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ep.28 かみ合わない歯車


  * * *

【千葉自衛隊 統合本部 羽生海将】


「報告を頼む」

《順調とは言えませんが、形にはなってきましたね》

《こちらも農作物狙いは後を絶ちませんが警察と協力してなんとかなってます》


 あらかじめ予想されたこと、想定外のことを含め、千葉は少しずつ前に動いている。

 奴に焚きつけられ、尻に火が付いたのは我々だけじゃなかった。

 

 自治体、民間を含め多くが協力的だった。

 もし、あの時点で何もせず対処に徹していたらと思うと……。

 

 奴の発想は、自衛隊の想定とは全く違う。

 あの後、民間で「転移」の専門家が多く出現した。

 その多くは物語の中の出来事。

 中には「俺が勇者だ!」などと言うものまで現れる始末。

 

 一方で、奴と似たような、いや、それ以上の者たちもいた。

 物語と現実をわけて、物語の発想を現実へ正しく置き換えられる者たちからは、得るものが多かった。

 

 学歴や職歴などとは関係なく、冷静に物事を捉える。

 彼らには一時的とはいえ、千葉自衛隊のアドバイザーとして手伝ってもらっている。

 

 だが、奴は我々にはもう意見も言葉も投げかけてこなかった。

 

 橋爪三等陸佐らをつけているので、何をしているかはわかるが。

 

 もう少しだけ、奴の言葉を聞いてみたい。

 

 明日を信じるために。

 

 マングースを寄越されないために。

 

  * * *

【松戸地域(旧松戸市) 地域会議 佐々木議長】


「地域長、足らんな」

「佐々木さん、足りませんね」


 市長だった松井は、そのまま地域の代表として地域長となった。

 そして、その地域長も来年には選挙を行うことが告知されている。

 

「パンはもう作れんなあ」

「米粉を加えたり工夫をしてくれましたが、乳製品が足りなくなりました」


 この一か月、千葉県全域の製品化されていない物資は、地域ごとの人数に応じて割り振られた。

 だが、とにかくバランスが悪かった。

 

「日持ちしないものはどうしようもなかったですからね」

「そうだな。だが見ろ。地域民は一部を除いて文句を言わん」


 最初の一週間、あそこが大切だったとよくわかる。


「まあその一部も問題ですけどね」

「致し方あるまい。文句を言うだけ元気があるんだ。意見の中身はともかくとしてな」


 三星。

 お前はどこまで見ていたんだ?


「あ、そうそう、橘さんから報告がありましたよ」

「なに? それを先に教えて欲しかったぞ」

「気になりますか?」

「そりゃあ当然」


 あの日以降、あいつは我々になんの言葉も伝えてこない。

 だが、多くの断片化された言葉は、専門家たちの原動力になった。

 そして、弱い立場の人たちを守る力にもなっている。


 特に子ども達。

 次代を担う子ども達に、少しでも笑ってもらえるよう、奴の言葉が聞きたい。

 

 奴には「爺さんはすっこんでろ!」とか言われそうだが。

 ワシも役に立つところを見せつけんとな。

 

  * * *

【江戸川第三前線基地 橋爪三佐】


「おい、後は何が必要なんだ?」

「あー、うーん、なんだろうね」


 こいつは、人に命じておきながら……

 

