ep.21 手がかり
* * *
【大会議室 松井市長】
勢いがすごい。
声は決して大きくない。しかし迫力が違う。
私と会った時でさえ、もう少し理性の欠片はあったように思う。
だがどうだ?
今日のこれは。むき出しの言葉。
つながらない。本当に羅列。
それでいて、どんな順番で何を考えているのか。
正直怖いとさえ感じる。
狂気だ。
「答えろ、三星。何故、今日起きたことを知っている!」
そうだ、知りようがない。
でも怖い。これはあけちゃいけない扉な気がする。
「あー、今日起きたなんて知らない。いつ起きるかも知らない」
「それでは我々を集めた理由が破綻しているじゃないか!」
破綻はしてないと思うが。
三星さんは警鐘を通り越して、今すぐ動かすために呼び出した。
今すぐの対処とこれからの道筋。
それを知りたい。
「ちょっと待ってね。思考をそのまま言葉にするなんて慣れてないから。サッチーまとめられる?」
《本日までの三星の言葉をまとめます。またこの場での発言も集約します。最善を尽くしますよ》
AIなのか衛星なのか、その他なのか、そんなことどうでもいい。
三星さんのことばを通訳してくれるなら便利な機械だ。
《渡辺、あなたは現在進行形で通信中ですね》
「ああそうだ。私と二佐の聞き取りと報告では、信ぴょう性に欠ける」
* * *
【大会議室 橋爪三佐】
俺はいらない子だったのか。
そうか。
* * *
【大会議室 代弁者・サッチー】
《そのために暫定統合本部ですかね、そこへ共有中と?》
「そうだ。問題はないと思うが」
《ありません。余計に話が早い。ですが、ここにいる方以外の発言は認めません。三星を守るためです》
「約束はできん。だが、とにかく答えを出せ」
《あなた方が知り得た情報が事実です。三星は多くの情報を精査し、地域ごとの特性、住民の構成概要、おおよその人数、感情の行き先、その他細かなことを一つにして答えを出します》
「それがわからないと言ってるんだ」
《……三星の気持ちがよくわかります。前提として、私は観測はできますが人間個人を特定し識別したり、視認したりはできません。ですから、どれくらいの人数が今何をしているのか、熱源での観測はできますが、それだけです》
《故に、三星の発言の断片から紡いだ話をします》
《県庁は情報が集まりすぎます。情報を整理し、処理する人数が絶対的に足りなくなります》
《また県庁を含む大都市、並びに湾岸地域は県内有数の人口を保有しています》
《その生活を支えるのは、県外、国外の物資とエネルギーです》
《それが絶たれて二日。まだ稼働できるところもあるでしょうが、大都市における差配は細やかさが必要です》
《三星曰く、転移初日の時点で備蓄、エネルギー、資材などを接収し、最速で分配しなければ、三日も持たないと考えていました》
「接収なんてできるわけなかろう」
《だから、三星は「お前たちは遅い」と言ったんでしょう》
《停電が起きた、必要なところを調べて優先する。調べている間に失われる命が多すぎると考えています》
《三星の言葉をそのまま伝えるなら、「死なない命を死なせている」だそうです。そしてこれは自衛隊、市役所、また消防や救急、病院関係者、また対象者とその家族、全員が悲しむだけだ》
《わかりますか? 渡辺》
《三星は、あなた方自衛隊も、そしてあなた自身も守りたいと思っているんです》
「サッチー、そこまでだ。それ以上は言わんでいい(自衛隊の女性隊員は守りたい。渡辺はあんまり思ってない。だって今日初めて会ったし)」
* * *
【大会議室 渡辺司令】
守りたい?
ふざけるな! 何の力も、具体的な実行力もない男が。
私も守る範囲に含まれる?
冗談じゃない。詭弁だ。
化けの皮を剝がしたい。
一晩営倉に入れて、みっちり話し合い(教育)をしてやりたい。
だが、自衛隊を守りたいと言った。
我々は国民を守るべき立場だ。
それなのに、逆に守りたい?
わからん。嘘か? 虚言か? 戯言か?
その場しのぎか?
いや、そんな風な考え方には思えなかった。
それに我々を動かすにしても、もっと有効な手立てや話し方があるだろう。
あれでは嫌々やっているようにしか見えん。
「本当はもっと多くの人間と専門家を集めて検討すべき内容だ」
「私一人でどうこうできる問題ではない」
できることがあるのだろうか?
隊員達の苦しみを、人々の苦しみを、これから待ち受ける苦難を乗り越えるために。
この男の言葉からヒントを得ることは間違いなのか?
