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ep.22 葛藤


  * * *

【大会議室 渡辺司令】


 今こいつは何を言ってるんだ?

 海将たちが聞いているとわかっていながら、人民統制を行えと言わなかったか?

 接収とも言った。

 それは軍事統制につながるぞ。

 我々に何をさせる気なんだ?

 

「お前の意見はわかる、だが、それは明らかに文民統制を逸脱している」

「だから、言ったよね? 自衛隊が守るものは何? 市役所はこれから何を財源に行動できるの?」


「その二つは別問題だ。質問で返すな。答えろ」


「逸脱しているなら、逸脱してるんだろ? だって今までのルールは守りたくても市民が守ってくれないんだぞ?」

「守るべき市民に、自衛隊は銃口を向けるんだな?」

「あ、別問題って言うけどさ、自衛隊だって、どうやって隊員を養うの?」


「ぐう」

 ぐうの音も出ないというが、出るんだな。

 私が客観的に自分を見ている。

 おかしな光景だ。

 海将も他の基地も私の気がふれた、もしくは正常な判断ができないと思っているだろう。

 司令の職も解かれるかも知れん。

 構わん。

 隊員たちを守るなら、司令などという肩書なぞ邪魔にしかならん。

 

「よかろう。もっと踏み込んでみろ。お前の中身をすべて出せ。それを材料にする」

「えーやだよー。全部出したら三日は寝込むよ」

「ふざけた男だ」


「多分だけどさ、司令も松井もさ、転移を転移として認めたとしても、どこかで受け入れられないんだよね」

「でもね、こんな空想話、俺じゃなくてもネットには多くの奴らが考えてるよ。俺TUEEEとか、ハーレムとか方面が強いかも知れないけど」


「よくわからん語だ。お前らはわかるか?」

「あいにくネットには疎いもので……」

「文字を見ると眠くなるので。見ません!」


 ああ、こんなんばっかだ。

 だがいい。こいつらを守るんだ。

 そのためにできることがあるなら、やれるだけやろう。

 この男の言葉がヒントになるなら、受け入れたっていい。

 さあ、話せ。聞かせるんだ。

 

「君らはいいよ、そのままで。今は『誰か詳しい人いますかー』なんて聞いて集めてる時間がない」

「本当はさ、そいつらの方がもっといいアイデアが生まれるかもしれない」

「だが待ってられない。少し余裕が出たら、そいつらを集めるがいいさ」

「色んな奴がいる。きっと俺より役に立つよ」


 在野にはそんな人間たちがいるのか。

 視野が狭かったな。

 

「んでさ、市民とあんたらの違いは、『転移を知っているか否か』だ」

「あんたらが『転移』、うーん、もっといい言葉ないかな」

「この場合は、年寄りでもわかる言葉がいいんだが……」


「あ、『千葉県は転移(漂浪)しました』ぐらいにしとこうか」

「難しいかな? 三佐じゃわからんか」


「わかるわ! それぐらい」


「えーでも意味がわかるとは限らないだろ? まあ何となく伝わればいいんだ。その辺は好きでいいよ」

「だが、分かりやすいとかにこだわっちゃだめ。事実に基づかないと。嘘に負ける」


「とにかく、事実とこれからどうしていくか、だけを伝えるんだ」

「千葉県は転移(漂浪)しました。」

「何故かはわかりません。だけど、これから物資は外から入ってきません」

「なので、市と自衛隊は協力して『暫定松戸』を立ち上げました」


 今、この場で考えているのか?

 それとも既に考えていたのか?

 

「お金は使えません」

「コロニー(町内会・自治会)に所属してください」

「所属できない、わからない方は、近くの小学校に来てください」

「物資はコロニー単位で配布します。所属していない人は小学校で配ります」


「そのやり方ではいくらでも物資をだまし取る方法があろう」


「そうだね。別にいいんじゃない? もらえても数回だけだよ」

「あとはコロニーというか隣近所の目が光る」


「最初は疑心暗鬼だろうな。しばらくは監視社会のようになるだろうね」

「いやだねー。俺なら絶対そんなとこで暮らしたくない」


「他の市民たちも同じように思うだろうが」


「そうだね。思うだろうね。だんだん不満が溜まる。でもね、今このまま何も知らせないよりかはよっぽどましだ」

「嘘と思っても、信じなくてもいい。橋はない。会社に行けない。電気は使えない。文化的な生活を送れない、と不安に過ごすよりは、『市と自衛隊が』言うんだ」

「公的、まあもう公でいられるのもわずかしかないかも知れないけど」

「これまでの常識における、責任をもった大人たちが言うなら、信じるしかない」

「だって、物資くれるんだもん」


「逆に早すぎると勘ぐるやつもいるかな?」

「いたところで転移した、という事実の前では何も成り立たない」

「理不尽なクレームは多くなるだろうけどね」


「俺にだけもっとよこせとか、ウチは子どもが多いんだとか、これまで税金をたくさん納めてきたんだからとかね」

「これまではどうでもいいんだよ、それまでの暮らしを継続させるための税金だったんだから」


「だが、これからの暮らしを継続させるのは金じゃない」

「基本は労働力だ。知恵もいる」


 どうなんだ? 理解できそうな気もする。

 言ってることを転移前提にすれば成り立つのかもしれない。

 だが、自衛隊が国民を統制する、となると反発する連中も多かろう。

 