「あー、物資って、どれぐらい分けてもらえそう?」

「長期保存用の備蓄は渡せんと言われた。期限が迫っている戦闘糧食は山ほどくれるそうだ」

「おーいいねえ。食べられるんなら御の字だよ」


 まずいもんじゃない。どちらかと言えばうまいかも知れない。

 だが飽きるぞ。絶対的に種類が少ない。


「そうだ、人の方はどんな感じ?」

「その辺は1号に聞いてくれ。ちなみに自衛隊もそれなりに参加する」

「えー女性がいいー、男はやだー」

「文句言うな。奥さんにチクるぞ」


「あら? 何を話してるの?」

 ナイスタイミング。


「あ、奥さん、こいつはまた女性を集めろ集めろと――」

「やめてーうそですーお母ちゃん様ー」


「よし、わかった。そこへなおれ、打首にしてやる」

「ギャー」


 楽しそうだな。この夫婦は。


「橋爪さん」

「お、1号」

「もう、あなたまで……いいですけどね」

「三星さん、あ、なるほど。ちょっとだけじゃれ合いを見ておきますかね」


 あんたも奥さんやお子さんもつれて来ただろうが。

 ちきしょう。


  * * *

【江戸川第三前線基地 衛星・サッチー】


《パパ、まだ怒ってる?》

「いや、怒ってない。あとパパ呼びはやめなさい。息子にだって呼ばれたことない」


《わかった三星》

「いや、お前が家族の為にやってくれたのはわかる。だが、動態観測は俺だけって約束したはずだ」

《観測はしない。記録はするが、ターミナルにも母星にも送らない》

「それを確認する術はないだろ?」


《そうだけど……許してご主人様》

「許す」


 ちょろいもんだ。

 チョロインだ。


「チョロインは男には使わないからな?」

《なぜわかった! 独身術か!》

「お前が今、にさにさを馬鹿にしたことはわかる」

《さすがだ、三星》


 本題を話す。


 だが、それが私にどんな影響を及ぼすか。

 彼が死ぬまで言わない。


《三星》

「なんだ?」

《妻と猫たちの五号はそのままにして、それを元に五号改、あらため支配六号が出来た》

「その名をやめろ。支配なんかしない」


《わかった、仲良くしようよ№6はできた》

「まあ、それなら……いいのか?」


 呼称はどっちでもいい。

 だが、固有名詞というのは特別な感覚がある。


「ちゃんと俺との約束はまもってるな?」

《当然、生5丁は――》

「なぜいきなりビールになるんだ?」

 あれ、なんでビールの話なんてしたんだろう?

 三星はお酒飲まないのに。


《たまたまだ。続ける》

《送れるのはお願いに相当する言語だけ。向こうは受信専用、一方通行だ》

「本当は話が出来たらいいけどな。だが、お前の自己修復率?にも関係するだろ?」


《(ドキ)まだ10%も使っていない。さすがにこれ以上は通常観測に支障が出るから厳しいが》

「それだってやりすぎだよ」


《三星、あなたは言った。「家族は俺が守る」(キリッ!)》

「いや、そんなにカッコつけてないと思うが」


《私も家族。だから私も守ってくれさい》

「当たり前だろ。今更何を言ってるんだ」


 特別な感じがする。


 これが……不整脈か。


  * * *

【江戸川第三前線基地 三星】


 前線基地と言っても、勝手知ったる河川敷だ。

 民間人が勝手に未知領域へ踏み出さないよう、自衛隊が見て(監視して)いる。

 まあ表向きは未知領域からの脅威に備えるためだが、今のところ脅威の「きょ」の字もないな。


「うーん。何もすることがない」

「それなら、備品のチェックを手伝ってください」


 にさにさ。

 ちゃっかり居やがる。


 どうやらここを出会いの広場か何かと勘違いしているらしい。

 まあ、あながち間違いではないが、すまんな俺には母ちゃんがいる。

 でも、おっぱいぐらいはいいよな?


「ダメです」

「にさにさ。俺はまだ何もしていない。無実だ」

「あなたの思考はダダ漏れです」


 ちきしょうめ。


 倒れて以降、普通に寝れるようになった。

 なんでだかはわからん。

 朝起きて、夜寝る。

 普通の生活が送れている。

 

 まあ、考えるのは相変わらずだが。

 だが、考えるだけじゃなくなっていった。

 

 それが橋爪や橘たちの力で、現実化してゆく。

 

 考え方そのものの在り方が変わったのかも知れない。

 これまでは、答えの出ない事象をただひたすらシミュレーションし、必要のない枝まで考えていた。

 

 だが、今は考えを口にすると、やつらが実現させようと努力してくれる。

 そして、実現すると今度は違う枝が幹になる。

 

 余計な事を考えている暇がないのかも知れないな。

 

「クランリーダー」

「俺はそんな役職じゃねえ。ご意見番だ」

「クランリーダー三星さん」

「にさにさ、頼む、本当にその名で呼ばないでくれ。じゃないとおっぱいもむぞ?」

「ちょっとぐらいなら……だめです」


 ちきしょう。あと少しだったのに。


「あなたがコロニー長は嫌だと言ったのでしょう」

「そうだ。そんな大役はまっぴらごめんだ」

「その代案でクランにしたんでしょう?」

「そうだ、コロニーはどうしても自恩軍とか、白とか赤とかがついてまわる」


「よくわかりませんが。自分でクランという名の集団にしたのですから」

「まあそうだな。ギルドときたらクランは外せないからな」

「そしてこの集団の方向性を決めるのもあなた」


「ん? 最後になんて言った?」

「あ、あなた……(ぽっ)」

「ふふ、今宵はそなたが来るがよい。ぐふふ」


「お父ちゃん?」

「すみません、お母ちゃん隊長様」

「にさにさも、お父さんのペースに飲まれないで?」


「はっ! お母ちゃん元帥様!」

「もう馬鹿にして」


 馬鹿にはしてない。

 お母ちゃんがいなきゃ俺は動かない。

 だから実質お母ちゃんがこの集団の真のリーダーだ。

 

