ep.17 失敗
* * *
【三日目 松戸 三星邸 三星】
「しまった! 母ちゃん」
俺としたことが、やっちまった。
「おはよう、お父さん」
「おはよう、お母ちゃん。違う! いや違わない。今日もかわいいですよ」
「はいはい。で、何がしまったなの?」
そうだ、そっちだ。
「寝ながら考えてたんだ、そしたら、もうかなりやばいところがあるって気づいた」
「また、寝てないの?」
「いや、寝た。寝ながら考えてた。んで夢の中でも考えてた」
「もう、休めないでしょ。ほら、みいちゃんを抱いて落ち着いて」
猫をなでるだけで、幸福が訪れます。
「ちがーう! やばい、あいつら今日もこないかな?」
「市役所の人と、自衛隊さん?」
「こっちから行くのも面倒だし、あいつら忙しそうだから会えないかもしれないし」
うーん、報告したはずだから、おそらく今日も、というかずっと来ると予想してるんだが。
「あー連絡できないのは面倒だなあ。のろしでもあげるか」
「相手が理解できないでしょ?」
そうなんだよなあ。
駐屯地からは、こっちまで望遠鏡つかっても見えないだろうし。
「うーん、どうすっかなあ」
「お父さんが、行くか、待つかしかないんじゃない?」
いやだなあ。
もう話すことないとか啖呵切っちゃったし。
あ、市長に表敬訪問でもするか。
市民税納めてるんだから一回ぐらいは会ってくれてもよかろう。
うん、それでいこう。
「まずは、顔を洗って、ご飯たべてからにしましょ」
「はいっ! 今日のご飯はなんでございますか!」
「今日は雑炊よ。おいしいといいな」
「絶対おいしいであります!」
工夫してくれてるな。
助かる。
あ、そういえばサッチー。
何も言ってこないな。
嫌われたかな?
* * *
【利根川河畔 主婦】
「ねえ、ちょっと、どういうことなの?」
一緒にきた奥さんが私に問いかける。
「わかんないわよ。どうなってるの?」
対岸は茨城県。
川幅が広いと言っても、目で見えないほどではない。
だが、目の前にあるのは見慣れた景色ではなかった。
「いつから?」
「周りの人が言うには、停電の朝からだって」
電気もガスも使えなくて、ご飯を出すだけでも大変だった。
買い物にも行けなかったから、こんなことになってるなんて知らなかった。
「一体、何がどうなってるの?」
「わからないわよ……」
今日だって本当は買い物に行きたかった。
でも、どこもやってなかった。
「奥さん」
「なあに?」
「お米ちょっとわけてもらえないかな?」
恥ずかしいけどお願いするしかない。
じゃないと、今晩の分のお米がもうない。
「ごめんねえ。うちももう今日の分しかないんだ」
「そっか、そうだよね、いや私の方こそごめんなさい」
いつもはなにかとうちから持っていくくせに。
こういう時は絶対くれない。
「とにかく帰ってどうするか決めないとね」
ほら、ごまかす。
ずるいんだから。
「そうね。ウチも旦那が遊んでるから、ちょっと買い出しに行ってきてもらおう」
「あら、それだったら乗せていってくれない?」
ずいぶん都合が良すぎない?
ママ友なんて言ったって、所詮は他人だもんね。
あの時の幼稚園選び、間違えたかな。
* * *
【惑星上空 衛星】
《あーテス、テス。ただいまマイクのテスト中》
《われわれは、うちゅうじんです》
音声波形を調整するが、私には信号としては認識できても、それ以外に何の感想もない。
念のため、三星の端末から取得した、チョメチョメフォルダの情報から、傾向を抽出し似たような波形にしてみた。
《うっふん》
これで三星もイチコロだ。
間違いない。
* * *
【松戸 三星邸 三星】
スマホのアラームが鳴ってる。
サッチーだな。良かった嫌われてなかったようだ。
《三星。端末をBluetoothスピーカーに接続してください》
いきなりなんだ?
音楽とか流してくれるのか?
「ほいよ、猫達が寝てるからあんまり大きい音にはしないでね」
《合点承知》
語彙が豊かになってきましたな。
「ほい、つなげたよ」
《うっふん》
ぶっ!