いや、私がこの発想をしている時点で、既に思考が汚染されていると考えるべきだ。
なら、簡単だ。
奴の本音を引き出せばいい。
その本音をこの土俵にあげてしまえばいいんだ。
「司令とは言っても、できることは限られる。また法という縛り。これは守らなければならない」
「それがあって初めて我々は暴力という力を国民を守るために使えるのだから」
「これまで起こったことはいい。事実は変えようがない。なら、これからどうすべきか、貴様が考えることを話せ」
「検討する価値があるかどうか、また実行できるかどうかは構わん。お前は何が最善であると考える?」
話せ。お前の目的を。
「ふぁー。ようやく頭が落ち着いてきた。んで何? 最善、道筋?」
「寝てたわけじゃあるまいな? 目を開けて? そうだそれだ」
ふざけた男だ。
「最善なんかないよ」
「おい!」
「馬鹿か? 最善があるなら、あんたらが先に見つけてるだろ? 俺には最善なんてわからん」
「なら、お前は何をもって良しとするんだ?」
「んーどうだろ。いくつかある答えの中で俺がいいなーって思うのは一つ、いや二つあるんだが、今は一つにしよう。頭が痛くなるから」
「一つでもいい、話せ」
「別にごまかすためじゃないから、その辺はわかっておいてね?」
* * *
【大会議室 松井市長】
いよいよだ。
本質? 核心?
これからのヒントが聞ける。
絶対じゃないのはわかってる。
でも、聞き逃せない。
皆、三星さんから目が離せない。
だが、おそらく私が一番目が離せないだろう。
いや、目を逸らせない。
「んとね、もうわかっていると思うけど、いらない案を話す」
「転移した。千葉県だけでやっていく。そうなると、法も金も使えない。ここはいいよね?」
「そこが前提なら、それでいい」
常人では考えられない前提だ。
そして、それが前提として認識される頃には、もう手遅れなんだろう。
三星さんが言うように。
「まあなんだ、法が無ければ、力を持つものが富を独占する。これは当たり前だよな?」
「そうだな」
「そうなると、武器や腕力を生業とする集団や箍が外れた若いのはやりたい放題」
「……」
「それだけじゃない。あやしい宗教や変なカリスマが集団のリーダーになるだろうなー」
「……」
「普通の、あんたらの言う守るべき国民にも色々いるだろう? 自衛隊は守るべき対象を選べない」
「あ、ああ」
「そいつらも守るの? 誰から? 誰を?」
「……」
「自衛隊は誰の味方なの?」
「自衛官の家族が、その集団にいた場合は? 反対に、その集団に襲われた場合は?」
「理性をもって守るの? ん? 誰から誰を守るの?」
「答えはない」
「だろ? 他にも考えなくていい枝はいっぱいある。だが、俺が理想論を振りかざしていたり、変な主義を広めたいわけじゃないってことはわかってくれ」
「……とりあえずわかったとしておく」
究極の問いかけだ。
自衛隊は災害や国外からの攻撃に備える。
勿論、暴動が起きればその鎮圧に動くこともあるだろう。
だが、集団が多くなれば?
橘さんが三星さんから聞いた、「一人で何人守れるのか?」という問いだ。
さらに踏み込んでいる。
「ね、切り捨てた意味がわかってもらえたかな? わからなくてもいいけど、そっちは俺は考えない。考えてもいいけど、そうなったら俺、いや俺の家族はこの地にはいないよ」
「切り捨てるのはわかるが、それぞれに対処するのも、これまでの傾向からお前の思考なのではないか?」
「違う違う。入口の時点で可能性がないものは考えない。それはもう価値がない。それにそうなったら、俺にできることなんて何一つない。逃げ出すだけだよ」
「三星さん、いいですか?」
「なに市長?」
「この地にいないとは?」
「ああ、それは言わないよ。だってそれは俺だけが選べる逃げ道だもん。それにそこはこの話題の本筋じゃない。筋違いの話ばかりしてる俺が言うのもなんだけど」
「そう、ですか」
言われてみればそうだよな。
この人はおそらく、最悪の場合は別に考えてある。
だが、できるだけ、一人でも助けるためのアイデアを持ってきている。
市民も自衛隊も、我々一人一人のことを思いながら。
違うのかな?
