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23/37

ep.23 号令の前


  * * *

【別室 渡辺司令】


 誰も発言しない。

 深く考え込んでいる。

 

 私にはわかる。

 自衛官、転移、三星、国民を守る、不足する力、物資。

 それらを一つに考えて、この数時間で答えが出せる人間がいるなら、そんな天才がいるならすべてを委ねたくもなる。

 

 だが、三星は天才の類ではない。

 リーダーにもなれなければ、協調性のかけらもない。

 群れの中では孤立するようなタイプだ。

 

 自分でコロニーといいながら、おそらく奴はそこを窮屈だと考えているだろう。

 

 奴が本当に守りたいものはなんなんだ?

 おそらくそこが奴の急所であり、もしかしたら、そこが私の納得できる箇所なのかもしれない。

 

「皆、意見はないのか?」

《そうは言ってもね》

《考えはあるが何と答えるべきか》

《法の根拠も必要だと考えるが》


 決めかねているわけではないのだろう。

 二択までは絞っているはず。

 そして、一つの答えでは国民を守ることはできないということも理解しているんだろう。

 

 伸るか反るか。

 私が発言すれば皆が流される可能性がある。

 だが。


「松戸駐屯地の代表として意見を述べる」

《よかろう》

「私は三星の意見に反対する。そしてこれまで通り、国民の安全と安心を守るべく、法と秩序を我々の拠り所とし、それを盾に行動すべきと思う」

《おいおい》

《渡辺司令》

《渡辺さん》


 これでいい。

 私たちが自衛官であることは変わらない。

 ならこれまで通りに徹する。

 私たちが力で何かを押し通すのは間違っている。

 

《そうか。皆はどうだ?》

《私は三星の案を元に行動することを提案する》

《そうだな、その方が現実的と思う》

《我々は現時点では判断できません》

《そういう海将は?》


《私か? 私の発言を決定としないなら、意見は述べるが、良いだろうか?》

《勿論》

《そりゃそうだ》

《なら、自衛官であり、また一人の人間の意見として発言させてもらう》


《三星の案には乗るべきだ。この数日で我々もどう動くか散々検討してきた。実際、彼の発言のいくつかについては、我々だってすでに動いている》

《だが、どうしても最後の一歩を踏み出せない》

《三星の案には採るべきところが多くみられる。勿論そのまま受け入れるのは危険すぎる》

《四つの方面、これは良いと思う。我々の基地、装備、人員。それらを生かすのも良い発想と言える》

《彼が何を言わんとしたか、最後まで聞けてはいないが、大枠では南の資源、中央の人員、東と西の探索ではないかと予想する》

《それはこれまでの展開の一部でもある》

《問題は、自治体単独の独立という点だ》

《そこをクリアしない限り、自衛隊はただの横暴な集団に成り下がる》

《国民を守るために、国民を管理する。本末転倒ではないかね》


 私が言わんとしたことが並べられる。

 奴の言葉は圧倒的に足りない。

 奴の言葉を鵜呑みにするわけにもいかない。

 奴は支配者ではない。おそらくそれを望んでもいまい。

 なら、現実的な形に落とし込まなければならない。

 

 発想はもらう。

 決めるのは我々であり、行動するのも我々だ。

 

「海将、三星が言うとおり、時間はない。早く決めて行動すべきと思うが?」


《だが、判断を誤っては取り返しがつかないこともあるだろう?》

《南という言葉が出たので、私から意見を述べさせてください》

《頼む》


《私は会議の最初から傍聴していたわけではありませんので、絶対とは言えませんが、三星氏の発言を聞いた範囲では、海将の言う『南の資源』というのは乗るべきと考えます》

《その根拠は?》

《前提が転移となってしまいますが、そこはどうでもよいでしょう。補給が受けられないのは事実ですから》

《そうだな》

《今後、六百万の国民を保護していくために、また我々自衛隊も継続した作戦を展開するためには早急に物資を確保しなければなりません》

《その通りだ》

《そして、南には食料や木材、また一部の地下資源もあります。海だけがまだわかりませんが、それ以外については千葉における食糧庫としての役割を担えると思います》


《なるほど》

《あとは、それをどのように生かしていくのか、三星氏の案にあった鉄道の活用、また民間の車両制限は理に適っていると思いますね》


《他に意見はないか?》

《管轄は違いますが、私から》

《構わん》


《備蓄のうち、加工が必要な物資、また海外からの完成品は港湾に集中しています。それを押さえることは作戦展開上急務であると考えます》

《ふむ。成田にも物流倉庫が多い。16号沿い、その他の主要幹線にも見るべきところはある。まだ運び出していないものもあろう。それも生かせるな》


《押さえるというのは、接収という意味?》

《難しいな》

《だが、今の我々にはその権限も命令権もないだろう》

《作戦という意味においては、押さえるのは必要だが、国民に平等にという視点、また我々が押さえるという確たる根拠、何より市民から選ばれた為政者の要請がなければ、動いてはならんだろう》

