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ep.02 休日か、待機か


【4月20日 午前6時30分 JR駅改札 会社員 男性】

 

 結局家を出るまで電気はつかなかった。バスは動いていたからとりあえず駅には来られた。だが、改札の前にはでかでかと手書きで「停電による運転見合わせ」と貼りだされている。

 電話もつながらないから上司に連絡できない。朝一の会議ももう間に合わないな。

 ブラック企業ではないと言いたいけど、限りなく真っ黒に近い中小企業。無断欠勤は査定に響きそうだ。


「すみません、再開見込みってどうなんですか?」

 駅員に声をかける。

 

「申し訳ありません、なにぶん他の駅も停電で車両基地から出発できていないようなんです」

 JRは連絡できてるのか。発電設備あるのかな。でも大変そうだな。確か駅に泊まって交代とかだっけ。


「仕方ないですね」

 そう言うしかない。

 

 社畜としては運転再開まで駅付近で待機したいが、自販機も朝からやってるはずの店も開いてない。

 線路が見える公園あたりでおとなしくしてるかね。

 

 転職しようかな。


  * * *

 【同日 午前7時 浦安 高校生 女性】

 

「おかあさん、今日は休んでいい?」

「連絡網も回ってきてないからとりあえず行っておきなさい」

「えーお弁当はできてるの?レンジも使えないんでしょ?」

「ガスは使えるから湯煎していろいろ作ったわよ。いつもと違うけど文句言わないでね」


 隣の家も電気ついてないみたいだから家だけじゃないみたいだけど。

 スマホもタブレットもつながらないから何もできないし。

 まあダウンロードした音楽は聴けるからいっか。

 新着の曲まだ落としてなかったな。


「学校行くけど、塾とかはどうすればいい?」

「そっか、電話できないもんね。そのうちつながるかもしれないからつながったら連絡して」

「えー、じゃあ繋がらなかったら帰ってきていい?もしかしたらそのまま遊び行くかもしれないけど」

「繋がらなかったらね。でも連絡できないんだから、先生に指示を受けたら帰ってらっしゃい」

「ちぇー」

「ちぇーじゃないの。まったく。来年は受験なんだから勉強しないと」

 

 勉強はするけど、せっかく新学期が始まって新しいクラスにも慣れてきたところなのになあ。

 先生が来てなかったら休みになるかな。なるといいな。

 

 あ、お隣さんの小学生も出てきた。学校行くんだね。

「おはよう」

「おはようございます」

「えらいね、学校休みじゃないんだ」

「はい、連絡ないからとりあえず行きなさいって。お母さんが」

「うちもそうだわ、休みたいよねえ」

「そう、ですね。休みたいけど、私立の受験もあるし」

「そっか、頑張ってね」

「はい、ありがとうございます。お姉さんも気をつけて」


 えらいね。私より学校にいくのがつらそうなのに。


 ああ休みたいなあ。

 

  * * *

 【同日 午前7時30分 市原 コンビニ店長】

 

「このままだと冷凍のものは全部だめになりそうだね。これって補償されるのかな」

 

 バイトの留学生君が夜中に家に来た時は驚いた。ただの停電だと思ったけど、彼はどうしていいかわからないようで、仕方なく一緒に店へ来た。

 バイトの数が足りないから、昨日だって22時まで私が入っていたのに。

 次のシフトは誰も来てない。

 

 お客さんは何人か来た。停電でレジが使えないから電卓で計算しておつりは手渡し。

 袋はサービスでつけた。


「店長さん。私もうあがってもいい?日本語学校の時間」

 留学生君は6時までのシフト。次の子たちが来ないから頼み込んで残ってもらったけど、彼も一晩丸々だもんな。


「あ、そうだね。無理言って悪かったね。ありがとう。もうあがって。タイムカードを持ってきてね。私が時間を書くから」

「わかりました。店長さんもお疲れ様でした」


 流暢ではないけど丁寧な日本語で答えてくれる。勉強しながら働くんだよね。えらいよなあ。


 さて、店か。

 私一人では回せないし、レジもつかないし。

 閉めちゃおうかな。本部に文句言われるのかな。


 冷凍ケースの霜が溶け出し、バックヤードまで水が来てる。なんとかしないとな。

 次のバイトも来なさそうだから貼り紙して休んじゃおうかね。

 仕方ないさ、売り物がどんどんダメになってくんだから。

 

 店、失敗したかな。


  * * *

 【同日 午前8時 松戸市 自営業 男性】

 