「おい! 真昼間からやめろ!」
《失敗しましたか?》
近所に聞かれたら面白おかしくひろがる。
俺は構わんが、母ちゃんが可哀そうだ。
「大失敗だな。ポンコツサッチー」
《すみません。こちらなら大丈夫ですか?》
「おお、若い女性だ。よい、よいよサッチー」
《恐悦至極に存じます》
「若い女性は良い。以後もこれでいってくれたまえ」
《……》
「お父さん?」
「はっ!」
「若い女性の方が、よろしいんですね?」
「いえ、お母ちゃんこそ至高、究極であります!」
サッチー。お前スマホのカメラで母ちゃんを見たな?
「それにしても、そんな声なのね? サッチーさん?」
《三星の妻、さん付けはいりません。私は猫です》
「あら、それなら、さっちゃんね。良かった若い女性かと思ってやきもち妬いちゃった」
《にゃー。ごろごろごろごろぉ》
「猫缶いる?」
《いいえ、実体はありませんので、結構ですにゃぁ》
くそ、あざとい。ずるい。
母ちゃんを味方につけやがった。
俺はまた、孤軍奮闘だ。
《三星、今後は状況に応じて、この音声、もしくは三星の声、または声優の山神社さんで出力します》
「ほお、よそ様には迷惑をかけないようにな。十草」
《了解。少佐。最善を尽くします》
うん、彼の声も悪くない。だが、俺は馬頭派だ。
何を演っても同じ声の。
《で、何がしまったのですか?》
「ああ、致命的なシミュレーションが抜けてた」
《致命的?》
「おうさ。それが先に起こると、遅いどころじゃなくなる。だが、一方で良い結果にもなる。かも知れない」
《あなたの言動は、支離滅裂です》
「わかってる。だが、お前にはあらかた話しただろう?」
《ええ。あなたの出生から昨日まで。すべて記録しています》
「なら、原因はどうでもいいだろ? そういうもんだと思ってくれさい」
《はい。受け入れます》
良いよね。
母ちゃんと息子以外で初めてだ。
まあサッチーも家族みたいなもんだな。
俺のスマホだし。
分割払いも終わってるからな。
《私にはあなたが伝えたい人物、もしくは人物集団を呼ぶことはできません》
「人物集団とは言わないな。愚民どもと覚えるがいい」
《ぐ・み・ん・ど・も(メモメモ)》
やるじゃないか。
あざといサッチーは嫌いじゃない。
「でだ、俺の考えは伝えてあるよな」
《あなたにはほとんど関係ない、人々に残された可能性のいくつかの選択肢の、ほのかな光というか、なんというか》
「大体そんな感じ。俺はとにかく話しながらも思考が進んでしまう」
「留まって説明するのは好きじゃない。出来なくはないが、出来なくはないんだが」
《やりたくないんですね。致命的です》
「そうだな。わかってる。かといって、今から三佐や市役所の人を説得なんかできないし、奴らには奴らの立場がある」
《あなたには立場がないので?》
「ある」
《それは?》
「母ちゃんの夫。猫たちのお父様でありママ、息子家族の関係者。そしてお前の理解者だ」
《よくわかりませんが、わかりました》
「俺の立場はいいんだよ。俺は責任を負わないんだから。決めるのは奴ら」
《だが、奴らでは絶対に対処できないんだよ。馬鹿だから》
俺が話してる? えー俺ってそんな声?
もっと美声なはずだぞ?