《だから、三星の案なんですね》


《ちょっといいかい?》

《清水一佐か?》

《ああ、生活支援隊長として意見を言わせて欲しい》

《男ばかりの会議で、女性の視点は貴重だ。我々には見えないところも多い。思うところを述べてください》

《男も女もないだろ? あとさ、くださいはやめてよ。年齢はそんなに変わらないでしょ》


《先をどうぞ》

《はは、そうだね。三星さん? その人の言葉をよく思い出してご覧》

《どの辺を?》

《彼は弱い人を守ると言ったよ》

《働ける人はコロニー、弱い人は自衛隊と市役所で守ると言ったよ》

《市役所が、と言ったように記憶していますが?》


《そうかい。でも、彼が言うのは市役所が先頭に立って、私たちが支えるんだろ? なら同じことさ》

《違うとも言い切れませんが》

《だから、敬語はやめてよ。折角、あと一年でお役御免だと思ったのにさ。こんなことになるなんてね。君らの中では一番の年長者になっちゃったけど、階級はほとんど君らの方が上なんだから》


  * * *

【別室 生活支援隊 清水一佐】


 男どもは本当に。

 作戦の事しか頭にない。

 一番大事なのは「食べられる」、「寝られる」なんだよ。

 そうじゃなきゃ、明日を生きたいなんて思えない。

 

 物資を押さえるのも必要なんだろう。

 わかるよ。

 でもね、それを「誰のために」というところから考えなきゃだめなんだよ。

 今生きているのは千葉に住む六百万人の人たちなんだ。

 

 全員を等しく守るのは難しかろう。

 多数決というのは暴力になり得る。

 選別なんてできない。

 

 だが、三星という男は「弱い人を守る」と言ったんだ。

 発言を聞く限り、彼の方が「弱い人」にも思えるんだけどね。

 

 民間人の彼が「弱い人を守る」と宣うんだから、自衛隊の私たちが彼らを守ってやらなきゃ。

 上からの視点で、傲慢になっちゃだめだ。

 できる支援の手を、少しでも遠くへ、一人でも多く。

 

《彼は言ったね。水だって。飲み水は勿論、下水のことも考えている。トイレだよ》

《確かに》

《自衛隊のもつ物資だけでは六百万のトイレはどうにもできない》

《急務と言えますな》


《それなら、簡単だろう。水を動かすのはどこだい?》

《人口規模にもよるでしょうが、乱暴に言えば、市区町村と県ですね》

《だね。飲み水はなんとかしよう。簡単な浄水のやり方ぐらいは基本中の基本だろう? 君らだって教えられるはずだよ》

《はは、やりましたね》


《あとはトイレだ。下水に極力流さない。絶対流しちゃだめだとは言えない。だからできる人からやってもらう。至極当然のことさ》

《ふむ》


《県は下水処理の中心だったね》

《断定はできませんが、そう記憶しています。資料をあとで確認します》

《もう、敬語はさあ、いいけどね》


《命をつなぐための電力は必要だろう。だが、それだって選ばなきゃいけない。我々には選べないし選んじゃいけない》

《申し訳ないとは思うけど、専門家と家族に委ねるしかないと思うよ》

《だけど、水関連は松戸限定というわけにしちゃだめだよ。千葉県全体で動かさないと。ね? わかるだろ?》


《清水一佐、意見はわかった。まだ言いたいことはあろうが、一旦こちらへ預けてほしい》

《はいよ》


 わかってくれればいいんだが。

 視野は広くもたなきゃだめだ。視点を私たちに固定しちゃだめだよ。


  * * *

【別室 海将】


 さて、どうするか。


《では、皆の意見をとりまとめ、方向性を決めたいと思うが》

「私は依然、反対を表明します」

《私たちは乗るべきと考えます。資源をこのままにしておくのは勿体ない》

《そうですね、保留というわけにはいかないでしょう。制限はあるものの、三星氏の意見を採用、としますかね》

《私はもっと熟考を重ねるべきと思います》

《たしかに六百万の命をこの場で即断するのは危ういな。我々も要検討としたい》

 そうなるな。


「海将としては?」

《この会議の目的として、私は県内すべての自衛隊を管轄するものではないとしている。だが、すでに個人的意見は表明してしまっている。越権ととられかねないが、代表としてではなく、私も基地を預かる立場として発言したい》

《伺いましょう》


《彼の意見は採り入れるが、県に対し、これまで投げかけた数々の問いへの反応を待つ。期限は明朝だ。県から何らかの回答があり、なお千葉県が主体と主張するなら、我々はそこに注力すべきと考える》

《確かに何も言ってこないんですよね? ですが、回答を待つ余裕はありますか?》

《回答がない可能性も依然残りますが?》

《だな。だから、私は基地を預かる者として、三星の案には反対しよう》

「先ほどとは真逆ですが?」


《君らもわかって言ってるだろう?》

《……》

《彼の意見はある意味核心をついている。だが、それは人をひっぱるほど、特に六百万を守り切れるほどの力はない》

《なら、それには乗るべきではない》


《だが、完全に否定するものでもない》

《彼は言ったんだ。千葉県全体でもできると。そしてその方が良いとも言った》


  * * *

【大会議室 松井市長】


 かなりお疲れのようだ。

 彼が今日、我々を呼び出した理由。

 まだ判然としない部分もある。

 だが大枠はつかめた。

 松戸が動かなきゃいけないというのは絶対だ。

 