「我々自衛隊が前面に出るのは問題じゃないのか? 例え市と併記だとしても、軍事政権というのを危惧する声は防げまい」

「いいんだよ。軍事だろうが、デストピアと思われても」


「それでは国民は安心できまい」

「違うんだよ、司令。そんなこと思い始める頃には、もう松戸は暮らしていけないんだ」


「そんなことはなかろう。手立てはあると思うはずだ」

「ああ、思うだろうな。そしてそれができないと知ったらどうなるんだ?」

「……そうだな。奪い合いが始まるのかも知れんな」

 確かに、ほんの数日の物資があるだけでも、明るい兆しは見えるかも知れん。

 だが、不安は拭えんだろう。

 

「人の安心なんて、幸せなんて、なにがいいとかみんな違うんだ。だが、食うのと寝る。そして守られている。この三つはどこかが保証してやらなきゃ、不安ばかりが募る」

「自衛隊も市役所もやり玉にあがるだろう」

「しょうがないよ。誰かが一時でも悪役にならないと」


「理由もなく、電気や水道、通信が悪いとなったら、魔女裁判になるだけだ」

「それなら、力を持つものが、受け止めた方がいいだろ? それは自衛隊であり市役所だ」


 なるほど。

 筋は通っているのか?

 

 だが、駐屯地だけで事をなすことはできん。

 我々は松戸のためだけに存在しているわけではないんだ。

 

 他の駐屯地、海将たちを巻き込まねばならん。

 

「三星よ。お前の理屈はなんとなく理解した。賛同するとは言わん。だが、松戸だけというのは自衛隊として同意できん」

「あーそうだろうねー」

 なんだ? 答えに覇気がない。

 限界、なのか?


「あと一つだけ尋ねたい。疲れているんだろう? だがそこだけは聞かせて欲しい」

「いいよー」


「何とか千葉県全体に視野を広げてみてはくれまいか」

「あー考えてある。んーとね」


「南側の協力と、あとなんだっけなー、東葛エリア、違うな。千葉県を四分割かな?」


「役割ごとにわけるんだ」

「そうすればもっと良い方法がある」

「だけど、ちょっとだけやすませて」


  * * *

【大会議室 橘】


 だめだ!

 もう限界だ!

「ちょ、ちょっと、三星さん! 少し横になってください」

「誰か、医療関係者を呼んでください」


「私が診ます」

「本田二佐、すまん診てやってくれ」

「はい……何でしょうか、これ。検査機器もないですから見た状態や発言などからしか判断できませんが、低血糖が疑われます。まずは安静に。ブドウ糖で様子を見ましょう」


「橋爪」

「駐車場に展開させてる物資から、そうだな、これとこれを持ってこい」

 本田さんが指示を書き出しているようだ。

 

「はっ! このメモの通りのものを持ってきます」

「急げ」

 橋爪さん。頼みます。

 何もできない自分がくやしい。

 

