ep.14 報告と任務
* * *
【11時30分 松戸市役所 今やる室 橘】
さて、市長に何と報告しましょうかね。
面白い人だった?
ちょっと心配になりました?
適切な言葉がない。
「橘室長」
「市長、どうしてこちらへ?」
驚いた。
市長室で資料と闘っているとばかり思っていた。
「窓から自衛隊の車両が見えました。あなたが降りられたので、そろそろこちらへ戻っているかと思い、来てしまいました」
笑ってる? 市長が?
「私からご報告に伺うべきでしたのに、申し訳ありません」
「いえいえ、早くあの方の言葉が聞きたくてね。それとあなたの感想もね」
言葉が聞きたいか。あれを聞けばわかる気がする。
「まだ、少し考えはまとまっていませんが、折角お越しいただきましたので、簡潔に報告申し上げます」
「はい、お願いします」
まただ。また笑ってる。
* * *
【12時15分 松戸駐屯地 作戦会議室 橋爪三佐】
「橋爪三佐、市役所にて連絡班の展開、その後、指定人物の面会を終え、戻りました」
「ご苦労」
おやおや、駐屯地の幹部勢ぞろいですか。
何事?
「お前から帰還の報が入ったのでな、待っていた」
俺を?
待たせるなら女性がいいな。
いかん。奴の悪の思考に汚染されている。
「遅くなり申し訳ありません」
「では、報告の前に、持って行ったボイスレコーダーを寄越せ」
おだやかじゃないよな。民間人との面会でボイスレコーダーなんて。
俺の能力も信頼ないの? 俺だって三佐だよ?
信用ないんだろうな。
「はい。まず、面会者の氏名は三星一樹。年齢五十五歳。自営業で主に編集関係の仕事を行っているようです」
「資料の通りだな」
そんなもんがあるなら先に欲しかった。
先手がとれたかも知れない。
「思考の組み立て方というか発想が常人とは異なります」
「どういうことだ?」
「私にもよくわかりません。ですが断片的な言葉を紡ぐと見えてくるような……来ないような」
「要領を得んな」
「確かに。続けろ」
「常人とは異なります。ですが通常の、この場合の通常に何を当てはめれば良いか適切な表現がありませんが」
「得体の知れない人物とは思いました。ですが、『何を感じた』かについては怖い、とお答えします」
「怖いか。それはどのような種類の怖さだ?」
「国民に対して害をなしたり、また我々のような存在に対する反感や、イデオロギーによる反発ではありません」
「むしろ、もっと純粋に幼児が暗闇を感じるような怖さです。共感を求めて、得られなかった。失望の怖さです」
「橋爪君、それは他者に害をなすものなのか?」
「いえ、彼は自身の思考の中で答えを見つけ、理解されなければ、あきらめるしかないと感じているように見えました」
「加えるなら、自衛隊や市役所の人間の行動を愚鈍とまでは言いませんでしたが、なぜそこまで行動できていないのかと苛立ちをぶつけているように見えました」
「二日目、連絡員の派遣、各基地との連携、情報収集以外に何ができると言うんだ?」
「奴、いえ彼の言葉をそのままお伝えします」
「話せ」
聞いたままを伝える。
わずかながら司令を含め、動揺を感じた。
「なるほど、先の三つはわかった。既に自衛隊としても検討対象とし、一部は動いている」
わかるのか?
自衛隊として検討、動いている?
そんな命令は一切出てないと思うが?
極秘指令か?
「川の件もわかった。そちらはもう展開済みだ」
え? 奴の考えを聞く前に始めてた?
逆か。奴はなんの情報も会議もせずに、司令たちの行動が見えている。
馬鹿な! 民間人になにがわかるんだ?