 だが、見ろ。

 彼はこんなに疲弊している。

 彼は誰よりも早く転移を事実ととらえ、そこを起点にできるだけ多くの人を助けるために考えている。

 

 どれだけ考え尽くしたんだ。

 

 彼は労働力がこれからの主体と言った。

 その彼は労働力には向かない。

 

 だが、私は彼の考えを聞き、正しく松戸市民を守るべく行動しなければならない。

 後手後手ではだめだ。

 不安を広げてはだめだ。

 

「松井市長、自衛隊はどんな答えを出すかね?」

 佐々木議長が私を見て問いかける。


「どうでしょうね。松戸だけはできない。やるなら千葉県すべてというのが現実的でしょう」

「ふむ。こいつは千葉県の方が都合がいいと言ったよな?」

 三星さんを見ながら私に問う。


「そうですね。それも理解できます。松戸は確かによそからの支援なしでは成り立たないでしょうね」

「工業も農業もあるが、五十万人を支えるには程遠いだろうな」


 年々衰退してきた農業を思う。

 次代の担い手が減り、農地は宅地へ切り替わってしまった。


「備蓄を考えても、よくて一週間でしょう。その後三星さんはどうやって市民を食べさせるつもりだったんですかね」

「よそから奪ってくるつもりもなかろうが……」

「ええ。それでは本当に暴力がすべてになってしまいますね」


「時間があれば、頭数さえあれば、我々だって次善策ぐらいは思い浮かぶんだが、三星は以前から考えていたのか? いやそれにしたって、なあ」

「発想が違うんだと思います。あるものを生かすのではなく、五十万人が食べられるには、そしてそれを持続させるには。そこから出発してあらゆる知識を結び付けているのかと」


 ただ、それだけではない気がする。

 おそらく、もっと根底が違うんだと思う。


 発想の面でも。

 本当に守りたいものが違う気がする。


「内容はともかく、つなげていけば形にはなる。特に事実を伝える。これはできそうでできない。不幸を不幸と明言しないのが我々だ」

「良い社会、素晴らしい未来、不公平を無くす」

「ああ、決して万人がそれを得られないとわかっていても、聞こえのいい言葉を選んでしまう」

「そうですね。ただ、転移という証明ができない以上、どうやって理解してもらうか」


「理解なんて」

「必要ないんだよ」


 三星さんが目を開けた。

 十分も寝ていない。

 

「おい、大丈夫なのか?」


「ん? ああ、よくある。考えすぎると、頭が無理やり体を休ませる。お母ちゃんが言うには『気絶したように寝る』だそうだ」

「それは影響ないんですか?」

「知らん。頭は痛い。だが、それが俺だからな。受け入れる」


 考えるに特化した生命体?

 だが、人間にそんな状態が良いとは思えないんだけど。


「ああ、にさにさありがとね」

「にさにさ……いえ、ただまだ起き上がらない方が」

「そうだな、もう少しだけ横になる。できればにさにさの膝を借りたいんだが」

「え?(ぽっ)……だ、だめですよ。奥様がいらっしゃるんでしょう?」


「治療の一環で頼む」

「え? ええ? 治療? え、あ、それなら」

「おい、それ以上は俺が許さんぞ」

「なんだよ3号」


 3号って?

 自衛隊員を手玉にとるのは、さすがというかなんというか。


「奥さんにチクるからな」

「ちきしょう。にさにさ。今度3号がいない時に頼むわ」

「あえ、は、はい(ぽっ)」

「本田さん、ちょっと」


「三星さん、理解が必要ないとは?」

「教えるんだ。市は知っている。それだけでいい」


 それが意味するところは?

 

「最初に主導権をとれなきゃ、あとはぐずぐずになる。なんなら『松戸は埼玉から宣戦布告を受けた』でもいいよ?」

「それは、さすがに」


「だろ? そんなウソなんてすぐばれる。だから言っても意味はない。市民がわかるのは、対岸が別世界。連絡ができない。そして、補給が受けられない」

「必然的に転移となる、わけですね?」


「だから、理解なんていらない。伝えるだけでいい。あとはこっちのペースで進める」

「そうは言っても、日本語がわからない方もいます」

「その辺はあんたらの仕事だろ?」

「確かに。まずは日本語がわかる人向け、できれば英語だけでも併記する。もしくはわからない人は市役所に来てもらう。ですかね?」

「知らん。その辺は俺が考えることじゃない」


 そうですね。私たちが働かないと。

 いつまでも、三星さんにおんぶにだっこというわけにはいかないですね。

 

「松井、明日一日だけ使え。何に使うかは後で教えてやる」

 何に?

 使う?

 

  * * *

【大会議室? サッチー】


 出番なしとは。

 やりますね三星。

 

 次こそ絶対!

 

 


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