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ep.03 報告


  * * *

 【同日 午前8時すぎ 松戸市 三星】


「突然現れた? 俺が?」

《あなたの発信源だけではありません》


「複数? というか、どうやって数えたんだ?」

《数は観測できません。ですが、観測範囲に存在しなかった地形と多数の人工建造物が出現しました》


 出現ってどういうことだ?

 地殻変動? プレートテクトニクスで突然どこかに移動したのか?

 タイムスリップ? 異世界?

 いやいやまさかそんな。

 

「どれぐらいの範囲ですか?」

 範囲って距離とか面積とかわかるんかな? わかるか。日本語わかるんだから。

《観測します。完了後、あなたに報告します》


 PDFはもう送れないんだろうな。

 今月の下版、どうしよう。

 

  * * *

 【同日 午前8時 中央区警察署 巡査部長】


「本部と連絡はとれたかぁ」

 電話がつながらない。スマホもだめ。

 電気もつかない状態で何とか非常電源を立ち上げ、無線連絡を試みること一時間。

「はい、ようやくとれました」


 やっとだよ。停電だから早めに来てみたら、通信もできないとは。

 スマホは得意じゃないから署にきて初めて気づいた。つながってなかったな。


「で、なんだって? 指示は?」

「本部でも状況がつかめないそうです」


「かなり広域の停電なのかね。通信もできないなんて滅多なことじゃないだろ」

「とにかく、信号関係が復旧するまでは交通整理に努めよだそうです」


 そんなこと言ったって管内にどれほど主要道路と信号があると思ってるんだよ。

 全員を休日返上させたっておっつかないし、復旧のめどが立たないならいつまでやればいいかわからんだろ。


「仕方ない、回せるパトカーはあらかた出しとけ」

「いいんですか?」

「良いも悪いもない。ただ、交通整理だけじゃない。停電による略奪防止の警戒だ」

「略奪……かしこまりました。交番を含めて連絡しておきます」


 交番はいいが、駐在所とかどうするんだ? 一人しかいないところもあるぞ。

 とてもじゃないが回しきれない。


 新人が入ってきた。今度はなんだ?

「部長、留置所の件ですが」

「留置所がどうした?」

「釈放しろと騒いでます」


 停電したから釈放ってどんな法律だよ。

 だが、確かに勾留期限が迫っているのもいるな。

 電気がつかなきゃあんな奴らでも怖いのかも知れんな。

 

「停電は釈放の理由にならん。まずは落ち着かせてこい」

「わかりました」


 自分で言ってて思ったが、これって普通の停電なんだろうか。

 

 いや、ちょっとだけ規模の大きい停電だ。じゃなきゃ今後どうしたらいいかわからん。

 こんな時に限って署長は他県へ出張。

 副署長はいるが、何かにつけて本部の判断を待ちたがる。


 今できるのは犯罪を未然に防ぐ。ただそれだけだ。

 なんだいつも通りじゃないか。


 今日は早めに帰りたいな。


 * * *

 【同日 午前8時30分 松戸市役所】


「まだ電気はこないのか!」

 いや、叫んだって復旧しないっての。


「しません。電力会社とも連絡がつきません」

「電力会社へ職員を行かせろ! 県庁とも直接連絡を取れ!」


 誰を行かせて、何て言うんだよ。

 県庁?ここからどれだけ時間がかかると思ってるんだ?

 通信できないんだから車で行くしかないだろう。

 お前が騒いでるんだから直接行ってこいっての。


「朝からご苦労さんだね」

「あ、室長。おはようございます」

 市役所勤務25年の室長のご登場。ようやくあのうるさいのを任せられる人が来た。

 

「状況はわかってる?」

「わかりません。わからないことがわかってます」

「そりゃ面白いね。わからないことがわかってるか。うん哲学だね」


 面白いか? 皮肉のつもりでもなかった。

 まあ八つ当たりみたいになっちゃったけど。

 いつもこんな感じで飄々と、うるさい人や騒ぐ人を処理してくれるから助かってはいるんだが。


「さて、とりあえず消防とインフラだけでもチェックしよう。すまないが副市長さんの相手をもう少しだけ頼めるかな」

「え? わかりました」


 正直もう勘弁願いたい。朝からずっと騒ぎっぱなしで顔も見たくないんだ。


「防災無線は確認した?」

「いいえ。朝からあの人の相手でそれどころじゃなくて」

「そうか。じゃあすまない、私が見てくるよ」


 エスケープか?いやあの人に限ってそんなことはないな。

 まあしゃあない。あともうちょっとだけうるさい奴の相手をするか。


 あー面倒くさい。

 

 * * *

 【同日 同時刻 松戸市役所 今やる室 室長 49歳 男性】


 ふむ。これはただ事じゃないな。

 長年の勘が私を動かす!

