9話 【回想】可南捕獲作戦!(高校時代)
──16年前
それはある初夏の昼下がり、5限目が終わり休み時間が始まってすぐの事だった。
「ちょっとぉぉ!」
ドアの方から唐突に聞き慣れた声が飛んで来て、教室にいた他の生徒と同様、可南もドアの方へ振り向いた。
「可南君!私今日の朝、『昼休みは委員会あるから来てね!』って言ったのに何してたのかなぁ??」
教室の入り口で桜がぷんぷんと怒りながら小さな唇を尖らせている。腕組みをして仁王立ちまでしているところを見ると相当な怒り具合のようだ。
可南は特に慌てるでもなく、机に頬杖をついたまま視線を右に左に泳がせて言った。
「えぇーっと、委員会なんてあったっけ…… 俺聞いてないけど。ねぇ、百瀬?」
隣の席の百瀬に話を振ると、百瀬は思いきり顔を引きつらせて小声で返す。
「(やめろ俺を巻き込むな! 福祉緑化委員のスケジュールなんて俺は知らないって。つーかお前、絶対覚えてただろ)」
「ねー?聞いてないよね。ほら、百瀬も聞いてないから俺も知らないよ」
「そんな訳ないでしょ?もう一人の委員会の子が休みなら可南君がちゃんと来なきゃ!どうしてそうサボるの」
桜は呆れたようにため息をつくと、可南の机にバサバサと数枚の書類を雑に置いていく。
「来週は絶対迎えに来るからね! これ今日のプリント。あとは、こっちがクラスへの連絡事項」
可南は配られたプリントに目を落とし、ふと顔を上げる。
「そういえば花壇拡張の件はどうなった?」
「だからぁ!」
桜が思わず声を尖らせた。
「それを役員で詰めたかったのに、肝心な時に来ないで催促だけするなんて……もう!」
「あー、えっと、桜が俺の意見上げといてよ。今言うから」
「だーめ!私、絶対聞かないんだから。来週お昼ご飯終わったらすぐ来るからね!?」
「え~~? 今聞いてよ桜」
イヤイヤをするように上半身をゆらゆら揺らして不服の意を表明している可南を見て、百瀬が不思議そうに首を傾げる。
「何がそんなに嫌なんだよ。お前意見言うの大好きじゃん?」
「ねぇ? そうだ!私柳橋君に頼もうかなぁ」
いつものおっとりとした微笑みを浮かべながら、桜がとんでもないことを言い出した。
「どんな手段使ってもいいから可南君を連れて来て、って頼むの。喜んでやってくれそ~♪」
それを聞いた可南は露骨に嫌な顔をして、一瞬宙を仰いだのち降参をするように両手を挙げた。
「分かった、行く。自分で行きます……はぁ」
屁理屈の申し子のような可南が戦わずして屈した様子を見て、百瀬は(桜さん、怒ってない時もなぁんか怖いんだよなぁ……こいつがこんなあっさり負けてるし)と心の中で苦笑した。
◆◇◆◇
──翌週。
「何なんだよ! 離せって」
「それは出来ねぇな。だってお前すぐどっか行くじゃん。こうすれば逃げらんねぇだろ?俺も仕方なくやってんのよ。ほれ行くぞ、おいしょっと」
廊下を行き交う生徒たちの視線が集まる中、可南は同級生の柳橋祐理の肩に担がれ荷物のように運ばれていた。
「はぁ? 仕方なくってなに……っ、ヤナ! 降ろせ自分で歩く!」
「却下だ。また隙を見てどっか行こうとしてんのバレバレ」
癖っ毛の銀髪をふわふわ上下させ、柳橋は可南を担いだままズンズンと歩みを進める。
「降ろせって! っていうかお前どこに向かって……」
「暴れんな、落ちるぞ」
「……いっ……お、ろせ」
可南の抗議の声が急に小さく掠れたことに気づいて、柳橋がふと足を止める。
「……? ん、どした?」
「……痛い」
「! わりぃ、何? どこが痛ぇの?」
柳橋は慌ててその場に可南を立たせようとしたが、可南は顔をしかめて脇腹を押さえている。
「ヤナの肩が、腹に食い込んだ……」
「はぁ……カナはもっと肉付けろよ。じゃあ、こっちの持ち方にするか。痛くないように、っと」
「だから抱えるなって! 持ち方って、俺は荷物じゃないんだけど!?」
今度は横からガッシリと脇に腕を差し込まれ、小脇にホールドされる形になった。これではますます荷物状態である。しかし、可南の華奢な体格では柳橋の腕力にはどうやっても敵わない。
「っていうかヤナはどこに向かってんの? ねぇ?」
「お前は今日、行かなきゃなんねぇ場所があんじゃねぇの?」
ニヤニヤと笑う柳橋は、そのまま目的の教室まで来ると足で蹴るようにドアを開けた。
「桜ぁ~、届けもんだぜ~!」
「う、ここか……。もう着いたなら降ろせ!」
