表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/37

ep.27 破壊と創造


  * * *

【松戸 三星邸 橋爪三佐】


「連日すみません、奥さん」

「いえいえ、こちらこそわざわざすみません。お見舞いまでいただいちゃって」

 奴が倒れてから二日過ぎた。

 今日も起きてるタイミングには合わなかった。


「どうですか、ご主人は」

「そうねえ、起きて水とかゼリー飲料は口にするし、トイレにもいくけど、それ以外はひたすら寝てますねえ」


 会議室の最後、奴はすべてのエネルギーを使い果たしたように倒れた。


 本田二佐の指示ですぐに救護班が呼ばれ、処置を施した。

 救護班から引き継いだ医師の診断は、寝不足、過労だった。

 

「時々寝ながら笑ってるんですよお」

「本当にすみませんでした。私がついていながら……」


「自衛隊さんのせいじゃないですよ。転移からこのかたずっと考え続けてましたからね」

「……」


「ほとんど寝てなかったみたいです。寝ても十分とかで起き出しちゃうし」

「失礼ですが備蓄とか消耗品などは?」


 こいつはどんだけ無理してたんだ?


「橋爪さんもわかるでしょ? この人準備だけはいいの。だから一か月分はゆうにあるので無駄にさえしなければ慌てることはないんだけど、私が食べろって、そればかり」

「一か月、まあわかります」


「心配性とか心的なものじゃないみたいなんだけどねえ」

「用意しておかないと気が済まない、そんな感じですかね」


 いつもそんなことしてたのか。


「うんうん、だから本当に猫たちの分も含めて、安心してるんだけどねえ。私は在庫の保管場所が悩みの種だったけど」

「まあ一般家庭とはいえ一か月分は大変でしょうからね」

「でもあの人は準備だけさせて、あとは『任せた』ですからねえ」


 らしいといえばらしい。


「そうそう、市民の皆さんの反応はどうなんです? この人の世話しかしてないから隣近所の奥さんたちともなかなか話聞けなくって」

「あ、ああ。そうですね。ご主人にもお知らせするつもりでしたが、先に奥さんにお話しましょう」

「あら、すみませんねえ。二度手間になっちゃう。でも次にいつ起きるかわからないから先に聞いておいて、私から伝えてもいいですもんね」


 おっとりしている。落ち着いているというのか。

 三星を信頼しているんだろう。依存してると言っても、言い過ぎではない。

 

「そうですね、順序だててお話します」


「ご主人が倒れられた後、自衛隊・市役所は夜通し協議を重ねました」

「翌朝には、周辺自治体、また連絡がついた市区町村とも情報を共有しました」

「最初は全く信じてもらえませんでした」

「そうでしょうねえ。何を話したかは知らないけど、あの人の言うことだから」


「ただ、我々はご主人の提言に従って、真実のみを伝え、考えられる事態を知らせました」

「その上で協力体制を作ると大筋で合意、市役所では同時に市内の企業や団体を集め、同じように周知しました」

「こちらは難航したようです。ですが、金銭が価値をなさない、従業員を雇い続けられないという点は彼らを動かす一つにはなったようです」

「そうなんですかあ」


「続いて、偶然かわかりませんが、昨日、突然晴れた空が色んな意味で衝撃でした」

「昼間はさほど騒ぎはありませんでしたが、あの夜空、真っ暗な中に月があるだけ、という景色は人々を不安にさせたみたいですね」

「市民への告知は今朝一斉に動き出していますが、多くの市民が自衛隊にも集まり説明を求めています」

「ですが、こちらもご主人の提言で作成した、事実だけを伝える案内ポスターやチラシが人々を抑え込んでいるようです」

「皆さんの役に立ったならよかった。あんまり人の事を気にしない人、うーん違うかな。人の反応に敏感すぎて過剰なのかな。だからあえてぶっきらぼうにしてるんですけどね」


 なるほど。

 言われて初めて気づいた。

 奴は奴なりに緊張してたのか。

 そういえば、人と話すのは好きじゃないって言ってたような。

 

 俺もそうだが、橘さんにも最初はぶっきらぼうだったな。

 それが時をおかず、司令や市長、議長、果ては海将と正面からぶつかっていた。

 

 すごい胆力を持ってるもんだと感心したが、違ったのか。

 無理してやがったのか。

 馬鹿野郎。

 

  * * *

【三星邸 三星の妻】

 

 心配は心配。

 でも反面おとなしく寝ていてくれると安心してしまう。

 

 転移関係なく、以前からまともに寝たことなんてほとんどなかった。

 震災以降、いやもっとずっと前から、あの人は考えてばかりだった。

 