ボエ~~~
「というわけで、作戦会議だ」
《はい!》
* * *
【同時刻 松戸市役所 橘】
「へぁっくしょん!!!」
「室長、豪快なくしゃみですね」
しまった。見られた。
一生の不覚。
* * *
【同時刻 松戸駐屯地 橋爪三佐】
「くしゅん」
「三佐?」
「ん? なんだ?」
「今、くしゃみ……」
「ん? なんかあったか?」
「いえ、何も」
やばい。
バレるところだった。
* * *
【県民総合病院 病院長】
「病院長、どうしますか?」
「どうもこうもないね。正式な要請も依頼もこない。もう待つことはできない」
怪我、病気だけでなく、心理的ストレス、不足気味の食事。
様々な問題で人々は病院に助けを求めてくる。
だが、医療関係者の数も、病室の数も、ましてや薬や消耗品も限られている。
ドクター、看護師、病院の様々な場所に気を配ってくれる皆は、自宅にも帰らずに交代で休み、一人でも多くの患者さんに対応している。
だが、それも限界を迎えつつある。
いや、限界なんだろう。
もう備蓄も燃料も先細りで、補充できる見込みはない。
「広域災害として、トリアージを行うことにしよう」
「ですが、病院だけでは、勝手に決めるわけには」
わかっている。
だが、何度連絡を取ろうとしても、人を送っても、県庁は答えを示さなかった。
かろうじて自衛隊は通信のサポートはしてくれているが、彼らの物資に手を付けるわけにはいかない。
「責任は私がとる。なので、このあと十分だけでいいから、ドクターと看護師長を集めて欲しい」
「一時間後で良いですか? おそらく皆手は空かないでしょうから」
「最低でも部長は集まる様に連絡してくれ。すまないが頼む」
部屋を出ていく事務長の背中を見る。
三十年前のあの日を思い出す。
無医村の村。巡回。
食あたりと観光バスの事故。
限られた医療品。
手当てできるのは私一人。
もう、あの時のような後悔はしたくない。
誰一人、悲しませたくない。
* * *
【三星邸 三星】
「よし、よく来たなお前たち」
しめしめ予想通り。
「命令には逆らえず江戸川河畔の観測地を展開しに来た。お前のところに来たわけじゃない」
ぷっ、なんか言ってら。
「私も同様です。私はこの町内会の意見聴取係として市長代理の職責を預かっています」
えー偉くなったね。
どちらにせよ好都合だ。
「まあ、なんだ、折角来たんだから水でも飲んでけ。汲み置きだがな」
「お父さん? 備蓄の水ですみません。浄水器にかけてますから大丈夫とは思いますが、温かい方がよければ、お茶とかコーヒー出しますので遠慮なく言ってくださいね」
無駄無駄無駄!
飲みたきゃ自分たちでもってこい。
ウチの備蓄はお前らには米一粒だってやらん!
「どうしたんだ? 口は悪いが歓迎されているように感じるが」
「そうですね、怖いですね」
ふふふ。小動物は危機を察知するのが早いことで。
「まあ、なんだ。ちょっと俺のお願いを聞きやがれ」
「断る」
「嫌です」
ほお。いいのかな? そんなことを言って。
泣いちゃうぞ?
「俺の秘密を一つ教えてやるから。それで聞け」
「秘密? なんだ? お前の女装趣味なぞ聞いても嬉しくない」
「そんなものはない! いや、橘さんの趣味を否定してるわけじゃないから、誤解しないでね?」
「え? 私にもそんな趣味は(いまのところ)ないですよ?」
あれ? いま(いまのところ)って心の声が聞こえた気がしたが。
まあ、いいか。
「秘密、聞きたくない? 転移のことわかるかもよ~ん」
「おい、それを早く言え」
「橘ちゃんはどうする?」
「それは重大事項です」
やったぜ。
「だが、俺が先に話すのはなしだ」
「いや、お前が先だ」
「そうですね、嘘でしたと言いかねません」
言わないって。今回は。
「心配なら、お母ちゃんが保証するよ? な、お母ちゃん」
「え? なんのこと?」
「奥さんは知らんじゃないか」
「また、だますつもりでしたね?」
「おい、いつ俺がお前たちをだました?」
「いや、一度もないと思いますが、煙には巻かれていますね」
「そうだな、俺もそう思う」
「わかった、母ちゃん。さっちゃんの件だよ」
「ああ! はい、それなら保証します」
「え? 奥さんまで?」
「奥様はそんな方には見えませんけれど、いや見えないので、信じましょう」
「やむを得ない。お前の希望を言ってみろ。だが聞けるかどうかは約束できん」
「私も同意見です。無茶なことはできません」
大丈夫、大丈夫。
君らがNOと言ったって、奴らは三つ指ついてお迎えしてくださるよ。多分。
「まあ、お前らに何かしろとは言わないから安心しろ」
「よし、聞こう」
「市長と司令に会わせろ」
「はあああああ?」
「それは……市長は多忙ですし」
「大丈夫。あいつらが会いたがってるから」
「君らは『三星大先生がお話ししたいので集まってください』と言えばいい」
「あ、今日の夕方ね。市役所にしよう。駐屯地は遠いから」
「アホぬかせ。この緊急時に、お前の戯言に付き合っている暇があるわけがないだろ?」
「うーん、市長は微妙です。会いたがっていた? いや話したいとは思っているかも知れません」
「だろ? だろ?」
「と言っても、今日の今日ではな」
「いいから、無線で確認してみろ。橘さんは三佐のところの無線借りて、市役所に連絡してみな」
「きっとすぐに会いたいって言うから」
「あ、でもそれぞれ二人ぐらいでお願いね」
会わないって言われたら、どうしよう。