「確かに的外れな可能性もあるが、法やルールに縛られた我々には選べない発想だな」
「私にはわかりません。教えていただけますか」
「教える、か。その人物はまだ言わなかったのか、その他には?」
「なんでも答えを聞こうとするな、決めるのは俺じゃない、お前たちだ、と言い切りました」
「なるほどな、それは一般的な意見だ」
「要領を得んという顔をしておる」
「すみません、わかりません」
わかりようがない。
「お前がわかろうがわかるまいが、今は問題ではない。三十分ほど休憩して来い。呼び戻すまでにはボイスレコーダーの解析も進めておく」
「ありがとうございます? 橋爪三佐、三十分休憩し再度こちらへ伺います」
教えてくれ。ダメだと言われても知りたい。
「随分焦っているな。心配するな教えてやる。だが今は時間が惜しい、行け」
「はっ!」
* * *
【12時40分 松戸駐屯地 作戦司令室】
「ボイスレコーダーの初期解析は今お渡しした内容です」
「今後、更に通常速度での解析、また橋爪三佐への聞き取りにより精度を上げます」
解析班の隊員が報告する。
「さて、諸君。これをどう見る?」
「どう、と言われましても」
「検討段階項目が多いですな」
「そうだな。だが、更に先を予想していると私は見たが?」
会議の出席者はその内容を読み困惑している。
「私の従妹婿、松戸の市長だな、奴が通信手配のついでに話してきた」
「震災時に、唯一、何の根拠もなしに、対策を示してきた男」
「ほう」
「どういったキャリアで?」
「資料の通り、キャリアなんてものはない」
「ふむ。思想関係は?」
「そんな資料もない、あくまでも善良な一般市民だ。善良の保証はどこにもないが」
「なぜその男を司令は?」
「我々は国民のための存在だ。そして隊の中のルールもある。何より日本国憲法を順守する。逆に言えば縛られている」
「ですが、それは我々の存在意義ではないですか?」
「その法自体が成立しなくなったらどうなる?」
誰もが考え込む。
「法律に定められ、防衛のための装備を許された存在。その我々が法律を失った時に存在の根拠を失いかねない」
「社会は、国民は我々をどう見ると思う」
「それはかなり危険な思想ではないでしょうか」
「そうだな。二二六や五一五、市ヶ谷の件を想起されるな」
「いや、そういった意味だけではなく」
「わかる。だが考えてもみろ」
「我々であっても中央との連絡がないだけで、海将の元に集うしか選択肢はなかった。独立性を主張すれば危険視されるだろう」
「我々には人々の脅威になり得る、装備があるのだから、一度危険視されれば、もう二度と信頼は戻るまい」
「そして、何より元に戻れる保証がない。行政の長や議員を選ぶ方法は原始的なものに返る。不正も横行しよう」
「また、我々が直接介入すれば、混乱は混乱ではなく、争いになってしまう」
「国民を守るべき我々が、騒乱の起点になってはならない」
「海将――暫定統合も、ヘリなどを使った利根川周辺の探索で、未知の領域に対する考えを話してきた」
「ならば、我々だって限られた物資を守り続けるのではなく、社会の再構築のための模索をすべきと考えるが、どうだろう?」
「暫定統合も各基地も似たような意見を出している」
* * *
【1時 松戸駐屯地 作戦司令室 橋爪三佐】
再び呼び戻されるまでが、とても長く感じた。
「三佐、お前は何が聞きたい?」
「何が、と言われますと?」
いや、それがわかるぐらいなら、聞きたいなんて言わないんだが。
「結論から先に話す」
よし、こい。
「橋爪三佐、貴様は一個小隊を率い、三星邸に近い江戸川河畔に前哨基地を設けよ。市役所へはこちらから要請しておく」
「役職はそのままだが、お前が責任者だ。もう一度その人物に会い、必要な人員、装備、備品の検討をせよ」
「常に報告は怠るなよ。加えて、命令を逸脱しない範囲で、お前の独断行動を許可する。範囲は――」
「はああ?」
あほみたいな声を出してしまった。
訓練だったらぶっ飛ばされる。
「すみません!」
「構わん、理解する。お前があほみたいな声を出した理由はな」
良かった。
だが、良くない。
「司令、私には任務が」
「その任務は他の者に預ける」
「しかし」
「お前はその三星氏の話を聞いたんだろう?」
「それはそうですが、ですが俄かには信じがたいことばかりです」
わからんことばかりなんだ。
「松戸駐屯地としての命令は先の通り、以下は私の言葉として聞け」
「はっ」
命令と「言葉を聞け」か。
「三星氏は危険人物とは判断されていない。今のところはな」
「はあ」
「そして、我々には想定していない事態を先読みしている。だがそれも確実ではない」
「はあ」
あほみたいな返答しかできないな。
「すべてを話すわけにはいかないが、三星氏には独自の情報ルートがあると踏んでいる。通信班も裏付けを急いでいる」
「通信班? 無線以外の何かがあるんですか?」
「わからん。だから継続して調査する」
おいおい、あの野郎、やっぱり秘密をもっていやがったか。
「だが、それとは別に、自衛隊としてではなく、我々も一国民として生きていくためには、別な角度の視点が必要である」
「それにしたって、あの発想はないでしょう」
おかしいって、いや、出てくる言葉がおかしいのであって、奴の中では成立しているのか?