 私の両親に結婚の話をしに来た時も、支離滅裂なことをいいながら、幸せにすると言ってくれた。

 お父さんはいたずらなのか、嫁の父としての何かなのかわからないけど、郷土料理だといって虫を食べさせていた。

 私は絶対に食べないやつ。

 

 お父さん、あ、お父さんが二人になっちゃうけど、うちの人は気にせず食べてた。

 あとで聞いたら甘いだけのたんぱく質だといっていたが、自販機で飲み物を買いがぶ飲みしていたのは面白かった。

 

 詳しくは話してくれないけど、幼い時の経験から、あの人はずっと抱え込んできたみたいだ。

 小さなエピソードは話してくれる。

 それでさえ、あの人は私に心を許しているから話せると言ってくれる。

 私もうれしい。


 でも大きな何かを私には取り除けない。

 でも取り除けないなら、上書きしてあげればいい。

 いっぱい大事にする。

 甘やかさないけどね。うふふ。

 

「奥さん、すみません。何のお役にも立てずに」


 忘れてた。橋爪さん。いたんだっけ。


「いえいえ、何のお構いもしないで。こちらこそすみません」

「とんでもない。私はこの辺を見て回ってますので、何かあれば、そこの無線で一番というボタンをおしてください。できるだけ早く駆けつけますから」

「すみません、こんなものまで用意してもらっちゃって」

「いえ、今我々ができる最低限のお礼です。どうか使ってやってください」


 多分使わないと思う。

 でも、お父さんが作ってくれた縁だ。

 大事にしよう。


「では、とりあえずこれで。また来ます」

「はい、お気をつけて」


 見送りながら思う。

 いつ起きるんだろうな、寝坊助な夫さんは。

 

  * * *

【三星邸 サッチー】


《三星の妻》

 携帯のアラームとバイブを操作する。


《三星の妻》

「あらあら、さっちゃん、スピーカーでもいい?」

《結構です》


「これで、いいかな?」

《聞こえますかにゃあ》

「聞こえるわよ、さっちゃん。どうしたの?」

《三星の妻、相談があります》


「なあに?」

《三星は回復傾向にあるものと思われます》

「そうなの!?」

《通常時のサンプルが少ないですが、それ以降のデータを解析したところ以前の状態に戻っています》

「よかった……」


《ですが、三星が起きる前に、三星の妻に相談……お願いを聞いてほしいにゃん》

「聞けることと、聞けないことがあるわね。いくらさっちゃんでもね」


《私かなしい……いや、大事な話なので聞くだけは聞いてほしい》

「聞くのはいくらでもいいわよ」


《三星とあなたの大事な猫ちゃんズに、薬を飲ませたい》

「なんの薬?」

《病気になりにくい?》

「ならないじゃなくて、なりにくい?」

《どんな病気があるかわかりません。また今三星のデータをとっていますが、それがネコ科にそのまま使えるとは思えない》


「うーん、そうねえ、でも猫の薬は人間の薬の基本になってるって聞いた事あるけど」

《私の持つ資料では、猫には食べられないものが多いとある》

「そうね、結構あるわね」

《生態そのものや肉体を書き換えることはできない。だが、予兆を見ることはできる。またデータさえあれば対策も考えられる》


「なんかお父さんと話してるみたい」

《それはどういう意味か》


「難しい話でわからないけど、猫ちゃん達のことを考えてくれてるんでしょ?」

《当然。家族だから。私たちは三星の元に集う家族だから》

「うふふ、そうね。家族だもんね」


《それと、もう一つ大事な事がある》

「なあに?」


《言葉を交わすのは難しいが、信号のやり取りができる》

「ん? どういう意味?」

《人間の言語のうち、いくつかをパターン化して猫たちに信号として伝える》


「それで?」

《猫たちの反応を知ることができる》


「というと?」

《完全なコミュニケーションは無理でも、簡単な意思の疎通のはじめの一歩の初心者編ぐらいはわかる。あと、猫たちがどこにいるかもわかる》


「それって、それって、すごいことなんじゃないの? あ、でもでも、体とか心に影響はないの?」

《影響はわからない。だけど三星と同じように、ずっとは体内に留まらないようにしている》

《また、極端な拒否反応があれば、私が操作してすぐに排出させることもできる》


「どう、なのかな? お父さんが起きてからではだめ?」

《実は、猫ちゃんだけじゃない。三星の妻、あなたも飲んで欲しい》

「私も?」

《でなければ、信号のやり取りはできない。あと、三星と連絡がいつでもできる》


「携帯の代わりになるの? 便利じゃない?」

《便利なのか? 少なくとも今の三星がどのような状態かはおぼろげにはわかる》

「絶対便利じゃない。いいわ。飲みます。猫ちゃん達も一緒に。いいよね? みんな」

「にゃぁ」

「にゃー」

「フ―!(ごろごろ)」


《実はもうそちらへ送ってある。もう少ししたら届く。庭を見るといい》


 よかった、これで、三星の大事なものが守れる。


  * * *

【三星邸 橘】


 起きているといいなと思う。

 三星さんにばかり負担を強いてしまった。

 この二日、反省ばかりしてきた。

 