「ちょっと予防線を張りすぎた。本筋に戻ろう」
「ああ、話せ。そして私を納得させられるなら、私個人の意見として海将に提案しよう」
「大きく出たねー。どうだろ。難しい気もするし、その海将さんが協力してくれるなら、さらに助けられるひとは増えると思うよ」
「なら、聞かせろ。海将を含む他の駐屯地や基地の連中も聞いている。だからごまかしや嘘は通じると思うなよ?」
「嘘もごまかしもしないよ。意味ないからね」
「いいか、これは松戸じゃなきゃできない。というか松戸は、これしか選択肢がない」
「なぜなら、県庁を含む大都市とか、舟ヶ崎よりも松戸はもっと条件がひどい」
「だが、救いもある。俺がいる」
すごい。
ここでこんな言葉を出せるとは。
名役者か稀代の詐欺師か、それこそ教祖とかそっち系の人になれる。
ならないとは思うけど。
* * *
【大会議室 三星】
「松戸はさ、産業はあっても物資はほとんど外だ。おそらくさっき話したコロニーを用いても一か月ももたないよ」
「まあ、物資の前に水がだめだろうけどね。上水も下水も」
「だが、策はあるんだ」
* * *
【大会議室 三星の言葉】
市役所と自衛隊がいいんだ。
暫定的な自治体として独立する。
できれば自衛隊はその海将さんとか他の基地とは離れた方がいい。
警察もね。
自治体として独立するのは、そうしないとここがもう間もなく惨状の現場になるからだ。
理由も根拠もあるよ。
市が単独で決められることには限界がある。
だが、県庁は機能しない。
機能するようになる頃には、かつて松戸だった無法地帯が生まれている。
それがわかっているから、条例でも特例でもなんでもいい。
あらゆる産業、人々を市で管理するんだ。
デストピアじゃないよ。
実質動くのは、コロニーだ。
市が人を管理するのは、真っ先に弱い人々。
コロニーからあふれた人たち。
高齢者や働けない人だけじゃない。
日本語が話せない外国人だっているだろう。
コロニー、あー今は町内会とか自治会だな。
それに所属していなかった人たち。
まあ好きで所属しないのは自由だから別にいいんだ。
これからも好きにしたいなら所属しないのも自由だ。
これは憲法による保証とかじゃない。
自分の命をかけた自由だ。
税収はない。払うべきお金はその価値を失う。
なら、市は何をもってこれから動くんだ?
多少強引でも、産業を押さえないと、市としての機能は果たせない。
あ、ここで言う市としての機能には、弱者保護を含むからね。
今までのような福祉は成り立たないとは言わないが、めちゃくちゃ厳しくなる。
鉄道と通信、エネルギーって教えたよね。
ちゃんと伝えたよな? 二人とも。
鉄道は、湾岸部にある物資を松戸に持ってくるための方法だ。
市内に物資を回すにしても、最低三か所の集積所が必要になる。
まずはそこに物資を集める。
んで、早めに消費すべきものは、とっととコロニーに配るんだ。
コロニーは人数を申請?する。自己申告だからあやしいが、仕方ない。
できれば二日、遅くとも三日以内に、松戸の五十万人の行方。いるかいなかだな。
松戸に籍を持たない人、その他の人々。
コロニー所属、未所属の人数をまとめる。
コロニーには早めに配る。方法はなんでもいい。宅配便をうまく使えばいいさ。
バイクにリヤカーだって十分だ。
市はおおよそでいいから人数を把握し、コロニー以外の分を確保する。
これは市で責任をもって養え。
だが、コロニーに入りたい人がいれば、そっちに預けちまえ。
市として、できるだけ負担を減らすんだ。
水問題な。酒造工場あったよな。
ポンプの稼働に燃料はいるが、そこをうまく使え。
電気の優先度は、とにかく水だ。そこからだ。
下水もなんとかしなきゃならんが、まずは人数の把握。
あと、なんだっけ。通信か。
通信は少し触れたよな。郵便だ。
車の移動は制限しろ。
じゃないと無駄な燃料になる。
通信を使って、今の状況、これからの方針、最低限のルールを告知だ。
全員に配らなくていい。
まずはコロニー、それに街頭に貼りだしてもいい。
選挙ポスターを貼るのあったよな?
あれだって使える。
とにかく、多くの人の目に触れるようにしろ。
これからやります。じゃない。
こうなりました、だ。
細かくは後で聞いてくれ。
そん時は法務が同席してもいい。
だが、いっぺんに質問されても思考がぶっとぶからだめだ。
それだけは勘弁してくれ。
あと、エネルギーか。
もう面倒だなあ。
それは市内の備蓄と、港湾の原油もあるからな。
原油があっても松戸じゃ加工できん。
とにかく、もらえるものは早くもらえ。
配れるものは早く配れ。
食料?
ちょっと休憩させて。
頭痛い。
マッ缶もらえる?