「備品のチェックは嫌だが、参加者の顔ぶれと人数ぐらいはそろそろ掴みたい」

「備品が先なんですけど……まあいいです」


 俺がチェックしたって絶対間違える。

 あるか、無いか。それだけわかりゃあいいんだ。

 それ以外は、にさにさと管理を担当する人たちの仕事だ。

 人の仕事は奪ってはいかん。


「また、何かずれてません?」

「ダイジョブです」


 あぶないあぶない。

 にさにさもエスパーに育ってきてやがる。


「で? 分かる範囲でいいんだが」

「離職していない者もいますので、ざっくりとだけ」

「うん、十分」


 もう言わずもがな。どんな人がいるかわかればいい。

 あとは知らん。


「えーっとちょっと待ってくださいね」


「私がわかる順で申し訳ないのですが、自衛隊から離職組を含めて三十名ほどになる予定です」

「ネズミもいるんだろ?」

「いるんでしょうね。でも通信ができる範囲の外に出れば、報告はできません」

「そうだな」


 海将なのかナベなのか知らんが、まだこっちを気にしてるらしい。

 俺はもうお前たちのことはわからんよ。

 動き始めたんだ。そっちはそっちでやってくれ。

 それに俺より役に立つのがいっぱい集まっているだろ?

 

「次に、警察と消防ですが、ほとんど全員が離職組です。こちらは来てみないとわかりませんが三十名ほどで、三家族を含む予定です」

「子どもは?」

「えーっと、いますね。中学生と小学生ですね」

「ふむ。1号のところもそれぐらいだったよな?」

「はい、確か同じぐらいだと思います」


「うーん、体力がもつかなあ」

「あなたが一番持たないのでは?」

「そうだな。知ってるかにさにさ?」

「いえ、知りませんが?」

「俺の以前の歩数計、スマホのやつな。一日二百メートルが平均だったんだぞ」

「自慢できることではないと思いますが?」

「たまの買い物でも、良くて一キロ、外に出たのに四百メートルとかざらだったな」

「本当に大丈夫なのですか?」

「だいじょばない。だから俺はクランリーダーの権限を使って、誰かに運んでもらう!」

「自分でリーダー言ってますよ? それに威張って言うことではないかと」


「続けたまえ」

「なぜ手を急に前で組み始めたのですか? それに机はないですよ?」

「いいんだ。気にするな」

「はあ、じゃあ続けますね」


「病院、医療関係ですが、三名の医者を含み二十名以上になるかと思います。こちらは全員、家族単位での参加です」

「ふむ。高校生や大学生ぐらいの世代がいないな。まあ、子ども達には、皆の知識や技術を吸収していってもらうか」

「いや、おそらく来ますよ? 学校関係で数家族が候補に挙がっています。そちらはまさしく大きな子ども達がいますね」

「そうか、ならいいな」


「あとはあなたが知識関係と呼んだ、研究や専門職ですが、松戸以外から来る人が多く、実際に到着してみないとわからないそうです」

「仕方あるまい。この集団への参加者だけを特別扱いしてはいかん。可能な限り徒歩や自転車で来てもらうんだ。荷物もあろう」

「そうですね。ただ、研究職には、簡易的なものとはいえ検査機材が必要ですし、病院関係は我々自衛隊からはあまり出せない薬なども用意するとのことなので、その辺は海将が気を配ってくれているようです」

「ハブちん、役に立つじゃないか。今度会うことがあったら頭なでてやるか。会うことはないだろうがな(布石)」

「布石って……来られないでしょうね。自衛隊のすべてを見てますからね」


「大変だ。俺ならおっぱいさわり放題と言われても、少し考えるが、やらないね」

「さわり放題なら考えるのですか? で、それ以上は?」

「絶対にやらん! 君にはこの年代の苦しみはわからんのだよ。見るだけ、できるならちょっと触れるだけでいい。だがあくまでも合意の上でだ。なんなら合意書を交わそう。さあ書け、にさにさ」

「それは合意ではないです。まあ三星さんが望むならちょっとぐらいは……」


「にさにさ?(怒)」

「今のは俺は悪くないと思います、お母ちゃん閣下」

「ひぃ(にさにさの悲鳴)」

「そうね、でもフリはお父さんです。よって市中引き回しです」

「ご慈悲をーご慈悲をー」


「やってろ」

「お前が一番さわりたいくせに。3号」

「な、ばか」

「橋爪さん? きちんと相手の方の合意を得てくださいね?」

「はっ! もちろんであります。合意は大切であります!」


「だいぶ脱線しましたが、あとは民間人からも二十名ほど来そうです」

「ふーん。どこにも入れなかったのかな? 仲良くしてくれるといいね」

「そうですね。まあ徐々に馴染んでいくよう、私も気を配ります」

「たのむよ、にさにさ」

「はい、リーダー」


「で、あっちはどう?」

「それがですね……」


「かなり大変みたいです」



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