「わかる。だがその人物の示した三つ、更に未知領域への展開は我々の行動に一部合致する」
「民間人の奴の言葉が? 合致? 偶然ではないのですか?」
「偶然かどうか、お前の目と耳で情報を集めて来い」
「ですが、まだ私は教えていただいていません。納得できかねます」
「わかった。だが、お前自身も考えろ」
何を考えろっていうんだ。
「鉄道・通信・エネルギー、この三つを今すぐ押さえろと言われたな」
「はい、その三つです」
「それは接収や自衛隊で物資を確保しろという意味ではないと私たちは見た」
「まったくわかりません」
「そうだろうな。言葉が足りなすぎるし、これから話す内容も私見に過ぎんし、絶対ではない」
イメージはわかる。だがそれをどうするかを奴は一言も触れてない。
それにしたって司令の私見って。
「三星氏は、こうも言ってなかったか? 物資を配り切ってしまえ、と」
「言っておりました」
「なら、それは我々の発想に近い。いくつもある選択肢の中の一つだ。通常では決して選べないがな」
選べない物を示したのか奴は。
だが、選択肢の中にはあるのか。
「簡単に説明するなら、今ある物資は使い道を決めてしまうことだ。小分けにするだけ時間も労力も無駄ということだ。実に合理的な発想に基づく」
「更には、これから順次復旧、いや復旧できる可能性がある場所が生み出すものを計画的に、かつ広く分配するためにバラバラな意見を一つにするということと読み解いた」
「ですが、それは統制であり、我々の範疇ではありません」
「その通り。だが、一方で規律をもって、国民に奉仕できる存在は我々が適している」
「それは行政や警察の仕事ではないでしょうか」
「そうだな。だが、もう行政には情報も人員もコントロールできなくなるだろう」
「ですから、それは、表現は的確ではないですが、力で抑えた管理ではないですか?」
「そうだ。だが、それも本当にわずかな期間なんだよ、三佐。時は待ってくれないんだ」
「彼は、今の文明を維持するのではなく、新たな社会を構築するための一時しのぎとしてそれを押さえろと言った」
「そして、お前も聞いた通り、本、技術、生活基盤、この三つを再構成しろと言ってるんだ」
「子どもたちの本、蒸気機関、江戸から明治」
「子どもたちの本は、知識の継承、学ぶ機会と様々な職業への適性判断、娯楽を意味するのかも知れん」
「蒸気機関の件も、一部を表現した拙い言葉だろう。要はレベルは下げても持続できる技術を消さないということ、そして職を失う人材に対し、別の生き方を示すのではとも思える」
「江戸明治については、歴史から学ぶのではない、石油製品も科学技術もない時代にだって人は生きてきたその生き方を参考に、新しい文明を構築しろと私は解釈した」
「加えるなら、松戸駐屯地としても大筋では合意できる。あくまでも大筋であり、まだまだ検討の余地はあるがな」
マジか。話の断片をつなぐとそんな話になるのか?
そんな深いこと言ってたようには見えん。
俺が馬鹿なのかな?
いや、あいつの方が馬鹿だ。
そりゃあ誰からも理解されんわ。
* * *
【3時 松戸市役所 市長室 市長】
「橘さん、お忙しいのに申し訳ない」
「いえ、他の課の皆さんも、私のところの皆も走り回ってくれてますから」
そうですね。私も少しだけ尻を叩きました。
「唐突で申し訳ないが、今日はもう上がってください」
「いや、まだやることが山のように残ってます」
「何がありますか?」
「市民の応対は勿論ですが、警察、消防、そして自衛隊との連絡をとらなきゃなりませんし」
連絡をとってどうするのかな?
資料を作るのかな?
「室長、昨晩は泊まりでしたよね」
「ええ、まあそうですが」
「一度家に帰ってご家族の顔を見て、しっかり体を休めてください」
「ですが」
三星さんの話では足りなかったかな?
「あなたは三星さんの言葉をどう受け止めましたか?」
「先ほどの報告の通りですが」
あれは表面的な言葉を伝達したに過ぎない。
「そうではなく、あなた自身がこれからの松戸について、どう思いましたか?」
「これからの、松戸?」
「わかりません。ですが、今この時間にも市民が不安になっています」
「あなたも、市民です。私が守る範囲にあなたも含まれていますよ」
「何を考えるか、また考えないか、どちらでも構いません。今は一晩休んでください」
「明日、また元気な顔を見せてくださいね」
待ってますからね。




