8話 どんな高校生?
「えっ! ホントですか? 初カノが大学!?」
昼下がりのオフィスに、凪の驚愕した声が響いた。可南は手元のタブレットから目を離さず淡々と答える。
「驚きすぎ。それも短かったしね。そもそも彼女という存在の必要性が俺にはイマイチ……」
「高校の時に桜さんと、とか無かったんですか? 会社を一緒に始めるくらい仲良かったんですよね?」
「桜? 向こうが俺をそういう目で見てないでしょ。高校時代なんて特に忙しくて、気づいたら卒業してたからなぁ」
「部活とかで、ですか?」
「部活は入ってない」
可南は画面をスクロールしながら、サラリと言った。
「書類作ったり、調査してたり、署名集めとか勧誘とか。そんな雑務で終わってた」
コーヒーカップを片手に、近くにいた篤史が眼鏡の奥の目を数回瞬かせて聞く。
「あぁなるほど。生徒会の活動で?」
「ううん、個人で」
凪が完全に動きを止めた。
「……書類とか署名って、個人でやるもんでしたっけ?」
「色々あるんだよ」
可南はそこで初めて視線をタブレットから凪に移し、まるでよくあることのように説明し始める。
「校則を改定したいとか、生徒たちが部活に外部講師を招きたいとか、あと新しい部活を立ち上げたい時とかに要望書的な書類を色々書くんだ。必要なら全生徒数の三分の一以上の署名をかき集めて添付したりもする。
学校全体に関わるものは予算をみんなで決めなきゃいけないものもあるから生徒会に依頼もしてね。
他には怠慢な顧問とか、陰湿に体罰してる教師の実態調査報告書とか。……ふふっ、あれは校長もイヤな顔をしてたな」
「何か僕の高校時代と大分次元が違うような……。可南さん、何しに学校行ってたんですか」
凪の引きつった顔を見て、篤史がたまらずといった様子で「ぶふっ……クックックッ」と噴き出した。
「貴方らしい」
「何しにって、教育を受ける権利と同じ、生徒には学校に対して意見を表明する権利がある。その権利を行使しに」
「さっき呼んだー?」
ひょっこりと、パーマがかった茶色い髪を揺らして桜が話の輪に入ってきた。にこにこと楽しげに目を細めている。
「ねぇ可南君、大事なのが抜けてるよぉ。あとは上級生と喧嘩とかぁ」
「な……余計なことを。貴女は呼んでないから向こうに行きなさいよ、ほら!」
「喧嘩?」
篤史がわずかに目を見開いて興味深そうに身を乗り出した。
「そんな手が出る感じじゃないのに、意外ですね」
「語弊がある」
可南はふてくされたような顔をして篤史から目をそらした。
「俺は止めに行くだけなの。ただ、一回止め方をミスって片方を殴っちゃったから、もうね」
「あの時大騒ぎだったよねぇ。三年対二年みたいになってどんどん人増えるし」
「俺は渦中にいたから、どれだけ外野が大騒ぎだったのかは知らない」
「あははは! 激しいですね~。で、結果はどうだったんです? もしかして勝ったとか?」
凪が爆笑しながら可南に聞いた。
「当然、俺ら二年がボコボコだよ。先生達が来て強制的に終わった。友達は互角にやってたけど、俺はどうやってもフィジカルで負ける。対複数だとなおさらだ」
「確かに、そんな毎日じゃ余裕が……。あれ? でも部活を立ち上げたのに、ご自身は入ってないって事ですよね?」
「俺はただのオブザーバー。顧問探しと依頼をして、初期部員の勧誘をしただけだから」
「そんなに色々したいなら、生徒会に入ったほうが諸々スムーズだったんじゃないですか?」
凪がそう問いかけると、横にいた桜がどこか見透かしたような笑みを浮かべ、可南をあえて見つめて言う。
「だってそういうの苦手だよねぇ?ただの委員会すら嫌がってて」
「ダメだね」
可南は目にかかった前髪をかき上げるとげんなりとした顔で続ける。
「所属とか、時間とか、場所を縛られると思うように動けなくて煩わしい。まぁ、そんな事ばかりやってたら彼女どころか気づいたら卒業っていう……」
「クスクス。例え当時の貴方が女子に関心があったとしても、その破天荒さについていける子がいるとはお世辞にも思えませんけど」
篤史が眼鏡を押し上げ愉快そうに言うと、凪がなぜか熱量高めの興奮を乗せた声で聞いてくる。
「じゃあじゃあ、大分目立つ生徒だったんですね??」
「俺自身は騒いでないからそうでもないよ」
可南は首を振った。
「何かしたいとか、変えたいっていう奴がメインにいて、俺はその裏で動いてるだけだから」
「暗躍!!」
凪のテンションはさらに上がり、目をキラキラ輝かせて可南に詰め寄った。
「いいなー、僕もそういう学校がいい!可南さんがいる学校面白そうじゃないですか!」
「別にそんな……凪さんだって、きっと高校時代から上級生にモテモテで面白おかしく過ごしてたでしょ?」
「あ、ありそう~」
可南の言葉にすぐさま桜が同意すると、凪が「えっ」と頬を染める。
「な、何で分かるんですか!? 初カノ、確かに先輩でしたけど……」
「「「やっぱりそうだよね」」」
篤史、可南、桜の声が綺麗にハモった。
「今、完璧にシンクロしてましたよお三方!」
「あはは。まぁ、分かる人にはわかるってこと」
楽しげに笑う篤史を横目に、凪が「もうー」と唇を尖らせる。ひとしきり笑った後、桜がふと思い出したように首を傾げた。
「そう言えば、あの乱闘騒ぎのもう一人の主犯だった柳橋君ってもう落ち着いた? さすがに大人になったんだから、あの頃みたいに『ケンカ上等全部買う!』って感じじゃないよねぇ?」
「……さぁ? どうだろ」
可南は急に会話への興味をなくしたように平坦な声で答えると、タブレットを小脇に抱えて立ち上がる。
「え? 連絡取ってるでしょぉ? あんなにいつも可南君を持ち歩くほど仲良くしてたのに」
「持ち歩かれてたんですか(笑)」
凪のツッコミには答えず、可南は口を噤んだ。
──だってお前すぐどっか行くじゃん。こうすれば逃げられねぇだろ?
当時は毎日聞いていたやたら大きい声と、そいつの“してやったり”と言わんばかりのニヤついた顔が脳裏に蘇る。
無神経で、無遠慮で。けれどそれは今にして思えば、きっと──。
「可南さん?どうかしました?」
凪の不思議そうな声に、可南はハッと我に返った。
「……いや。またあんな風に纏わり付かれたらたまらない。桜なら分かるでしょ? ほら、休憩の取り過ぎ。仕事に戻ろ」
いつもの笑顔を浮かべると、可南は足早にパブリックスペースを後にした。