ようやく床に着地した可南が制服を整える中、桜が弾むような足取りで近づいてきた。
「あ~、やっぱりサボろうとしてたでしょ? 自分で行くって言えば、私が迎えに来ないと思った? 柳橋君に頼んでおいて良かったぁ」
「裏切ったな、桜!」
「そんなに委員会が嫌だったら、可南君がさり気なく進行係を誘導して、早めに終わらせちゃうとかすればいいじゃない」
「何で俺がそんな事」
「花壇の件も早く終わらせて整備を始めたいんだけど、副委員長の進行がねぇ……」
桜がしょんぼりと肩を落とすのを見て、可南は短く一息吐くと手元の資料をパラパラとめくっていく。
「……あぁ、もういいよ。俺が何とかする。そしたら、三役が来る前に役員に話を通そう。結果ありきで進めれば無駄は減る。まずは学年で意見の擦り合わせだ」
その瞬間、可南の瞳の奥に鋭い光が宿る。
それを見た柳橋は、(お? やっとスイッチ入ったな)と内心ニヤリとした。
「……で、もし課題があるとすれば前に言った二点だけど。桜、対策は考えてあるよな? 後で俺が話を振るから、君が自分の言葉で皆に説明するんだ」
「うん。ほらぁ、可南君が来た方が早い♪」
「毎回これじゃ駄目だろ。なんでわざわざこの俺が」
「んー、じゃあ私も友達とさり気なく仕切る!」
「うん。そしたら俺が二~三年に行くから、桜は一年に話を通してきて」
「はぁい、頑張りまぁす!」
可南の手際がいい指示に、桜は肩までの髪をなびかせて嬉しそうに駆け出していく。それを見送る柳橋は、やれやれと首を振った。
(桜はカナに使われてるように見えて、実際は全部桜の思い通りじゃね?あんなふわふわしてんのに、いざとなったらこれだもんなぁ。桜つえー)
◆◇◆◇
委員会が終わり可南が教室に戻ると、早速柳橋が足早に寄ってくる。
「お?無事終わったか?」
「とんだ目にあった」
可南は相変わらず不満そうに、制服の皺を伸ばしている。
「でも話はついたんだろ?」
「無駄に時間を取られるのが、本当に嫌なんだよ。今日みたいに効率よく進むならまだいいけど、人数を集めたって使えない奴ばかりだし、三役がちゃんと指示や指導をすればいいのにそれもしない。……いや、出来ないのか? 何で誰でも出来る連絡役を俺が」
ドスッと自席に腰を下ろし、早口で不満を並べ立てている可南を見て柳橋はふっと息を漏らす。
「そんなに文句言うなら手ぇ貸さなきゃいいのに。本当はお前、桜くらい振り切って逃げられたろ?」
その言葉に、喋り続けていた可南の口が止まった。ふいっと柳橋を見上げた可南の瞳が、何か強い圧を放ち柳橋の視線を捕らえる。
「やりたいことがある奴がいて、環境も条件も揃ってるのに、周りのくだらない連中のせいで阻害されるなんておかしいでしょ。間違ってる」
可南のその言葉には、先ほどまでの自己中心的な我儘さはない。
「そんな理不尽さを飲み込む方が死ぬほど嫌いだ。大っ嫌いなんだよ、そういうの」
柳橋は一瞬だけ圧倒され、でもすぐにいつもの不敵な笑みを浮かべて肩をすくめた。
「よっぽどだなお前。別にいいけどそのギラついた目で笑うのはやめてくんね、怖えよ」
柳橋は可南の頭を大きな手でクシャクシャと撫でる。
「ま、そういうことならしょうがねーな。桜が何かやりたいんだろ?あいつの気が済むまで付き合うしかないんじゃね?」
「約束だからね。桜にやる気があるのが救いだ」
「カナはマジで何でも屋だな。まぁ、敵は作んないように上手くやれよ?」
「今のところ俺の敵はヤナなんだけど。皆の前であんな運び方されるし、桜の味方だし……」
じろりと下から睨んでくる可南に、柳橋は「ははっ」と声を上げて笑った。
「お前が自分でした約束を破ろうとしてるからだろ? 俺は悪くねぇよ」
「時間は無限じゃない。効率の悪い会議に付き合っていられないんだよ。大体ね、俺がしなきゃいけない事は外部への根回しと実地調査、生徒の取り込みであって誰にでも出来るような仕事は俺じゃなくて別の奴が」
「はいはいはい、なげぇよ。カナちゃんは流石でちゅね~、後で学食で白玉杏仁買ってあげまちゅか~?」
「……今、お前にイラッとしてる」
「はっはっは!いや~ん、カナちゃんこわぁい♡お、もう授業始まるじゃん。んじゃ後でな!」
そいつの裏表のない底抜けに明るい声に、なんだか色々どうでも良くなった可南は柳橋の背中を見ながら呆れたようにクスリと笑った。




