ep.13 三星の言葉
* * *
【三星邸 三星】
「自分もあんたの話を聞きたい。命令にはないがな。だが……聞くことが思い浮かばない」
混乱してる。無理無理。
転移とか出たら、普通の人は何も考えられない。
そして、必ず「帰る」にしかつながらない。
「あなたは、六百万のうち誰を残すのか、と言いました。それを決めるのは普通の人の役目ではありません」
割と頭硬いなあ。だから市役所で信頼されるんだろうが、硬すぎるとこの後の話は理解できないよ?
「俺だって決められないぞ? 俺が決めるなんて一言も言ってない」
「そうですが、言ったに等しいと思います。誰を残すのか、と指定しているのですから」
理論派のふりした感情論者め。
理論でもない。理想論者か。
「うーん。そう言われると俺が決めるみたいに聞こえちゃうよなあ。俺が悪いのか? いやあんたらが悪い」
そうだよな? 自信はまったくないが。
「整理して考えれば、違うように受け取れるかも知れないが、確かにそう聞こえなくはないと思うぞ」
三佐よ、口ぶりが随分軽くなったな。
だが、俺はそんなに安くないぞ。
「わかったよ説明する。だが俺の知りたい情報も提供してくれ。ギブアンドギブンじゃないと俺だけが損するから嫌だ」
「わかる範囲でしたら」
「機密情報以外ならな」
予防線バリバリ張ってやがる。
「転移した。これは信じようが信じまいが、そのうちわかる。そこは問題じゃない」
「そこが大切な気もしますが」
話が進まないから黙って聞いて欲しいな。
「だから知らんって言ってるだろ? 論理的帰結?になるかどうかはわからんが、橋が切れてる、だから千葉県全域で通信できない」
「ほんのちょっとだけ、本当にちょっとだけ、息をするのが苦しい。だが気づかない人の方が多いだろうがな」
息、苦しいかな? 普段からまったく運動しないから、ずっと息が苦しい俺じゃわからん。
「なぜ橋が切れてることをご存知で?」
「いや、なぜ千葉県全体が通信できないと断言できる。そして息が苦しいとはどういう意味だ?」
面倒だなあ。
「橋が切れてるのは、あんたらだって知ってるだろ? 俺は別に見てきたわけじゃないが、千葉県が転移したのは知ってるから、橋が繋がってるはずがないと言ってるだけだ」
「わかるような、わからないような」
「通信と息について説明を求む」
軍人さんっぽいなあ。
「通信できないのは転移したからだろ? 転移したら衛星は使えない、光の回線も切れてるからそっちもつながらない。同じことだろ?」
「いや同じじゃない。あんたは千葉県が、と言った」
あーサッチー。可愛いサッチー。
言わないでおくからねー。
「それは企業秘密だ」
「企業って、あんたは勤め人じゃないんだろ? 法人ではないだろ?」
くそ揚げ足ばかりとりやがる。
「自衛隊だって機密情報があるんだ。個人だって一つや十個ぐらいはあるさ。それに全部語るとは一言も言ってない」
「確かにそうなんだが」
危ない危ない。
「息はだな、それも企業秘密なんだが、出血大サービスだ。気圧を調べろ。それでわかる」
「気圧? なぜ?」
まあ、それが一番数値で見られるよな。
「なんでもかんでも俺に聞くな。観測機器ぐらいどっちもあるだろ?」
俺は便利なロボットじゃない。
なんでも(嘘も)教えてくれるAIでもない。
「それを踏まえてあんたらに質問だ」
「三佐、松戸の駐屯地に隊員は何人配属されている?」
「機密情報だ」
やられたらやり返すなんて、ひどいわあ。
良いけど。
「うん、それで十分だ。わかった。二千人ぐらいだな。後方支援、その他前線に立てない人も含めてね」
「なっ」
気にすんな。適当だよ。
「橘さん」
「はい」
「警察と消防は?」
わからんだろうな。
「正確な人数は、今ここではわかりません」
「知ってる。警察は公表もしてなかったよな? 確か」
「そこまでは、ちょっと」
そっちは県警、公安の範疇だからな。
「そっちもおおよそ見当はつく。どんなに多く見積もっても二千人はいないだろ」
わからんって顔してるな。
ま、俺も正確なところは知らん。興味ないし。
「自衛隊、警察、消防、他に人を守る仕事に該当する公人を全部入れて、五千人としようか」
「松戸には五十万人が暮らしている」
「では、二人に聞こう。五千人で五十万人を守れるのか?」
割り算ぐらいはできるだろ?