 なんて、そんな勘が働いていたらもっと昇進してたんだろうな。

 

 上司の相手を若いのに任せてしまった。申し訳ないとは思う。

 だが、市民が困らないように動くのが地方公務員の役割だ。堪忍してくれ。


 連絡がとれないのは仕方ない。だが、少なくとも火事や病人などの手配をどうするかだけでも考えないと、それも早急にだ。


 電気も通信も使えないか。

 あの災害の時でさえ、どこかで日常に戻ると思えた。

 今回は、その根拠になる情報さえない。全く見えない。

 

 異常時における群衆の心理。

 不安からくるクレーム、交通の麻痺、国の対応の遅さもあったな。

 

 新型ウイルスの時だって、数年に亘ったが元に戻せた。

 物資の不足。特に海外製品が入らないという心理的不安も強かったよな。

 

 だが、今回はどうだ?

 停電、通信切断。

 今はこれだけだ。

 これだけと言っていいのかわからない。

 おそらく長引けば長引くほど困難は増えていく。

 

 情報が伝わらないのがどれほど恐ろしいか。

 一つの噂が瞬く間に広がる。

 それも口伝のみでだ。

 一が百にかわり、嘘を嘘と判断できなくなる。

 

 買いだめは起こるだろう。

 水・食料、燃料か。

 

 ああ、考えるといろんな人に頭を下げて回らなきゃならないのが容易に想像できる。

 

「今やる室」は、かつての「すぐやる課」を改組し、現在の情報化社会と新たな問題に対応する部署だ。

 それまでも市民からの直接の通報に一つ一つ対応してきたが、そのたびに各部署の調整や様々な問題が噴出したため、今の市長が権限を大幅に増やした。

 それでも私がそれぞれの部署に出向いて頭を下げて助けてもらっている。

 

 だがある意味、朝から騒いでいる副市長よりは、やれることの範囲と行動力が違う。


 その権限を、今こそ使おうじゃないか。

 すぐやる。

 順序は整理するにしても、市民の安全、病院や公的機関の対応、あとは長引いた時のための備蓄か。

 

 誰も何も決められないだろうな。

 決めるための情報が入ってこないんだから。

 

 連絡体制をどうするか、いや、先に市民の不安だ。

 忘れるな。私は市役所の人間だ。

 

 そうだな、防災無線を使うしかないか。


 ただ、使うにしても勝手には使えんな。

 市長に話を通さないと。緊急時用のものだが、緊急事態かどうかの判断は市長がしなければならん。

 下っ端の私がやっていいものではない。

 許可はとらなきゃダメだ。お役所だからな。

 面倒でも、市民のためだ。


「失礼します」

「おはようございます。橘さん」

 市長室には若い男が機能的な椅子に座っている。

 

 彼が見ているのはなんだ?

 市の関連施設のリストと市内の地図か。


「市長おはようございます」

「状況はどうですか」

「わからないことがわかったそうです」

「なんですか?それは」

「いや、お気になさらずに」


 哲学とか感情とかは、あまり気にされない人だよな。

 割り切ってるというか合理的というか。


「ところで市長」

「なんですか?」

「防災無線の使用許可をいただきたく思います」

「防災無線?うん。なぜ?」


 さて、理詰めでいくか、市民感情でいくか。正直に話すのが一番伝わりそうだな。


「確認はとれませんが、夜中からの停電は復旧の見込みも立ちません。また通信も回復しません」

「そうですね。で?」


「消防への電話回線も庁内回線も途切れています。せめて火事や病人への対策を示しておかないと、停電による二次被害が想定されます」

「ふむ。少しだけ考えさせてください」


 よし、考えるフェーズに進んだということは前向きだな。

 合理性が高いというのはこういう面で分かりやすくて良い。

 結局、行動や顔に出てるのを知らぬは本人ばかりなり、だな。


「わかりました。準非常事態宣言として取り扱いましょう」

 準ってなんだ?そんなの条例でも取り決めはなかったはずだ。


「準?そんなのありましたか?」

「条例上の宣言ではありません。市独自の暫定対応区分とします。いわば市長権限です。市民の生活を守るために状況が判断できない今できるのは、可能な限り二次被害を防ぐことです」