「ああ、つながらん!」

 寝れないじゃないか。

 頼むから寝かせてください。お願いします。


 情報が手に入らない。

 近所づきあいなんてほとんどないからよその家の様子はわからない。

 車もあまり走っていないようだ。


「お父さん、寝てないんでしょ?少しだけ横になったら?」

「寝たいけどさ、なんもできないんだよ。校了も近いし今朝送らないとお客さんも困るだろ」

「うん、わかるけど、30分でも横になったら?起こすから。それぐらいならいいでしょ?」

「うーん、寝たいんだけど、もう目が覚めない気がする。それぐらい眠い」


 妻は俺を気遣ってくれているが、さすがにネットが使えないだけで焦っているわけじゃないんだよ。

 電気はやばい。ガスはプロパンだから当面は持つ。

 食事も冷蔵庫はダメでもストックが多少あるから復旧するまでの数日は大丈夫だろう。

 だが、もし復旧しなかったら?と考えるとPDFを送るとか言ってる場合じゃない。


「お母ちゃん、カセットボンベって在庫あったよね?」

 妻は割と気楽に考えているようだが、いやな予感が強くなってきてる。

「卓上コンロの?めちゃくちゃあるわよ。使用期限は過ぎてるのもあるけど」

 ネット通販のセールにのっかって買ったはいいものの、夫婦二人だけの生活の今はそんなに使うもんじゃなかった。もしかしたら危険物取扱?の資格が必要なぐらい在庫はあるかもしれない。必要なのかな。気になるけど検索できないし。


「猫ごはんとか砂は大丈夫?」

「週末に買いだめしたから大丈夫。2週間は持つわよ」

「水道は出てる?」

「出てるけど、なんか弱い気がするの。」


 うちには猫が3匹いるため、食費やトイレ用の砂も馬鹿にならない。

 だが奴らも俺にとっては妻と同じくらい大事な家族だ。

 

 水も循環の奴を使ってるけど、電気がないから今はモバイルバッテリー駆動だ。

「そっか。バッテリー関係、全部出しておいてね」

「はいはい、お父さんは心配性ね」

 心配性?いや、いやな予感は消えないんだよ。


「あ、水が出てるうちに風呂にためておいて、あと、できれば鍋とか水ためられるものには全部、面倒かけてすまないけど」

「お水も?そんなに心配なの?わかったやっとくね」

 

 情報がない、電気がない。たったそれだけなのにこんなに不安になるなんて。


 携帯も衛星拾わないし。


 拾わない?

 あれ、拾ってる。しかも接続先不明の一つだけ。

 

「お?」

「どうしたの?」

「携帯が衛星の電波拾ったんだ」

「衛星は生きてるのね?」

「はは、そりゃ宇宙までは停電しないだろ」

「それもそうね」


 せっかくつながったんだ、なんでもいいから情報が欲しい。


 ネットにはつながらない。

 だが、なぜかテキストは送れそうだ。


 衛星通信アプリから、登録しているアドレスが選べる。

 どういう原理だ?

 

 そして重大なことに気づいた。

 スマホの充電が切れそうだ。もう10%もない。

 手に持った端末はほんのりとは言えないぐらいの熱を持っている。

 最後に見た時は90%だったよな?

 

 そんなことはどうでもいい。今は、せっかくのチャンス。さて、どこに繋ぐ?

 数少ない友人、と言えるか微妙な仕事関係の彼に送ってみるか。


「松戸、停電してます。そちらはどうですか」

 さて、どうなる。

 

《26494 25144 12289 20572 38651……》

 数字?ポケベル?いやこんな時に悪い冗談はやめてよ。

 

「三星です。そちらは大丈夫ですか」

《19977 26143 12391 12377 12290……》

 え?こんな悪ふざけする奴だったか?

 

「まじでやめてください。こちらは電気、通信が使えません」

《……》


 もうだめだ。

 こんな人とは思わなかったな。

 他に送れる人いたかな。

 ああ友達いねえ。


 

 あ、息子に送るか。あいつも都内だから似たようなもんかもしれないが、松戸だけかもしれんし。

「おーい。ちょっと大変、返事ください」

《……》


「息子さーん。親父です。まじでふざけないで」

《……》


 え?息子はさすがにふざけないよね。あっちもトラブルなのか?

 あ、返事来た。

 

《言語体系の暫定解析を完了しました。以後、音声入力を受け付けます》

 へえ今時の衛星通信は音声入力まで受け付けるんだ。

 ってそんなわけあるか!