設定した数字は、わかりやすくガバガバにしたんだ。
一人百人だな。それだってかなり贔屓目で見た数字だ。
「実際は、五千人が四六時中、飯も食わず、睡眠もとらず、なんてできない。また消防は一人二人では行動できないだろう」
「そうなったら、五十万人を誰が守るんだ? 守りきれると思ってるのか?」
* * *
【三星邸 橘】
単純計算で一人で百人を守る。
それだってこの人が言うように、あくまでも甘く見た数字だ。
実際にはもっと少ないだろう。
そして守るためにも、通報そのものが入らない。
現場に向かった時には、すべてが終わった時かもしれない。
「な? 土台無理な話なんだよ」
言われればわかる。
だが、通常だったら守れてるんだ。
「でも、今はいつも通りじゃないんだよ? 橘さん」
「エスパーか何かで?」
この人は超人か?
「誰でもわかるだろ? なあ三佐」
「わからん」
「数字が問題じゃないんだよ。俺だって適当に言った。見当違いということはないが、それでもその数字に意味はない」
「おい」
橋爪さんが突っ込むのもわかる。
超人じゃなかったほら吹きの類だ。
「いや、三星さんの言うこともわかります。要は五十万人、千葉県なら六百万人を守るほどの人員はいない、と言いたいんですね?」
「そうなの? じゃあ、それでいいよ」
自分で言っておいて、支離滅裂だ。
ほら吹きでもない。
他人を言葉でもて遊ぶ、ただの変人だ。
「まあいいよ。その前提で、『ことば』を聞かせてやる」
思わずつばを飲み込む。
橋爪さんも真剣な眼差しで見ている。
「もう、手遅れなんだ」
* * *
【三星邸 橋爪】
「何をもって手遅れとする?」
「すべてだよ」
すべてってなんだ?
「警察は何をしてる?」
「信号が止まっているので交通整理と、巡回に人を割いていると思います」
それが奴らの仕事だろう。
「で、松戸駐屯地さんは何を?」
なんて答えればいい?
任務として降りてるのは通信環境の準備だけだ。
それだって展開としては早い。
「市役所その他関係各所に連絡員と機器を配置した」
まあ、役所に来ることがあればわかる。秘密でもないな。
「で? 以上?」
以上とはなんだ? あと何ができるって言うんだ?
命令は出てない。十分だろう。
「警察も、消防も、連絡員は手配したんだよな?」
「はい、市役所からも人を派遣して連絡ができるように体制は整えてあります」
立派なもんだ。一日で。
市役所から、おそらくこの人の手配だったんだろうな。
気苦労ばかりしょい込みそうだもん。
「二日目でそこまでなら、お前らはもうだめだ」
「だから、なぜダメなんだ?」
ダメの根拠も示さない。自衛隊の中にいる俺が十分に早いと感じてる。
だが、この胸騒ぎはなんだ?
何を言い出すつもりなんだ?
「駐屯地から人を派遣して備蓄を集めてはいまい?」
「備蓄は十分にある。また自衛隊以外の備蓄は、それぞれの集団の所有物だ。我々にはどうこうする権利はない」
備蓄の警備ならまだしも、集めるとはなんだ?
「市役所もそこまではまだ考えてないだろう?」
「そこまでも何も、市民の皆さんの備蓄は市民の財産です」
「だからもう手遅れなんだ」
「だから、それがわからんと言ってるだろう!」
「にゃっ!」
「声を荒げるな! うちのかわいいねこちゃん達がおびえるだろ?」
「す、すまん」
こいつの話が要領を得ないばかりについ声が大きくなってしまった。
「備蓄を集めて配り切ってないから、もう終わりだって言ってんの」
集めて、配る? 配り切るとは何だ?
