】


「今日は会社休みなの?」

 夫は家を出るか迷って、まだ同じことをぐるぐる考えてる。

「連絡がとれないんだよ」

 普段から優柔不断な人だけど、こういう時にこの人の弱さが出る。

 結婚する前は威勢のいいことばかり言ってたのに。


「私はいいけど、家にいるならちょっと手伝って?」

「え? 何をすればいい?」

 いつもそう。自分から積極的に手伝うこともない。

 頼めば「どうすればいい?」って聞いてからじゃないと動けない。

 ちょっとイライラする。

 

「洗濯したいけど電気がないから手洗いするの。物置からお風呂場にタライを持ってきておいて」

「あ、うん。わかった」

 仕事に行かないなら、今日は主婦の大変さを教えてあげないとね。

 少しは子どもたちにも働くお父さんを見てもらわないと。

 

 そういえば学校はどうなったのかな?

 


  * * *

 【同日 同時刻 松戸市 三星】


 まだ衛星は答えを返さない。

 時間だけが過ぎていき、頭の中で整理しなきゃならんことが増えていく。

 

 そして目をそらしてた一つのことが思考を占める。

「観測、報告か」

 誰に? いやどこへだ?

 

 衛星は自然発生した存在じゃないだろう。

 自分で自分を造り、勝手に想像を巡らせている存在じゃなければ、誰かもしくは何かに造られ、命じられてこの空の上にいることになる。


「衛星?って呼んでいいのかな?」

《なんでしょう。三星》

「そういえばそちらを呼ぶときの固有名詞、呼称がなかったと思ってね。仕事と並行して会話は可能かい?」

《会話は問題ありません。更なる分析などは時間を要しますので、優先順位をつける必要がありますが》

 分析だか解析だかわからんが同時並行でいろいろできるんだろうな。

 

「ほんで、なんて呼べばいい?」

《私を示すコードはありますが、あなた方の言語とは異なるため発音や認識が難しいかと。三星が固有名詞を設定してください》

 名づけか。最後に名付けたのは今いる一番下の姉弟猫だったな。

 よし。俺のセンスを見せつけてやるぜ!


 浮かばん。

 なんでもいい気がしてきた。他に考えるべきことが多い。

「いろいろそちらのことを聞いてから決めたいところだが、今はそれどころじゃないな。とりあえずで申し訳ないが、サーチャーをもじってサッチーでどうだろう?」

《サーチャー、探索者という意味ですか? 私は構いません。以後私の固有名詞はあなたが変更するまでサッチーとします》

 監督の奥さんとか、外国の女性首相を思い起こすが、たぶん、衛星も雰囲気的に女性だろう。女性の方がいい。男はダメだ。

 いや、男でもいいし、彼女に性別があるわけがない。彼女って言っちゃってるし。

 

「観測者のオブザーバーの方が良いのかも知れんが、なんかそれだと第三者というか、役職定年の爺さんみたいでな。サッチーは第三者でも爺さんでもなかろう」

 俺の足りない知識では、そんなことしか思い浮かばない。

「それでだ、早速で申し訳ないが、機密じゃなければ君が報告する先のことを教えて欲しい」


《判定します。少しだけお待ちください》

 判定か、機密に触れる可能性があるのか?


《お待たせしました》

 いや待ってないよ、早いよ。

「うん、それで答えられる範囲で良いよ?」

《情報ターミナルです。私の観測情報はそこへ送信します》


 間違ってはいない。正しいと思う。だが、そうじゃない。そうじゃないんだよ。

「サッチー、それは何となくわかる。だが、俺が知りたいのはその先だ」

《わかります。支配的存在のことですね》

「わかってて言ってるのか。存外意地悪なんだな」

 意地悪と言ったがそんなことはないだろう。

 秘匿すべきか、人間とは違う存在なのか、明かしてよいのか予防線を張ってるんじゃないかな。

 

《生命体かどうかということですね。私にはわかりません》

「わからない?」

《私が記録を開始したのは天体の上空からです。それ以前の記録はありません》


 万に一つにも、支配者?の情報を他の存在に漏らさないためか?

 だが、送信している以上、送信先の情報は保持してるだろうに。

「母星とか、支配者の情報は持ってるのかい?」

《母星の位置情報は保有しています。また支配的存在の情報も同様です》

「位置とか今言われてもわからんし、仮に知ったところでそこへ行く術も連絡手段もない。だがその存在の情報は知りたい」

 送信先だけじゃなくサッチーの所有者情報も持ってるとは驚いた。

 じゃあ何をしてるんだ? サッチーの役割ってなんなんだろう。疑問ばかり増えていく。


《今は答えられません。情報の公開には承諾が必要です。申請は送信しました》

 手遅れだったか? もう俺たちのことがその支配者に知らされている。

 だが、今は答えられないと言ったな。そして承諾が得られれば答えられるってことだな。

 得られなきゃずっと秘密のままだろうが。


《三星、今はそれよりも、あなたがたが何者で、どの範囲に出現したかを明らかにする必要があります》

「そうなのか? そうだろうな。観測者だもんな」

《解析に影響が出ない範囲であなたとの会話は継続できますが、集中した方が答えが多少早まります》

「わかった。邪魔してわるかった。また質問するかも知れんがよろしく頼むよサッチー」

《承りました。三星》


 俺たちの状況がわかれば、最悪のポイントがある程度確定できる。

 これ以上の最悪はないと願いたいね。

 

 


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