 

 とは言え、直接話ができるならまさに話が早い。

 

 

「私は三星一樹です。55歳です。独身です。嘘です。妻と猫3匹がいます」

《三星一樹。55歳。嘘つき》

 いや、ちょっとそれはあんまりです。私が悪いんですけどね。

 というか、俺は音声で、相手はテキストメッセージ。学習してるってことか。うん。

 呑み込みの早い俺はえらい。うん。えらい。


 落ち着こう。


「あーあなたは日本人ですか?外国人ですか?それとも宇宙人?」

 話しながらアホなことを言ってると思う。だが、仕方ない、今頼れるのはここだけだ。

 通信ができない状況で悪ふざけする人はいないと思いたい。


《その分類を理解できません。私は惑星間ネットワークの構成要素です。観測し報告します》

 ネットワークの構成要素?どういうこと?いや、どういう意味?


 そして、確信した。

 これ、少なくとも端末から一字ずつ入力してないな。音声入力だってこんなに素早くは反応しない。

 

「AIとかですか?」

《AIの意味を正しくは理解できませんが、自律型の通信端末の一つです。観測し報告します》

 

 質問も気になるが、反応の速さに思考が持ってかれる。

 衛星通信なら多少のラグは出るだろう。でも全くない。俺のスマホが今まさに答えているように思えてしまう。


「演算処理と観測・通信機器の複合体のようなもの?」

《演算方法は、あなたの端末が使用する数値処理とは異なります。ただし、観測結果を処理し、通信するという理解はおおむね正しいです》


 自律型観測衛星みたいなもんかね?

 もうレスの速度も気にしない。


「理解が追いつかないけど。あ、あなたはなぜ私が話す言葉を理解できるんですか?」

《端末内の情報を解析しました。またあなたと別の発話者の会話を収集しました》


 個人情報保護法は衛星にも適用されるのかね?

 されないだろうね。衛星は普通自分で何かをしないもんね。


「少し、整理させてください。あなたは私の携帯端末から情報を抜き出し、通信の許可も与えていないのに勝手に傍受したんですね?」

《正しくは勝手にではありません。あなたが私にアクセスを試みたので反応しました》

 夜中から何度も衛星探したから?

 でも別に知らない衛星、ましてや勝手に盗聴とかするような衛星に繋ごうなんて思ってないよ。


「ということは、私が最初にあなたにアクセスしたから、あなたが反応したということ?」

《その通りです》

 俺が悪いらしい。でもいい。情報は得られる。


「いくつか質問してもいいですか?」

《保有する観測情報から回答可能です。ただし機密情報を除きます》

 機密とか穏やかじゃないな。某国製の高性能監視衛星とかだと困るな。

 少なくとも今は日本語で会話できる。「解析」なんて使うぐらいだ。


「あなたは地球を周回する衛星ですか?」

《その情報はわかりません。あなたの質問は私の位置の開示ですか?》

 質問に質問を返されるのは質問が悪いんだよな。聞き方が悪いのか。だが何を聞けばいいんだ。


「そうです。でもわかりました。あなたは地球もアジアも日本も知らないですね?」

《地球、アジア、日本はあなたの端末の情報から抽出しました。知識としては保有しています》

 抽出しないで欲しい。頼む、つい見ちゃったサイトのURLとか決して抽出しちゃいけない。絶対にだ。


「ちょっと情報をすり合わせましょう。あなたは人間ですか?」

《取得した人間の定義と、私の構成は一致しません。おそらく違います》


「あなたの体を構成する物質は何ですか?」

《体?構成ということは私の主体とするなら、合金・金属で通じますか》

 

 睡眠不足だな。思考がどんどん遅くなっていく気がする。

 何を聞けばいい?

 

 そうだ。スマホの情報を見れば、表示言語は学べるかもしれない。

 超高性能AIとかスパコンなら短時間でもできるかもしれない。

 だが、俺たちの声と文字をどうやって結びつけたんだ?

 

「さっき端末から言葉を覚えたと答えたけど、文字はともかくとして俺の声までどうやって理解したんですか?」

 そうだ、スマホの中の情報を見たって表示言語は学べても音声言語はわかるまい。

 

《端末内の文字情報、入力辞書、音声変換情報を解析しました。解析には端末の演算機能の一部を使用しました。また、あなたと別の発話者の会話は、音声との対応確認に使用しました》

 一つ謎が解けた。

 衛星の野郎、俺のスマホを勝手に使って解析してたのか。そりゃ充電もなくなる。

 

 ほかに何を確認するか? いや、何を聞けばいいんだ?

 ちょっと怖くて聞けないが、聞かなきゃ始まらないし。

 聞いたって始まらないかもしれない。

 だが、今のままじゃダメだ。進めない。

 

《あなたは、一体どこから来た》

 逆質問がきたね。それもど真ん中のストレートだ。

 だが、それは一番の核心だろう。


「どこからも来ません。三十年以上ここに住んでいます」


《いいえ、あなたがたは突然現れました》


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