なぜ? どこに? どれだけ? どうやって?
「まだ余裕があるのに配るのは、早計ではないのですか?」
そうだ。橘さんの言う通り、まだ猶予はある、はず。
「馬鹿だなあ。余裕なんてない。備蓄をちびちびと配るのに人を使うのは愚の骨頂だ」
なぜ? 疑問しかない。
「本当にわかってないんだな。もういいや、終わり終わり」
「まだ終わってないですよ」
「そうだ、我々は答えを聞いてない」
聞かなきゃ帰れまい。
報告することができない。
それに集めて配るなんて普通はしないし、出来ない。
「誰が、答えを、教えるなんて、言った?」
なんて冷たい目だ。
冷たいけど、悲しい目だな。
どんな経験を積んだら、そんな目になるんだ。
「答えはあんたらの責任者が出すんだよ」
確かにそうだ。だが、なんて言えばいい。
司令に何を伝えればいい?
「話は終わった。帰れ」
帰れん。
俺自身がこいつの言葉を聞きたい。
「三星さん、あの」
橘さんもどうしていいかわからんのだろう。
彼もこのままは帰れまい。
「お父さん。お二人は話を聞いてくださってるのよ」
「でもさあ。馬鹿だからあ」
「人を馬鹿なんて言っちゃだめでしょ」
「すみません……」
どうしたらいいんだ。
何か提供すれば良いのか?
「わかった。愛するお母ちゃんのために三つ教えてやる」
助かった。恩に着ます。奥さん。
「鉄道」
「通信」
「エネルギー」
「この三つを今すぐ押さえろ」
「俺がお前らに教えてやれるのは、それだけだ」
* * *
【三星邸 三星の妻】
このまま二人を帰しちゃダメだ。
また、この人が孤立しちゃう。
そして、今度は誰も助けられない。
この人自身も助けられない。
「お父さん」
演技しよう。
「なんでしょうか。お母ちゃん様。今日もかわいいね」
「そんなこと言ってごまかさないの。ね、それじゃわからないでしょ?」
「いえ、分かる人には分かります。たぶん」
分かる人が居てくれればいいけど、そんなに都合の良いことばかりじゃない。
「市民病院ではお世話になったでしょ? 震災の時、あなたの親戚も助けられたんでしょ?」
きっかけさえ出せば、この人は私の意図を汲んでくれるはず。
「そうだなあ。病院も震災の時も助かったなあ」
考えてる。でも良い方向だ。
「ちきしょう。大盤振る舞いだ。お前らお母ちゃんに感謝しろよ」
「お父さん、調子にのらないでね」
「ひぃ」
良かった、伝わったみたいだ。
「これは市役所だけじゃない、自衛隊もだ」
「なんでしょうか?」
できるだけかみ砕いてね。あなた。
「さらに三つだ」
「子供たちのための本」
「蒸気機関と関係者」
「江戸から明治までの資料」
「この三つは手放すな」
わかるのかしら……。私にもわからない。
「なぜ、その三つなんですか?」
「市長なら、もちろん司令もだが、人の命を預かる人なら、それを言えばわかる。わからんなら、その時点で終わりだ」
本と蒸気機関、資料? なんだろう?
知識、技術……資料がわからない。
「三佐、俺はお前が嫌いだが、階級に免じてお前にも教えてやろう」
「聞こう。階級に免じてというのがひっかかりはするが」
「施設部隊を江戸川と利根川へ出せ」
「何をさせる?」
探索、なのかな?