「皆さん、三星さんはかなりお疲れです。ですが、今日何も方向性を決めずに解散しては三星さんの努力に報いることができません」

「橘室長、君の言う通りだ」

「市長、われわれは決められませんか?」

「市長、私ははっきり言って今困惑を通り越している。何が真実で、どうしたらいいのかさっぱりわからん」

 佐々木議長、わかります。

 私もです。

「だが、奴の言うことに理があると思う」

「そうですね、何より三星さんは自分の利益や自分を優先しろなどと言っていません」


 そうだ。彼は「俺がいる」とは言ったが何の利益も要求していない。

 それどころか、松戸からいなくなるとまで言ったんだ。

 逃げかも知れない。

 奥さんと猫たちを守るために逃げるのかも知れない。


「ですが、私の独断で市の独立も接収も選べません。また強制力も持ちません」

「市長!」

「わかってます。だから自衛隊なんですね」

 そうだ。実行力、押さえつける力が必要なんだ。


「なら、選択肢は限られませんか? 検討とか言っている段階ではないと思います」

「室長?」

「私は市民を一人でも救えるなら、三星さんの力になります」

「橘? お前わかって言ってるのか?」

 佐々木議長、わかってます。

 松戸がそれを選べば、選ばなかった他の自治体がどうなるかも。

「橘室長、あなたはそれ以上を口にしてはいけません」

「ですが」

「それを決める、いえ、取捨選択するのは、私です」

「三星さんの言う通りなら、おそらく選挙はもう行われないでしょう」

「なら、私が決めなければ。今の市長、五十万人の命を預かる私が決めなければいけない」

「あなたは、あくまでも私のお願いを聞いてくださればいいんです。あなたもあなたの家族も、そして市役所の職員も、多くが松戸市民なんです。松戸市民は私の家族です」

 市長に止められた。

 私は何を言おうとしていたんだ。


「松井市長、あんたそこまで」

「議長、責任をとるのは私です。いくらでも責めてくださって結構」

「松井。お前そこまで言えるようになったのか」

「議長、いや佐々木さん」

「わかった、俺も議会で旗をふろう。お前だけに荷を負わせるわけにはいかん」

「俺だって市民に選ばれた人間だ。一緒にもがこうじゃないか」

「佐々木さん」

 私は選ばれていない。

 だが自分で決めた仕事だ。

 この人たちをサポートするのも私の仕事だ。

 市民も、この人たちも、職員たちも、そして三星さんも、守るんだ。

 

  * * *

【大会議室 本田二佐】

 

 最後に食事を摂ったのはいつぐらいなんだろう。

 まずは安静にさせよう。休ませることが一番だ。

 

 もしかしたらしばらく休みがとれていないのかも知れない。

 

「本田二佐」

「はい」

「処置はどれぐらいかかるか」

「様子を見るのは十五分ほど、休養は一時間ぐらいかと。状況によってですので何とも言えませんが」

「そうか」

 そう言えば、缶コーヒーを要望していたな。

 これまでも似たようなことがあったのかも知れない。


「松井市長」

「なんでしょうか」

「少し、そうだな、一時間だけ中座させてもらってもよいか?」

「ええ、構いません、ですが」

「ああ、分かっている。本田と橋爪は残す。引き続き本田は三星の状態を見ていてくれ。橋爪は連絡員だ」

「はい」

「はっ」

「と言うわけですまん。ちょっと別室を借りるぞ」

「どうぞ。私たちもこの場に残りますが、できるだけ三星さんの邪魔にならないよう、検討します」

「そうか。では後ほど」

 流石にこの状態の三星氏を放っておくわけにはいかない。


 三星氏の顔を眺める。

 自衛隊員としては、ただ守るべき存在にしか見えない。

 腕力もないだろう。

 ちょっと、いやだいぶお腹も出ているか?

 

 三星氏は言ってたな。「家族を連れて逃げる」と。

 私には言えないし、選べない言葉だ。

 

 家族を愛しているんだな。

 私も家族が欲しいな。

 

 橋爪……?

 いや、こいつはダメだ。

 候補にすらならん。

 

(くしゅん)

 

  * * *

【別室 渡辺司令】


《すごいね。渡辺さん。こんな風な意見を受け止めたの初めてだよ》

《私もだ。別の報告を受けていたが、通信士が慌てて私を呼びに来た意味がわかった》

《先に私から報告しよう》


 海将から発言がある。

《事実のみを伝える。現状、県庁は責務を放棄していると言わざるを得ん。何の回答もこない》

《また県庁を含む大都市や、件の男が言う通り舟ヶ崎では暴動と言ってもいい状態だ》

《それ以外でも、東京に近い都市、主に湾岸部の人口過密地帯では同様と見ている》

《すべてには人を送れない、燃料や人員も限られる》


《三星がこの事態に関与している可能性は消せませんね?》

《可能性は消せない。そう言わざるを得んな》


《渡辺司令、君が現場にいて、その男の話を見聞きしたんだ。君が答えるべきではないかね》

 自衛官として、また人として誠実に答えなければならない。

 私の資質を問われているのだ。

 

「駐屯地を預かる者として、三星の言葉や発想は受け入れられません」

《そうか》

「ですが、一人の親として見た場合、私は三星の案を受け入れてもいいと感じています」

《自衛官としては三星氏は拒絶するが、人間、親としての渡辺さんは彼を受け入れると》

 正直な気持ちだ。

 自衛官としては国民すべてを守るべきなのは理解している。

 だが、現状「転移」という状態において、一体どれだけの国民が理性をもって行動できるのか。

 妻や家族を守りたい。

 それが先に立ってしまった時点で、私は自衛官失格なんだろう。

 

《私の感想だが、対面していないのであなたの表情はわからないが、言葉を聞く限り、彼そのものを受け入れていると感じたが、間違いかな?》

 その通りかも知れない。

 案、という逃げはしたが、実際は奴を受け入れたいと思っているのかも知れない。

 

 先頭に立ち、国民を守るべき私が。

 守られたいと思っているのかも知れない。

 

 

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