ep.12 三様
* * *
【4月21日 8時45分 松戸市役所駐車場 橘】
「あなたが橘さん?」
突然見知らぬ男から声をかけられて驚いた。
迷彩服の上に、濃緑色のジャンパーを羽織っている。
「はい? 私が橘ですが、失礼ですが?」
「失敬、自分は松戸駐屯地、三等陸佐の橋爪です」
自衛隊がなぜ? 私に?
「お会いできて良かった。色々困惑されていらっしゃると思いますが、まずは隊員たちを展開させても?」
「あ、はい」
何をするんだこの男たちは?
「各員、予定通りに動け」
「了解」
車両から次々資材を降ろし、市役所駐車場の一角にテントを設営し始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんでしょうか」
ここは市役所だ。
災害派遣と勘違い――いや勘違いじゃないな――物資を求める人が殺到する。
「市役所で勝手な真似はしないでいただきたい」
「勝手ではありません。市長からの要請を受け、駐屯地司令の命令で動いています」
市長? 司令?
さっきはそんなこと一言も言っていなかった。
信用ないのか。私は。
「勘違いされているようですが、今は時間が惜しい」
「勘違い?」
「とりあえず私の車両へ同乗ください」
「いや、私は市長から人に会えと言われているので、あなたに付き合っている時間はありません」
このまま別の仕事を押し付けられるのは困る。
まだまだ私がやらなきゃいけないことがあるんだ。
「市長から、あなたを連れて人に会いに行けと要請されています」
私は正に今出るところだったのに。
行き違いになったらどうするつもりだったんだろう。
「市役所に連絡班を残し、自分はあなたと同行し、直接現地へ向かえと命令を受けています」
「市長は何も言ってませんでしたが?」
あの人が指示を忘れることなんてないと思う。
「とりあえず、車に乗ってください。この時間が惜しい」
「あ、はい。説明はお願いします」
目的地が同じなら、市役所の車もガソリンも使わなくて済む。
ただ、帰りもこの人物に頼まなきゃいけないことになるのは考えものだが。
【8時50分 車中 橋爪三佐】
司令から市役所に行くついでに人に会えと言われた。
そんな悠長なことをしてる暇はない、と断ったが命令と言われたら背くことはできない。
拾えたら、市役所の今やる室の室長、橘氏をピックアップせよとも命じられている。
まあ、結果として拾えたからよしとしよう。
その人物というのも、
「一般常識がない、正しい表現を用いない、と言って拒絶するな」
とだけ言われている。
「市長から話を聞く限り、我々の役割にも利益がある、かも知れない」
と、司令にしては珍しく断定しなかった。
市長と司令は姻戚関係にあるんだったかな?
よくわからんが。
「で、状況の説明をお願いできますか?」
この人、だいぶ焦ってるな。
わからなくはないが冷静さを欠いたら終わる。
「ええ、私の名前は良いでしょう。役職も大したもんじゃありません」
「私には自衛隊内の階級はわかりませんが、連絡員には見えません」
まあ、徽章を見れば多少役付きぐらいには見えるか。
「これから会いに行く方についてですが、私は面識がありません」
「はあ? ではなぜ自衛隊の方がその方に?」
「市長さんからの紹介とのことです」
「紹介? この非常時に? それで自衛隊の方が会いに行くと?」
「橋爪で結構です」
「呼び捨てはさすがに。橋爪さんとお呼びします。それで?」
「私の任務ですが、今回の事態における我々の役割に利益があるかも知れない、と聞いています」
「利益がある? 私は話を聞けと言われていますが」
公務員でも、役割が違うからな。
「橘さん、市民がもう騒いでるのは把握されてますか?」
「橋の件なら、少しずつ広まっているとは思います」
入ってきた情報から判断するとそうなるな。
「そうですね、それ以外に備蓄がない市民、不安に駆られた市民が、基地にも大勢来ています」
「自衛隊に? 大勢?」
「ええ、大勢です」
目の前に集まった市民の数、顔、声。
それを見聞きしなきゃ、緊張感は伝わらない。
だが、違う意味でこの人も張りつめているな。
「常態ではないです。おそらく市民は危機を肌で感じています」
「危機? 水も出てます。備蓄についても防災無線で知らせてます」
頭で考えたパニック状態を、頭の中で解決してそうだな。
この人も現地では何も出来なくなるタイプかも知れない。
「人が何に依存して、何に安心するかは、千差万別です」
「市役所が用意した安心は、人々には届かないこともあるんですよ」
さて、目的地はこの辺だな。
不謹慎ではあるが、司令の口ぶり、市長からの依頼なら、面白い話が聞けるかも知れない。
こんな事態に、こんなことをしている暇もないはずだがね。
あまり期待しないでおくか。
【9時10分 松戸 三星邸 三星】
めちゃくちゃ寝た気がする。
結局あの後、町内会の連中は「明日にしましょう」「明日には復旧してるかも」と言って終わった。
もう知らん。
妻は悲しそうな顔をしていたが、一言だけ、
「お父さん、寝てないんだから、帰って寝ましょう」
色んな意味での気遣いなんだろうな。
「んで、あんたらは?」
なんなんだこいつらは?