「銃器類は持たせるな。持つとしてもあくまで自衛のために限れ」
「丸腰で出せと?」
「大型車両もヘリも使うな」
「徒歩で移動しろというのか?」
「現地までは構わん。だが、それ以上は使うな。それにそれらは他の使い道もある。だから残せ」
どういう意味なんだろ? まったくわからない。
「それから、学校を各地に展開しろ」
「学校、生活支援か?」
「生活支援も、だ」
「理由は?」
「自分で考えろ。これでも市役所さんよりは超大サービスだ」
それはなんとなくわかる。
わからないのかな? 自衛隊の人は。
守られるだけが、市民じゃないのに。
* * *
【11時 車内 橋爪三佐】
「橘さん、あなたはどう思われましたか?」
奴の家を出てからしばらく無言が続いたが、耐えられなくて橘さんに声をかけた。
「そうですね。俄かには信じがたいし、ほら吹きの話を聞かされたというのが第一印象ですね」
「同意します」
それ以外に言いようがない。
「うまく言えませんが、あの方は最初答えではなく、道筋と言いました」
「ふむ。確かに。答えとは断言してませんね」
「ええ。そして最終的には、私には理解できませんでしたが、いくつかの言葉を残しました」
「ほとんど意味がわかりませんでしたけどね」
実際、なんて報告すればいいか判断に迷うところだ。
「奥さんも大変なんでしょうね」
「だが、よく理解している。奴も奥さんに依存している」
唯一、社会の中で奴が成立するのは、奥さんのおかげなのかも知れないな。
「いや、本当になんと表現したら良いか。市役所には様々な方がお越しになりますが、そのどなたにも当てはまらない」
「確かに、これまであんな人物には会ったことはないですね」
掴みどころがないというか。
わざとな部分があるのも見える。
だが、核心をついた話をしている気がする。本当に気がするだけだ。
それでさえ買いかぶりすぎな気もする。
「私ね、思ったんです。意味は分かりませんでした。でも、我々には見えないものを見ている」
「ほう、奇遇ですね。認めたくはありませんが、私もそれに近いものを感じたような、全く感じなかったような」
本当に認めたくはない。
だが、正直に打ち明けてみるか。
「私はどちらかと言うと、初めてフグを食べた人や、何かを最初に発見した人物と話してる雰囲気でした」
その一方で食い意地がはって、腹を下している。下しているだけですめばよいが。
最初に発見したはいいが、誰にも信じてもらえない、孤独?なのかな。
まあオオカミ少年の方が奴にはお似合いだ。
「いずれの方もあんなに口は悪くないでしょうし、もう少し伝える努力はすると思いますよ」
「まったくだ」
だが、憎めないな。
俺とは違う視点。新鮮ではある。
「悪い人ではないんでしょうね」
「ええ」
悪人ではないだろう。あんな悪人に騙される奴がいたら、よっぽど純真な人物だ。
それに何の見返りも求めなかった。
詐欺師の常套手段で、最初は無料、あとは大金をせしめるってやつかも知れん。
だが、奴は拒んでいたな。
「利益?と言ってよいのか、奴は、我々には行動してないことを責めましたが、奴自身は何かしているようには見えなかった」
今のところ話しかしていない。それも絵空事にしか聞こえない。
「買い被りかも知れませんが、自分でやれないことを人に責めて、それ以上にもっと自分を責めている」
「不器用な男かも知れません」
買い被りだし、奴が自分を責めているようにも見えなかった。
あの目を除けば。
「そうですね。本当に、とても不器用に見えます」
「その不器用さの中に可能性があると、お宅の市長さんや、ウチの司令も勘違いしているのかも知れない」
司令は可能性なんて言ったっけ?
断定しなかったことだけは覚えているが。
だが、あいつの物の見え方、常人とは違う考え方。
俺には結びつかない物事の数々。
結論ありきではない。
あれが奴の考え方なのかも知れない。
「とても、焦っているように見えます」
「そう、奴は焦っていた」
まだ二日目なのに、「もう手遅れ」と言い張る。
そんなことはないはずだ。
「どんな理論構築をしているか、私には全く見えませんが、奴の中ではもう崩壊が見えているのかも知れない」
「崩壊」
怯えていると言ってもいい。
だが、奴は、切り捨てられる目もしていた。
「あんなに冷たい目をしたやつは、滅多にいない」
「怖かったです。あの時の目」
鬼の訓練にも耐えた。
がれきの中でうめき声をあげる人たちも見た。
助けられなかった人たちの、家族の悲しみも受け止めた。
それでも、あそこまでの目をした人間を、俺は見たことがない。
「何て報告しましょうかね」
「困りましたね」
うーん、困った。




