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第一章 ep.01 日常の終わり


  * * *

【4月20日 午前3時 松戸 自営業 55歳 男性】


 ようやく今月号の編集にも目途がたった。

「さて、PDFをクラウドにあげて、メールしないとな」

 妻が二階で寝ているのにも関わらず、独り言が出てしまう。


「オーケー書き出しは終わりっと。PDFをアップしよう」

 

 ブラウザを開くが、未接続の表示。

「あらら、またケーブルかハブが逝ったかな?接続しなおすのも面倒だから携帯からつないで送ろうかね」


 通信量は増えてしまうが、ほんの数メガだ。今は早く送って寝たい。

 だが、端末もアンテナは立つものの繋がらない。

「携帯もだめ?どうしたんだろ。太陽フレアとかなんとかの影響あるのかね」

 

 仕方なしに最後の手段である衛星通信を使うことにする。

 趣味でもなく、ほんの気まぐれで取り入れた衛星通信接続機器。無駄な投資だが、個人事業主の経費として計上することで、なんとか自分への言い訳としたものだ。

「ようやく日の目を見るな」


 苦笑しながら衛星通信にトライ。だが、衛星を捕まえられない。

「おいおい、まじで勘弁してくれよ。何のためにこれを入れたかわからんじゃないか」


 衛星を探す、探す。だが衛星は見当たらない。

「いや本当にやめてください。朝起きる自信ないよ。今送らせてください」

 

 手段が尽きる前にAIを立ち上げる。Webサービスではない。自宅で構築したものだ。

「状況としては、回線がすべてつながらない。これだとアホみたいにリセットしろって言われそうだな。面倒だけど全部説明するかあ」

 

《ネット回線の不具合に関する相談をします

 ・LANは生きていますが、その先のネットワーク通信を認識しません

  PCの設定画面などでチェックしましたが、ONUまでは問題なしです。リセットもかけました(嘘だけど)。

 ・携帯端末もアンテナは立ちますが通信が全くできません。

 ・衛星通信も衛星を捕まえられません。

  この状況下において、どこに問題があると想定しますか?

  また、その対応策はありますか?》

 

「さて、何と答えるかね」


 しばらく待つ。高性能とは決して言えないが、顧客の情報漏洩を防ぐために作った環境だ。やむを得ない。通信ができないこんな状況にはもってこいだ。


「お、回答がはじまった」

《お答えします。

 ・ネットワーク障害の可能性があります。

  光通信、携帯通信、衛星通信のすべてが一度に使用不可になる可能性はとても低く、偶然と考えるには情報が足りません。

 【推奨】

 ONU、LANハブ、PCの再起動をおすすめします。

 また、再起動をする前に、ケーブルを一度すべて外し、接触などの不具合がないか確認してください。

 再起動の手順は……》

 

「役立たずAIめ。はあ、一応リセットするしかないか。たまたますべてがつながらないこともあるさ」


 面倒を思いつつも、律儀に再起動をするのは早く寝たいからなのか、一抹の不安からかわからないが、「もしかして?」という思いは断ち切れなかった。


「衛星拾うまでは携帯いじっておくかね。はあ、マニュアルもWebなんだよなあ」


  * * *

【同日 午前3時50分 房総上空 自衛官 男性】


「ほんとに真っ暗だよ」

 警報で叩き起こされて緊急哨戒を命じられた陸自ヘリパイロット。


「そっちは何か見えるか?」

 同乗者に問いかける。

「いえ、散発的な明かりはみかけますが、車か非常時の自家発電に見えます。断定できませんが」

 房総半島の南側は確かに人口密度は低いがそれでも駅周りにはそれなりに人は住む。


「先輩、事故がいくつか起きてますね」

 信号機も街灯もついていない道路で炎と黒煙のようなものが見える。

「消防も出動してないみたいだな。一応、基地に位置を送れ」

「いや先輩、大体の場所は送れますがウチの地上部隊を回すんですか?」

「要請もないのに出動できるわけないだろ。消防に無線飛ばしてお役御免さ」

 男は何もわからない状況を前に、無駄かも知れないと思いつつも今できることを探す。


「しかし東京も神奈川も明かりが見えんな」

「ほんと真っ暗ですね」

 ミサイルの飛来や、頭のおかしな連中のことが頭をよぎる。だが、爆発や閃光、人が多く集まるような光も見えない。少なくとも大規模な攻撃などではなさそうだ。

 電力関連テロあたりだろうと思いながら同乗者の様子を見る。


「お前肝が座ってんなあ」

「いや、色々考えますよ? 特に家族のこととか」

「まあそうだよな。で基地から返事は?」

 事故を伝えて少し経つが返答がないため、男はどうすべきか考え続ける。


「あ、今入りました。帰投せよだそうです」

 帰れる、という安堵と夜明け以降の慌ただしさを想像し、長い一日になりそうな事態を少しだけ憂いながら操縦桿を握りしめた。


「先輩」

「どうした?」

 地上を見ていた頭をあげて後輩を見る。


「そういえば、船舶見えないですよね」

 あ、通常ならひっきりなしに航行してる船がまったくないな。

「そうだな。停電とは無縁だよな」

 通信は相変わらず基地以外は繋がってない。


「海もだめなのか?海自も哨戒してるのかね」

「どうなんでしょう。さすがに何もしないってことはないと思いますが」

 

 ウチだけじゃすまなそうだな。これ。

 県庁、警察、あとは消防、救急か。

 大規模停電は想定にあったからある程度は対応できるだろうが、これは訓練じゃない。


「しばらく家に帰れないかも知れんな」

「え?休みなし?」

 のんきなもんだ。まあ俺も休みたいが、そうも言ってられなさそうだが。

 

  * * *

【同日 午前4時30分 市原 看護師 女性】


 なんで、夜勤の時に限ってトラブルばかり。

 この間だって救急が三名も続けざまに来て、結局夜勤明けまで全く休めなかったし。


「申し訳ないけどフロアの見回りをもう一度お願いできる?」

 看護師長さんは気安く言うけど、三十分前にも行ったのに。ほとんど息もつけない。

 今はICUにも一般病棟にも、緊急対応が必要な人はいないんだから、そんなに頻繁に見なくたっていいじゃない。

 

「不満が顔に出てるよ。停電はそのうち復旧するだろうから心配ないとは思うわよ。機械の記録が出来ない以上人力で安全を見て回らないとね。大丈夫、すぐ復旧する」

 復旧するって言うけどもう一時間半も経ってる。マニュアル通りとは言え緊急対応が必要な患者さん以外は見回りで確認って。

 

 ボーナスもほとんど出ないから夜勤で稼ぐしかないけど、もう辞めようかな。

 ほんときつい。


 電話もつながらないし。

 朝、日勤の人来られるのかな。


  * * *

【同日 午前4時40分 不明】

 

《人工通信を検出》

《発信源を追跡》

《通信形式を解析》

《既知の言語体系と不一致》

《識別情報および反復文字列を確認》

《サンプル不足。情報収集》

 

 

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