「わかりました。ありがとうございます」

「いいえ、こちらこそ提案ありがとうございます。早急にはじめてください」

 話が早くて助かる。


「橘さん。準非常事態宣言の間、今やる室を庁内の連絡調整窓口に指定します。今書類を書きますのでそれを持って行ってください」

「連絡調整窓口ですね。私の判断で動いてよいと?」

「はい、後始末は私が引き受けます。市民の安全のためにあなたが中心となって動いてください」


 責任が重いな。

 彼も若いゆえに不安な部分もあるんだろう。

 だが、期待に応えようじゃないか。


「橘さん。消防と連絡ってとれませんか」

「いえ、今のところはできませんね」

「駅周辺やマンションのエレベーター」

「閉じ込めですか」

「はい」


 見逃してた。これはまだ他にも見落としがあるな。落ち着くんだ橘忠雄。

 

「急ぎ人を出します」

「人を出すついでと言ってはなんですが、警察と消防に連絡員を2名ずつ市役所へ寄越すよう依頼してください。通信機持参で」

「わかりました。失礼します」


 連絡がとれなきゃとれるようにするまでか。2名いれば一人が動いても市役所には誰かが残る。

 報告も連絡もできるか。

 

 市長も今気づいたらしい。

 だが、気づいた瞬間に決められる。現場もわかってる。

 この人を信頼するしかないな。

 

 市長室を出て、急ぎ足で今やる室へ戻った。

「あ、お帰りなさい室長」

「立て続けですまないが、よそから人を借りても良いので、消防へ行ってください」

「消防ですか?」

「停電、エレベーター、閉じ込めです」

「あ、そうですね」


 消防本部、警察、どこまで人を送る?

 通信機持参してもらい、こちらの職員と入れ替わりで連絡員を市役所へ送ってもらえばいいか。

  

「すまないが、車使っていいんで、あなた方と入れ替わりで消防と警察から二名ずつ、通信機を持った連絡員を市役所へ送るよう要請してください」

「警察と消防から二名ずつ、通信機を持った連絡員を要請ですね?」

「はい、市長から準非常事態宣言が出されました。後ほど防災無線を市内に放送します。あなた方が到着する頃には、放送と前後するかもしれません」

 消防の出動状況と警察との連携、あとは在宅療養者をどうするかだな。

 リストはどこが持ってる?

 

 まずできることを一つずつ指示していこう。

「エレベーターの閉じ込め情報についても、確認を急いでください。また市内の病院、老人福祉施設、在宅療養者などの対応について、可能な限り迅速に動けるようにしてください、と」

「準非常事態宣言?わかりました。停電の対応だけじゃなくて、病院関係への対応もですね?火災とか事故はどうします?」

「火災と救急を優先しつつ、エレベーターの閉じ込め情報の確認も急いでください。警察には道路規制と避難誘導の連携を依頼しましょう」


「わかりました。すぐに出ます」

「はい、あと、あなた方の安全を最優先で。事故を起こしたらあなたを助けにいけるかどうかもわからないんですから。落ち着いてね」

「はい、ありがとうございます!」


 気づくことがたくさんあるな。そうか、人を介すると情報の伝達速度はとてつもなく遅いんだな。

 あと見落としはないかな。


 見落とし、見落とし。


「水だ!」

 困ったぞ、今はまだ出ている。だから見落としてしまった。

 だが、非常電源がどれくらい持つのか?

 最悪、上水は給水車で一時的に、しかも部分的にしのげるとしても下水はまずい。

 中継ポンプが止まったら? 止まったままなら、低い地域から汚水があふれる。

 

 本当に停電は復旧しないか?

 待つか?

 どうする?

 

 ダメだ、待つのは選択肢から外す。

 

 だが、どうする?どうすればいい?



 

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