「私は市役所の橘と言います。今やる室の室長です」
「自分は松戸駐屯地、三等陸佐の橋爪です」
少しよれたスーツの男、自衛隊員にしてはちょっとアウトローチックな男。
俺は男と話をするのは好きじゃねえ。
「あ、お茶です」
妻がわざわざお湯を沸かして茶を出す。
もったいないな。ガスボンベのガスだってこれから貴重になるのに。
朝っぱらから人の睡眠を邪魔しにくるやつなんか、汲み置きの水で十分だ。
「いただきます」
召し上がれとも、どうぞ、とも言ってないのに、飲み始めやがる。
礼儀がなってないな。三佐。
だから君は三佐なのだよ。
「お気遣いすみません。お湯まで沸かしていただいて。ありがとうございます」
お? 市役所はクレーム対応に慣れてるだけあって口だけは達者だ。
「お父さんはコーヒーでいいよね? 砂糖いれてないけど」
「ああ、目が覚める。ありがとうお母ちゃん」
さて、何を言うのかな、こいつらは?
「なんで二人とも黙ってる? 要件があるなら早く言ってくれ。余計な話は一切いらない」
「では、私から。市長からあなたの話を聞けと言われてきました。話を聞くまでは帰るなと言われています」
「自分は、市長からの要請で、司令に命じられてきました。話を聞けとは命じられてはいません」
話を聞け?
市長? 市長って誰だっけ?
「あー申し訳ない、市長って誰?」
「ご存じないので?」
「すまんね、仕事が立て込むと選挙とか行けないんでね」
市長、市長……誰だ?
「松井市長です。一昨年県議から市長になられました」
「松井? 松井ねえ」
松井聞いたことあるな。
まつい、まつい。
「あ、思い出した。あの県議だ。無所属で若い奴だ」
「ええ、無所属でどこからの支援も受けずに当選した若い市長です」
「へえ、あの人市長になったんだ?」
立派なもんだ。よく知らんが。
「ご存知なんで?」
三佐よ、忘れてたんだよ。
「あー、別に何の縁もないよ? ただ二度ほどあいつ、あ、ごめんね口悪くて」
「二度? 市長は八回お会いされたと」
あーそうだったかな。
終わったことなんかいちいち覚えてないよ。
結局なにもなかったし。
「じゃあ八度ほど話をしたことがある。一度目は追い返された。二度目はすごいと言った。アホみたいに。あとは忘れた」
「すごい? あの市長が? そんな言葉は使わないイメージですが」
インテリというか合理の塊って感じだったな。
合理は悪くない。前提条件さえ間違えなければな。
「嘘じゃないぞ? まあ結局何の役にも立たなかったし、あの後元通りになったから」
「どの時のことを話されているんですか? 自分にはさっぱり見えませんが」
三佐、君は黙って聞く係だ。
そして、次は補給部隊の女性を連れてくるがいい。
あ、妻が俺をにらんでいる。
なぜわかる。俺の周りはエスパーばかりで困る。
「うーん、面倒だから三行で言う。震災が起きた、松戸市と県で動けと言った、県議に早く対応しろと言った。以上」
「橋爪さん、わかりますか?」
「さっぱり」
馬鹿どもめえ。
説明がもどかしいんだよ。
「面倒くせえな。震災が起きたよな? 計画停電もあったよな? それは大分あと、国が定めたな?」
「まあ、話を省略すればそうですね」
「省略じゃねえよ。俺はそれを県と市で先に動けと言った。その動くアイデアは出した。山のようにな。結局はご存知の通りだ」
「それを、いつの段階で?」
なんだ? 何を驚いている?
普通の事だろう。
「わかりました。橋爪さん、私が先にお話させてもらっても?」
「あー、わからないけどお願いします。私は話せとは命じられていない」
誰だっけこの人。
室長、橘って言ったっけ?