「橘さんもすみませんねえ」

「橋爪さんもいらっしゃいましたか」

「ええ、さっきまでいて、今は周り見てくるって」

「彼も真面目ですね」

「あなたはもっと真面目でしょう。ご家族の皆さんはいかがですか?」


 我が家のことを思う。


「ええ、ほんの少しだけ事情を多く知ってしまったので、正直に話しました」

「驚いてた?」

「それはもちろん。ですが、最後は無理しないでと私を気遣ってくれました」

「優しいご家族ねえ」


「ええ、私は果報者です」

「あらあら、のろけと自慢かしら?」

「あ、いえいえ、そんな」

「ふふ、いいのいいの。幸せをおすそ分けしてもらってごちそう様です」

「あ、いやほんとに」


 人の幸せを喜んでくれる。

 とてもやさしい人だ。

 奥さんあっての三星さんだなと思う。

 

「三星さんはいかがですか」

「落ち着いてますねえ。ゆっくり寝られているみたいで安心」


 会議室での処置の後、医者からは休ませるだけと言われた。

 橋爪さんの車で三星さんをこの家に運び込んだ時、奥さんは驚いていた。

 

 だが、すぐに落ち着きを取り戻し、「ご迷惑をおかけしてすみません」と我々に謝った。

 我々が謝罪しなければならないのに。


 あそこまで三星さんに無理をさせてしまったこと。

 三星さんに甘えてすべてを話させてしまったこと。

 大変だったと思う。

 

 なのに奥さんは「お医者さんが様子を見ろと言うなら、私が見ますから大丈夫です」といい、私たちに自分の持ち場へ戻るよう促した。

 さらに「皆さんが大変な時にお役にたてずすみません」と詫びさせてしまう。

 

 市役所に勤め始めてから、長い年月がたつ。

 私の所に回されて来るのは、自分の主張を優先する人がほとんどだ。

 

 比較するわけではないが、奥さんの「自分たちのことは自分たちでします」という強い決意には驚かされた。

 

 三星さんはすごいと思う。

 だが、それ以上にこの奥さんの強さは際立つ。

 

 おとなしく静かな雰囲気、口ぶりも気遣いの人。

 それなのに、大切なものは自分の力で守るという強い意志を感じる。

 三星さんこそ、果報者だと思いますよ。

 

「どうですか、皆さんの感じは?」

 奥さんの言葉で引き戻される。


「そうですね、三星さんが仰った通り、真実以外には話しようがないですからね」

「嘘ついたって仕方ないですからねえ」


 その通りだ。

 簡単なことなのに、つい、相手の機嫌をとるために言葉を繕う癖がついている私には衝撃的でもある。


「市役所とか公民館、また人を派遣している小学校には人が集まっていますが、今のところ大きな騒ぎにはなっていません」

「そうですかあ。なら良かったのかな?」

「十二分です。私も伝え聞いた話ですが、湾岸の埋め立て地にある高層マンションや県庁のある大都市などは騒動がおさまらないようです」


「あらあら、皆さん大丈夫なのかしら」

「わかりません。ですが自衛隊の皆さんも働いてくださってますし、一部の警察も協力してくれています。場所によっては自警団なども見回っているようです」

「こわいって言っては申し訳ないけど、女性や子どもたちに被害がないといいですね」

「まったくです」


 三星さんが話した通りのことが多く報告された。

 だが、それ以上にひどいことも多かった。


 三星さんは知らなかったわけじゃないんだろう。

 あえてあの場では言わなかっただけだ。

 言わなくても起こる。


 我々には対処のしようがない。

 なら言わない。それだけだ。


「毎日様子をうかがうだけで、何もできず本当にすみません」

「いえいえ、気にかけてくださるだけで十分ですよ。私も安心できますから。本当に感謝してます」


 三星さん、起きたらちゃんと奥さん孝行しなきゃだめですよ。


「来たばっかりですが、また来ますので」

「いえいえ、お忙しいでしょうからね」

「あ、何かあれば通信機で呼んでください。二番です」

「はい、本当にお気遣いありがとうございますね」

「いえ、ではまた来ます」


 さて、町内会に顔を出して、周辺の聞き取りして、それから戻ろう。

 市長も待ってる。


 

第2章 「秩序」 了



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