名前覚えられんなあ。
「三星さん、あなたは何を見ていらっしゃるのですか?」
「何をって言われても、母ちゃんと、猫たちと、ついでに招かざる客のあんたらだが?」
うちの猫たちはかわいい。
猫砂これからどうするかな。
「この停電と通信切断、そしてこの先についてあなたは何を見ていらっしゃるのですか?」
「ああ、そういうことね。(知ってたけど)話したくない」
「なぜ? 私はあなたの話を聞くまで帰れません。仕事がたくさん待ってます。市民が私を必要としています」
「どうせ信じないから。話すだけ無駄」
「聞かずに答えは出せないですよね」
「面倒。というか、市長は話を聞いてこいと言っただけだよね?」
「ええ」
「なら、話はした。もういいだろ? あんたらこれから忙しくなるんだから」
「割り込みすみません。忙しくなるとはどういう意味で?」
そんなこともわからんから話したくないんだよ。
「お父さん、普通の人にはお父さんの頭の中は見えないのよ」
「ちゃんと順序だてて話さないと、またいつもと同じになっちゃうわよ」
ちきしょう。わかってるよ。
お前が俺を気遣ってくれてるのも。
「わかった。だが信じられない、嘘だ、と言ったら話は終了。それでいいか?」
「結構です」
「不謹慎だが、とても興味がある」
不謹慎ね。
俺の方が不謹慎かも知れないけどね。
「まず、昨日の夕方はこの町内会の爺どもには簡単に話したが信じなかった。だから俺はもうこの町内会は助けない」
「助けない? 逆に言えば助けられるんですか?」
「早まるな。俺はあんたらみたいな公僕でもないし、国民のために尽くす気はさらさらない。だが目に見える範囲ぐらいは助けたいという思いはある」
本当は妻と猫たちだけ助けられればいい。
だが、それでは足りない。だからついでに他の奴らも助けてやる。
「いいか、聞け。千葉県は地球からどこかへ転移した」
「うっ」
「橘さん」
ちきしょう、「うそだ」と言えば終わらせられたのに。
三佐が橘の口をふさいだ。
「惜しいな。まあいい。信じなくてもいい。前提はそこ。そこは揺るがない」
こいつらも信じない。いや信じたくない、でもいい。
俺は伝える。あとは知らん。
「もう、物資の補給も、どこからの援助も得られない」
「だから、最初から備蓄とか維持とか回復とか考えてる場合じゃない」
「文明を継続できるのか。秩序を守り続けられるのか。六百万人のうち、誰を残すのか」
「そしてどうすれば良いか、その道筋はある」
完全な答えじゃないんだけどな。
まあはったりでもいい。
帰るなら帰れ。
その方が時間を無駄にしないで済む。
【9時30分 松戸 三星邸 橋爪三佐】
「道筋はある」
おいおい、こいつは大ぼら吹きか?
それとも気でも触れたか?
いや、実際初日の各基地をつないだ通信会議では、尋常ではない話が出たようだ。
具体的なものは一切漏れ出てこないが、対応もやけに早い。
上の方は何かを掴んでるはずだ。
だが、それにしても転移とは大きくでたな。
「良いだろうか?」
「なんだい? 三佐」
「自分は、あなたが言っていることが何故そうなるのか、どうしてその結論に至ったか、全く見えてこない」
「そうだろうな」
細部の情報が全くない。前提条件も示さない。
だが、この男はまるで見てきたみたいに語る。
それだけじゃない。
道筋があると言った。それはまるでこいつだけ答えを知っていると言っているに等しい。
加えて県民のうち、誰を残すのかとも言い放った。
こいつは自分を神か何かと勘違いしていないか?
やっぱりだいぶおかしい部類の人間と言わざるを得ない。
「自分はにわかには信じがたい。信じないとは言っていないから誤解しないでもらいたい」
「惜しいな。言ってるけどな。まあいいよ、で?」
警戒されてるな。
「仮に千葉県が転移したとしよう、では帰れるのか?」
「知るかい」
なんだって?
「知るわけがないだろう。どうして来たのかもわからないのに、帰れるかなんて言える筈がねえ」
「それもそうか、失礼した」
いかんな。こいつの世界に巻き込まれかけている。
俺にはわからんが、こいつは自分の中で確証に近い、何かを見ている。
それを元に推論を重ねていってるのかも知れない。
なんだ? 盲信でもない、想像でもない、かといって(言ってる内容は支離滅裂だが)破綻してるわけでもない。
だが、公的立場の市長が、一民間人の話を一考の価値ありとしている。
ならば、聞くべきなんだろう。
司令も行ってこいと命令を下したぐらいだ。断定はしなかったが。
「あなたの話は要領を得ない。少なくとも俺には伝わってこない。だが、あなたの話を聞かせて欲しい」
確かに興味深くはある。
答えではないと言いたいんだろうが、こいつの中では繋がっているんだろう。
どういう意味なのか知りたい。
県民を守る方法なのか、それとも別な選択を迫られるのか。
こいつはある意味、爆弾みたいなもんだな。
処理の仕方を誤れば、たちどころに吹っ飛ぶ。
だが、悪くない。
危険物の取り扱いなら、俺の仕事になる。
《感謝》
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